悪役令嬢は、もう推しません

カシナシ

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本編

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「やぁ、ダリア!先日ぶりだね」


 レオナルド第一王子は広い歩幅でずいずいとダリアローズの前へ行くと、トリスタンの存在など一切合切無視して、その手を取った。

 ダリアローズはすうっと手を引こうとするも、そこは男の力。がっちりと両手に挟まれて抜けない。


「ダリア。何故またその装いをしているんだい?素顔を見せて欲しいな。私は、すっかり君が変わってしまったと思っていた。そう、幼い頃の君は清廉で、可愛らしくて、本当に……妖精のようだった。思い出したよ」


 想い人だったレオナルドは、熱に浮かされたようにそうのたまうが、一方のダリアローズは反比例するように醒めていく。

 化粧一つ、ドレス一つしか変わらない。つまるところ、ダリアローズは何も変わっていない。気の強さも、貴族としてのプライドの高さも。それは、確実にレオナルドの好みではないのである。

 唯一変わったのは、レオナルドへの想い。ひよこカナリアに食われたと言うこともあるが、結婚式以降、確かに熱を失っていた。
 その冷めたダリアローズを所望ならば、二人の想いが交錯することは、永遠に無いだろう。


「殿下は、結婚されたのですよ。そしてわたしも、既婚者です。お手を離してくださいまし」

「そうです、殿下。人の妻に触れないで頂きたい」


 固まっていたトリスタンはようやっと起動し直し、ダリアローズの手を救出する。それは有難いが、ダリアローズは素早く手を引き、背中へ隠した。この書面上の夫とて、気安く触られたくは無いのだ。


「トリスタン様、助けていただきありがとうございます。ですがわたしたちが事情あっての結婚というのは、殿下もご存知のはず。仲睦まじいフリなど必要ありませんわ」

「……すみません」

「いえ、謝られるほどではありませんが」


 素直に謝罪されて面食らう。ダリアローズの予想より遥かに、トリスタンは生真面目な男らしい。


「なぁ、ダリア。拗ねているのかい?君さえよければ、すぐにでも王城へ来ていいんだ。私の方は、受け入れ準備は出来ている」

「さぁ、何を仰っているのか、わたしにはさっぱり……」

「殿下、それは話が違うと言ったはずです!」


 ダリアローズが話をはぐらかそうとすると、トリスタンが鋭く声を発した。だが、レオナルドは聞かなかったフリをしている。主従の間で摩擦が起きているのを、ダリアローズは冷静に観察していた。


(ふぅん……?トリスタン様は、“話が違う”らしいわね。彼らが一枚岩でないなら、トリスタン様を味方に出来そうだわ)


「少し時期が早まるだけだ。今、ユリアナは次期王太子妃教育で悲鳴を上げていて執務どころではない、無論、私の補佐なども論外。妹とも相性が悪く、頑張るのはドレスやアクセサリーを買う時だけ。やはり……ダリア、君しかいない。そばにいて欲しいんだ」

「あらあら、まだ新婚ではないですか。妃殿下も環境の変化に慣れようとしているところですわ。もう少し様子を見てみてはいかがです?それから、あと何回言えば名前を正しく呼んでくださるのでしょう?」


 ダリアローズはしたくもないのにユリアナを擁護した。何故ならこの人は、ユリアナを愛することを選んだ。それも、つい最近。ダリアローズは、レオナルドかつての推しにはせめて、その選択を最後まで貫いて欲しいのである。

 そんな想いは、レオナルドには届かなかったようだ。


「白い結婚は三年経たないと離縁できないから……やっぱり、公妾がいいと思うんだ。トリスタン、早速契約書を作ってくれ!ダリア、君も愛してあげるから。ね?たっぷり……」


 レオナルドの視線はダリアローズの胸元へ向けられた。その視線は僅か、一瞬のことだった。おそらくレオナルドも意図してのことではないだろうが、女は分かる。

 ゾッと鳥肌が立ったダリアローズは、咄嗟にトリスタンの影へ隠れた。レオナルドに見られることすら避けたい今は、トリスタンを盾にさせてもらう。


「殿下。わたし、もう貴方様に愛されたいなんて思っておりませんわ。何か勘違いされているようですわね。執務や補佐が必要なら、妃殿下が慣れるまで人員を増やしては?」

「ダリア、素直になれないのもいじらしいな。ははっ、君の代わりなんているはずもない。分かっているだろう?」


 話が通じない。トリスタンのシャツの後ろをくいくいと引っ張った。援護射撃しろと念じてのことだったが、トリスタンには伝わったらしい。


「俺は彼女の意思を尊重します。ダリアローズが望まない限り、離縁しませんし、公妾に差し出すこともしません」


(満点以上の言葉だわ)


 ダリアローズは勝利を確信した。公妾になるには、公妾となる夫人の、夫の許可証が必要だ。住まいも離宮ではなく、夫の元。つまり夫の理解無しでは不可能なそれを、レオナルドは易々と実現できると思っていたらしい。



「はっ?そんな、それは違うだろう。お前は私の側近なのだから、私の言うことに従っていれば良い」

「殿下からの命令は、文書には残っていません。証明は出来ませんし、そんな命令をしたと陛下に知られれば、大変なことになるかと」

「……裏切る気か、トリスタン!」

「最初に裏切ったのは殿下、あなたでしょう」



『その話』はおそらく、ダリアローズを娶ることとなったきっかけの話だろう。

 間違いなくトリスタンは、レオナルドに失望している。ならばこちらも強気で出れる。


「殿下。わたしはもう、貴方様を慕っておりませんの。当然、貴方様の側妃にも、公妾にもなりませんし、ダリアと呼ばれるいわれもありません。他を当たって下さいな」


 ダリアローズは幼子おさなごにも分かるように、きっぱりはっきりと言い切った。ダリアローズの恋情をどこまでも利用しようとするレオナルドに、分からせなくてはならない。

 ダリアローズの気持ちはダリアローズだけのものであり、他者に利用されることなど許されない。それも、かつての推しであっても、今は推しではない他人に。

 それは侯爵令嬢として育ったダリアローズの矜持であった。

 ほんの少し目を細めたレオナルドが、往生際悪く言い募る。


「強がらなくていいんだよ、ダリア。そうだ、せめてユリアナの友人、いや、相談役など、適任じゃないか!私とも度々会えるし、内緒で口付けだってしてあげるよ」

「まったくもって結構ですわ。わたし、誠意のない軽々しい口説き文句で得られる、安い女ではないの」

「なっ……違う、私は、本当に」


 ダリアローズはに”っこりと威圧感のある笑顔を浮かべた。尚も悪足掻きをしようとするレオナルドを、トリスタンが遮った。


「殿下、俺はこのところ働き過ぎて体を壊しました。診断書もあります。そのため側近業務は向こう三ヶ月は休ませて頂きますね」

「三ヶ月だと!?」

「まぁ!大変だわ、わたし、旦那様を看病しなくっちゃ。ここの綺麗な空気で、休ませて差し上げないと」


 悪ノリし始めたダリアローズに、トリスタンも同調してくれるようだ。ダリアローズの姿を隠すようにしながら、レオナルドへきっぱりと言い放つ。


「そういうことで、殿下。お帰りください」







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