悪役令嬢は、もう推しません

カシナシ

文字の大きさ
18 / 42
本編

18

しおりを挟む


「やぁ、ダリア!先日ぶりだね」


 レオナルド第一王子は広い歩幅でずいずいとダリアローズの前へ行くと、トリスタンの存在など一切合切無視して、その手を取った。

 ダリアローズはすうっと手を引こうとするも、そこは男の力。がっちりと両手に挟まれて抜けない。


「ダリア。何故またその装いをしているんだい?素顔を見せて欲しいな。私は、すっかり君が変わってしまったと思っていた。そう、幼い頃の君は清廉で、可愛らしくて、本当に……妖精のようだった。思い出したよ」


 想い人だったレオナルドは、熱に浮かされたようにそうのたまうが、一方のダリアローズは反比例するように醒めていく。

 化粧一つ、ドレス一つしか変わらない。つまるところ、ダリアローズは何も変わっていない。気の強さも、貴族としてのプライドの高さも。それは、確実にレオナルドの好みではないのである。

 唯一変わったのは、レオナルドへの想い。ひよこカナリアに食われたと言うこともあるが、結婚式以降、確かに熱を失っていた。
 その冷めたダリアローズを所望ならば、二人の想いが交錯することは、永遠に無いだろう。


「殿下は、結婚されたのですよ。そしてわたしも、既婚者です。お手を離してくださいまし」

「そうです、殿下。人の妻に触れないで頂きたい」


 固まっていたトリスタンはようやっと起動し直し、ダリアローズの手を救出する。それは有難いが、ダリアローズは素早く手を引き、背中へ隠した。この書面上の夫とて、気安く触られたくは無いのだ。


「トリスタン様、助けていただきありがとうございます。ですがわたしたちが事情あっての結婚というのは、殿下もご存知のはず。仲睦まじいフリなど必要ありませんわ」

「……すみません」

「いえ、謝られるほどではありませんが」


 素直に謝罪されて面食らう。ダリアローズの予想より遥かに、トリスタンは生真面目な男らしい。


「なぁ、ダリア。拗ねているのかい?君さえよければ、すぐにでも王城へ来ていいんだ。私の方は、受け入れ準備は出来ている」

「さぁ、何を仰っているのか、わたしにはさっぱり……」

「殿下、それは話が違うと言ったはずです!」


 ダリアローズが話をはぐらかそうとすると、トリスタンが鋭く声を発した。だが、レオナルドは聞かなかったフリをしている。主従の間で摩擦が起きているのを、ダリアローズは冷静に観察していた。


(ふぅん……?トリスタン様は、“話が違う”らしいわね。彼らが一枚岩でないなら、トリスタン様を味方に出来そうだわ)


「少し時期が早まるだけだ。今、ユリアナは次期王太子妃教育で悲鳴を上げていて執務どころではない、無論、私の補佐なども論外。妹とも相性が悪く、頑張るのはドレスやアクセサリーを買う時だけ。やはり……ダリア、君しかいない。そばにいて欲しいんだ」

「あらあら、まだ新婚ではないですか。妃殿下も環境の変化に慣れようとしているところですわ。もう少し様子を見てみてはいかがです?それから、あと何回言えば名前を正しく呼んでくださるのでしょう?」


 ダリアローズはしたくもないのにユリアナを擁護した。何故ならこの人は、ユリアナを愛することを選んだ。それも、つい最近。ダリアローズは、レオナルドかつての推しにはせめて、その選択を最後まで貫いて欲しいのである。

 そんな想いは、レオナルドには届かなかったようだ。


「白い結婚は三年経たないと離縁できないから……やっぱり、公妾がいいと思うんだ。トリスタン、早速契約書を作ってくれ!ダリア、君も愛してあげるから。ね?たっぷり……」


 レオナルドの視線はダリアローズの胸元へ向けられた。その視線は僅か、一瞬のことだった。おそらくレオナルドも意図してのことではないだろうが、女は分かる。

 ゾッと鳥肌が立ったダリアローズは、咄嗟にトリスタンの影へ隠れた。レオナルドに見られることすら避けたい今は、トリスタンを盾にさせてもらう。


「殿下。わたし、もう貴方様に愛されたいなんて思っておりませんわ。何か勘違いされているようですわね。執務や補佐が必要なら、妃殿下が慣れるまで人員を増やしては?」

「ダリア、素直になれないのもいじらしいな。ははっ、君の代わりなんているはずもない。分かっているだろう?」


 話が通じない。トリスタンのシャツの後ろをくいくいと引っ張った。援護射撃しろと念じてのことだったが、トリスタンには伝わったらしい。


「俺は彼女の意思を尊重します。ダリアローズが望まない限り、離縁しませんし、公妾に差し出すこともしません」


(満点以上の言葉だわ)


 ダリアローズは勝利を確信した。公妾になるには、公妾となる夫人の、夫の許可証が必要だ。住まいも離宮ではなく、夫の元。つまり夫の理解無しでは不可能なそれを、レオナルドは易々と実現できると思っていたらしい。



「はっ?そんな、それは違うだろう。お前は私の側近なのだから、私の言うことに従っていれば良い」

「殿下からの命令は、文書には残っていません。証明は出来ませんし、そんな命令をしたと陛下に知られれば、大変なことになるかと」

「……裏切る気か、トリスタン!」

「最初に裏切ったのは殿下、あなたでしょう」



『その話』はおそらく、ダリアローズを娶ることとなったきっかけの話だろう。

 間違いなくトリスタンは、レオナルドに失望している。ならばこちらも強気で出れる。


「殿下。わたしはもう、貴方様を慕っておりませんの。当然、貴方様の側妃にも、公妾にもなりませんし、ダリアと呼ばれるいわれもありません。他を当たって下さいな」


 ダリアローズは幼子おさなごにも分かるように、きっぱりはっきりと言い切った。ダリアローズの恋情をどこまでも利用しようとするレオナルドに、分からせなくてはならない。

 ダリアローズの気持ちはダリアローズだけのものであり、他者に利用されることなど許されない。それも、かつての推しであっても、今は推しではない他人に。

 それは侯爵令嬢として育ったダリアローズの矜持であった。

 ほんの少し目を細めたレオナルドが、往生際悪く言い募る。


「強がらなくていいんだよ、ダリア。そうだ、せめてユリアナの友人、いや、相談役など、適任じゃないか!私とも度々会えるし、内緒で口付けだってしてあげるよ」

「まったくもって結構ですわ。わたし、誠意のない軽々しい口説き文句で得られる、安い女ではないの」

「なっ……違う、私は、本当に」


 ダリアローズはに”っこりと威圧感のある笑顔を浮かべた。尚も悪足掻きをしようとするレオナルドを、トリスタンが遮った。


「殿下、俺はこのところ働き過ぎて体を壊しました。診断書もあります。そのため側近業務は向こう三ヶ月は休ませて頂きますね」

「三ヶ月だと!?」

「まぁ!大変だわ、わたし、旦那様を看病しなくっちゃ。ここの綺麗な空気で、休ませて差し上げないと」


 悪ノリし始めたダリアローズに、トリスタンも同調してくれるようだ。ダリアローズの姿を隠すようにしながら、レオナルドへきっぱりと言い放つ。


「そういうことで、殿下。お帰りください」







しおりを挟む
感想 141

あなたにおすすめの小説

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。

五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」 婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。 愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー? それって最高じゃないですか。 ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。 この作品は 「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。 どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

処理中です...