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本編
21 トリスタンside
しおりを挟む結婚式の後すぐに、トリスタンは護衛として召集された。それも、新婚の王子夫妻の寝室を守る護衛のうちの一人として。
理屈は分かる。婚姻直後の蜜月と呼ばれる期間は、王子の命を狙うのにうってつけだ。そのため、普段より騎士を増員した。
北側を守るのに四人、西側に四人。側近のトリスタンは執務の補佐もあるのに勘定に入れられたのは、妃殿下たっての希望らしい。
警備上、寝室の音は漏れ聞こえるようになっている。発情期の猫のような声を極力右から左へと受け流し、頭の中で執務の段取りを考え始めようとした。
――――のだが。
その苦痛な時間は、それほど長くは続かなかった。
朝までを覚悟していた警備員全員、呆気なく解散をする。
ユリアナは事後、何故か部屋にトリスタンを呼んだ。用事はこれと言って無いのに、しどけない空気を纏わせながら、『ごめんなさい。トリスタン様のお顔を見ないと、あたし、安心出来なくて……』と宣う。
こちらは側近の仕事もある。彼ら二人に押し付けられた仕事で寝不足の頭の中で、トリスタンは苛々して溢れそうになる殺意をどうにか隠しながら、あともう少しで終わると、自分を励ました。
ユリアナに仏頂面を見せた後、レオナルドの方にも呼ばれて行くと、新郎らしくない、疲弊した顔があった。
「トリスタン」
「はい」
「あの……そうだな。ええと……」
シガールームに連れ込まれると、レオナルドは爆発したかのように話出した。
「なぜ……何故だ?あれが……ドレス姿では確実にあったのに、脱がすと、無かったのだ。その間に、その刹那に、一体何があったのか?意味が分からないし、今も分かっていない。まるで、煙か幻想のように消えていたんだ。……………………お前、むしろお前の方が大きいのではないか?」
ふと胸元を見つめられて、眉間に皺を寄せた。男の胸など、見つめても何もならないだろうに。
レオナルドが何を話したいのか、全く分からない。謎かけのような問答に眠たくなり、早く帰りたいとしか思えなかった。
その時、シガールームの片隅にいた、紳士が聞きつけたのだろう。ふらりと、しかし色香を滲ませながら近づいて来た。
「殿下。青いですなぁ。女性のドレスには“パッド”というものがあるんです。ご存知ですか?」
「ぱっ……ど?」
「そうです、表向きには形を整えるもの……ですが。実のところ、あれを大きく見せるという役割を持つ装備なんです」
「なん……だと……っ!?」
美中年は煙草を咥え、物知り顔で語った。
昨今、あれを盛り上げるためのアイテムが増えていること。女性はいかに最新のアイテムを手に入れるか、男性はいかにその技法を見抜くかという攻防があること。
トリスタンが『あれとは?』と首を捻っている間に、経験豊富な紳士は言った。
「いやぁ、妃殿下がパッドなのはすぐ分かりますよ。明らかに詰めて硬そうでしたからね。経験のある男性ならすぐに分かります」
「そんな……っ!すぐに?其方も?」
「ええ、もちろん。シャルドネ侯爵令嬢のドレスを流用したのでしょう?でしたら詰めるしかないでしょうね。ははぁ、彼女のあれは素晴らしかったですからねぇ……国宝にしても良い。あの柔らかい曲線、ぷるっとした動き、肉感……間違いなく、パッドのない自然な揺れです。ああ、あと20歳若ければ、この手で……」
トリスタンは殺気を込めて紳士を睨んだ。回らない頭でも、ダリアローズの素晴らしいプロポーションを、この男は邪な視線で眺めていた事実は明らかだった。
すると紳士はお茶目に笑い、トリスタンへ言った。
「パールブレス侯爵令息も、新婚でしたなぁ。はっはっ、すみません、羨ましくて。あれを堪能出来るとは……はは、そろそろ怒られそうだ」
主君の初夜が終わりやっと帰れると思いきや、次は夜会の準備だなんだと忙しない。頭が回らない。身体が思うように動かない。ただ命令されたことに反応する機械にでもなったかのようだった。
ユリアナに対して、トリスタンは何も思うところはない。社交界を乗り切る常識も無く、どのような王妃となるのか、まるでビジョンは浮かばないが、主人が気に入ったのなら追従するだけ。陛下に止められている訳でもない。
聖女が正妃になるのは結構なこと。だが、それに伴い不足分を努力することは前提事項。と言うのに、ユリアナにその努力のカケラすら無いことに疑問を抱いていた。まだ蜜月期間で判断するのは酷かもしれないと思いつつ、与えられた夜会の手配を必死にこなす。
ダリアローズはまだ怪我で臥せっている上、傷心中だ。少なくとも彼女への招待状は止めておくよう、レオナルドにも伝えておいたはず、だった。
夜会さえ始まれば、トリスタンの役割はない。さっさと帰り、ダリアローズの見舞いにも行かなければならないのに、ユリアナはトリスタンと一緒でなければ不安だと言う。レオナルドもそれに同意し、居残らされた。顔色が悪いと、勝手に化粧まで施されて。
そして。
夜会にやってきたダリアローズを見て、驚愕した。
透明感溢れる清楚な美少女となったダリアローズを、ダリアローズと認識出来ない。ふんわりとしたシルエットと、薄く紅をひいただけの化粧は少女らしく可憐な一方、揺れる胸元は女の色気が漂う。そのアンバランスさが危うく、トリスタンの胸を音もなく射止めていた。
(うつくしい人だ)
何故夜会にいるかという疑問より、先に来た感情。ああ、あの方は自分の妻なのに。守らなければならないというより、守らせていただきたい。
そのダリアローズをエスコートする幸運な男が、自分ではないことが恨めしい。誰だあの美丈夫は!?
ユリアナは、ダリアローズを睨むように見つめていた。そしてレオナルドがダリアローズに見惚れているのを見つけ、いよいよダリアローズへ憎悪の視線を送っている。
(まるで小妖精の偽物と、本物の妖精姫みたいですね……)
挨拶に来たダリアローズは、極めて理知的な令嬢だった。レオナルドのことをずっと、婚約した時からずっと、慕ってきた令嬢だと言うのに、レオナルドが結婚したことですっぱりと諦めたと言うのだろうか。
凛とした姿勢でレオナルドの愛称呼びを正す姿に、ぶるりと心が震えた。自分を律することに慣れている。長年の恋心を封印し、正しい距離を保とうとしている。
それはある意味当然で、当たり前のこと。だが、つい先日学園を卒業したばかりの令嬢が、こうも毅然とした態度を取れるものだろうか。
トリスタンはダリアローズとほとんど話したことはないが、レオナルドの側には長年いた。
ダリアローズが、並々ならぬ熱量で、レオナルドを愛していたことを知っているからこそ。
(……本当はお辛いだろうに、一切見せないようにしているのですね。なんて理性的で、気丈で、健気なお人なのでしょう)
トリスタンは、この瞬間、ダリアローズの美しい背中から、目を逸らすことが出来なくなったのである。
レオナルドはユリアナとのダンスをなんとか踊った後、
「お前は、帰っていい……」
と、ふらふらどこかへ行ってしまった。
その姿を見て、『なぜ自分に黙ってダリアローズを招待したのか』とは問いただせなかった。伝えた筈だが気のせいだったのだろうか、だが、裏切られたような、ざらざらとした不快な気分が残る。
それよりも、ダリアローズ。声をかけたいのに、なんと声をかければ良いのだろう。トリスタンはダリアローズにとって、想い人と結婚出来なくなった原因の男である。例えばトリスタン以外の男が選出されていたなら、本当の既成事実を作られていたかもしれなかったが、そんなことはダリアローズは知らない。
会話の糸口が全く見つけられなかった。気配を消し、取り敢えずダリアローズの後を追いかけていると、ユリアナが絡み出した。その上、レオナルドを想っていたダリアローズの前で、生々しい話を披露し始めた。
ダリアローズとトリスタンが恋仲にないことなど、社交界じゅうが知っているのに。
(醜悪な……、そうか、いつも殿下の側にいたから、猫を被っている姿しか知らなかったのですね、俺は……)
元々ユリアナから良い印象は受けなかったが、仕事は仕事と割り切っていた。不意に呼ばれて腕に抱きつかれたことも多々あるが、邪魔だとしか思えない。子供に抱きつかれたのと同じで、振り払う際に怪我をしないよう気をつけなければな、と配慮する程度。
子供に接するようにしていたのを、『ユリアナの側では表情が柔らかい』と誤解されているとは知る由もない。
ダリアローズは上手く回る舌と人脈で、ユリアナを見事にやり込めていた。その頭の回転の速さに感嘆すると共に、罪悪感も募った。
レオナルドを探しに行った先で、レオナルド本人がまさか、ダリアローズへ計画を吐露してしまうとは想定していなかった。その前に、ダリアローズ本人の意思を確かめたかったのに。
たしかに自分は共犯者だ。レオナルドと同じく、婚約破棄となってもダリアローズがレオナルドを愛し続けることを不変だと思っていた。仮初の宿木になれるのであれば、自分が適していると。
だが今は、ダリアローズの毅然とした態度を知った。状況が変わった。その上に、レオナルドから彼女への邪な、下心を知ってしまった。レオナルドはダリアローズの能力だけでなく、その身体をも欲している。ユリアナという最愛だけでは物足りずに。
主君というより、一人の下衆な男の欲望を垣間見てしまったのだ。
だから、どうか。清いままの彼女を、レオナルドから隠し、逃してやりたい。あの薄汚い欲望に晒される前に、盾になりたいと、望んだのだ。
(側近なんか、もうどうでもいいです。ダリアローズ嬢に会わなくては)
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