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本編
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ダリアローズの頭を痛くさせた新婚夫妻は、部屋に引きこもっている。
給仕の話を聞けば、レオナルドは闇に怯えて震え、ユリアナはずっと泣いているらしい。
昼を過ぎ、太陽が空のてっぺんへ来て、人々を照りつけ出した頃。
ユリアナは聖女の正装姿で部屋から出てきた。後ろには若干萎んだレオナルドが付いている。
(やっと出て来たのね。遅いわ……)
「お仕事だから、ちゃんと治癒の歌は歌います……」
「分かりました。こちらへ」
「トリスタン様ぁ、案内していただけますか……?」
「いえ、ロゼに一任しており、俺では分かりかねます」
上目遣いでトリスタンを見つめるユリアナは、バッサリと断られてダリアローズを睨む。いくらでも睨むといい。ダリアローズは子猫の睨み程度、怖くも何もない。
「ヒッ……」
レオナルドは情けなくも、睨みもなにもしていないダリアローズに怯えて距離をとっていた。レオナルドに対する恋心がひよこカナリアに食べられていなくとも、きっと今のように恋心は消滅していただろう。もう、何も思わなかった。
聖女ユリアナが治癒の聖歌を歌うために、厳かな雰囲気の広場を作っていた。そこには、教会が集めてきた、ほどよく浅いかすり傷を負った領民たちが、ひとかたまりに並んで、聖女の登場を心待ちにしている。
深過ぎる怪我人がいると治らないことがバレてしまうからだろう。一般の見物人は遠く引き離され、縄で作った境界線から内側へは入れないようになっていた。
ユリアナが中央に進む。自己紹介をしたかと思えば、後ろに控えているダリアローズをキッと睨み、大声を出した。
「ここにお住まいのみなさん!知っていますか?ダリアローズさんは、トリスタン様を襲って、既成事実を作った、悪女なんです!」
突然の聖女の奇行に、誰しもが呆気に取られた。ダリアローズも驚きに目を見開く。
「お可哀想に、トリスタン様は責任を取ることになって……、でも、本当はあたしのことを好きだったんです。あたしは、その想いに答えることは出来ませんが……でも、トリスタン様を救って差し上げたいと思っています!」
「どういうことだ?」
「何故、聖女様が?」
「いや、あの美女に押し倒されるなら本望だろ……」
「それ、いいな……」
そんな声がこそこそと囁かれているのだが、ユリアナは悦に入っており、気付かない。
この三ヶ月、ダリアローズはこの地で大きな改革を成したことで、英雄視されるほどに尊敬されている。つい最近では、トリスタンと仲睦まじくデートをしている姿も目撃されており、市民は微笑ましく見守っていたのだ。
そんなダリアローズと、突然現れたユリアナとでは、いくら聖女であろうが言葉の重みが違う。人々は困惑しざわざわしているものの、聖女へ向けられる懐疑的な視線ばかりだ。
(先に領民と交流してきて良かったわ。見ている人は見ているものね)
ダリアローズは余裕の笑みを浮かべ、ただ悠然と見守るばかり。堂々としたダリアローズを見て、市民は『やはりあの聖女がおかしいのだ』と確信する。
誰も味方をしてくれないユリアナは、ますます苛立ったように甲高い声で叫んだ。
「みなさんがダリアローズ様を追い出すのです!みんなで、力を合わせて、悪女を退治するのです!そうすれば、トリスタン様は独身に戻り、生涯あたしを支える喜びに満たされるでしょう!さぁ、治癒を施しますので、治った人から反旗を翻すのです!」
ユリアナはまるで反乱軍を率いる英雄かのように高く手を振り上げ、歌い出す。治癒の聖歌を。
練習を重ねたダリアローズには良く分かった。これは初期も初期の簡単な聖歌だ。彼女の演説は領民にこれっぽちも届かない上、聖歌の効果も、以前より低くなっているような……。患者たちは自分の傷跡をじいっと眺めているが、なかなか分からないほどの、微々たる効果。
出張中のひよこカナリアが、ユリアナの肩で懸命に歌っている。それはもう、歌うというより喉を振り絞り叫び声を上げているかのように。……動物虐待ではないだろうか、と腰を上げかけた時。
「ウ"ッ!?」
突然、ユリアナが苦しみ出した。喉を抑えている。
レオナルドが慌てて駆けつけて、背中を摩ってやっていたが、それでも苦しそうだ。何かを詰まらせているかのように、顔を真っ赤にして、息が出来ない模様。
「どうしたんだユリアナ!!一体なにが……っ!?」
「ウェッ……」
ぽん。ユリアナの喉から飛び出してきたのは、あのひよこカナリアだった。一瞬べしゃりと床へ落ちたひよこカナリアだったが、パッと起き上がりキョロキョロと見渡すと、ダリアローズに向かって一直線に飛んできた。
(ヤバイヤバイヤバイ!)
それは待って――――と止める間もなく、ひよこカナリアはダリアローズの胸元へ飛び込んだ。ぽよんと胸を揺らし、そして金色の光が迸って、輝き出す。
(な、なにこれ勝手に……!)
歌声が流れた。自分の声なのに、自分のものではないかのような感覚だ。
ダリアローズの歌える中でも最上級の治癒の聖歌が、風に乗って患者たちを癒し、より遠くへも広がる。それは囲いの外で見ていた観客にも到達して、痛々しい古傷や、諦めていた深い怪我までも治していった。
「なっ、なんで……」
ユリアナの呆然とした声がぽつり。
そしてハッとしたのか、ダリアローズに掴みかかってきたのだ。
「返して!あたしのカナリアよ!」
『無理だピ!君の心は欲深過ぎて臭いっピよ!もう我慢出来ないピ!お姉さんに永久就職するピなの!』
「いやよ!あたしの、返……」
どさり、とユリアナが倒れていく。歌い続けるしかないダリアローズの前に、頼もしい背中と美しい銀髪が映った。トリスタンが何かしたらしい。
「ロゼと金色のカナリアは良くお似合いです。貴女には相応しくない。殿下、奥様を引き取って下さい」
「…………………嘘だろう……ユリアナ……聖女……君が、聖女、ではなくなった、なんてことは……?」
「殿下」
「……………………ああ………………」
レオナルドは沈痛な面持ちで、渋々と、ユリアナを肩に担いで屋敷へと去って行った。そこは横抱きにしてあげたらいいのに、とは言えなかった。
あまりにも、悲痛な背中。それは、不祥事を起こして引退せざるを負えなくなった推しを見てしまったかのような哀愁を、感じさせた。
歌い終わったダリアローズは、くらくらした所をトリスタンに肩を抱かれ、支えられていた。トリスタンは目の前に集まった民衆に向けて、堂々と語りかけている。
「先ほどの聖女殿の言葉は、偽りだ!この私、トリスタン・パールブレスが、この気高き女神を口説き落としている途中だ。妻は代官として、そして新たなる聖女として、どれだけ得難い女性か、皆がよくご存知のはず。どうか私が、彼女に少しでも心の一部を傾けてもらえるよう、応援して欲しい!」
そう声高らかに宣言すると、ダリアローズをひょいと横抱きにし、前髪へとキスを落としたのだ。
ダリアローズは細身だが長身だ。軽々と抱っこ出来るほどの揺るぎない体格の良さに動悸が止まらず、顔を手で覆い隠す。
「若様!男前!」
「ヒュー!若いねぇ!」
「若奥様、慈悲を与えてやってェ!」
お祭り騒ぎの影響か、領民は酒瓶を片手に踊り出し、真っ赤なダリアローズを冷やかしたまま、再び祝祭を楽しむべく散っていった。
「ちょ……っ、トリスタン様、貴方、何を!」
「ロゼ、貴女を離さないと言ったでしょう?」
恐ろしい男だ。今の一瞬でダリアローズの悪評を掻き消し、自分を乞い願う哀れな男とし、市民を味方につけた。外堀を埋められた気分だ。
人々の話題は、ダリアローズが聖歌を歌い、聖女ユリアナより余程素晴らしい効果があったこと、それから次期当主ーーーートリスタンがいかに惚れ込んでいるかでもちきり。
誰も彼もが、王子夫妻の存在を頭から消して盛り上がり、宴は深夜まで続き大成功をおさめたのだった。
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