虚構の愛は、蕾のオメガに届かない

カシナシ

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第一章 一回目の結婚生活

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 マルセルクの魔力の耐性は、一年が過ぎても一向につかなかった。

 魔石を付ければやはり気持ち悪くなってしまう。少しでも耐えられる時間を伸ばそうと頑張りすぎれば、薬が間に合わずに吐く。鎮痛薬の副作用で食欲は落ちてしまった。

 それでもその習慣を続けていると、段々と、魔石を持つだけで震えるようになった。習慣化した恐怖が、リスティアに『それ・・を手放せ』と命令していた。

 それでも諦めるわけにはいかない。絶対に慣れてみせる。毎日コツコツと頑張るのは、リスティアの得意なことだから。


 専属侍女のサラシャやアンナにも、その異常は察せられることとなった。それでも、マルセルクと魔力の相性が悪くて努力している、なんて事は言えず、ただ執務が忙しすぎるということになっている。


「リスティア様。おやつの時間です、食べましょうね。さぁ」


 アンナの持ってきた籠には、小さな揚げパンやクッキー、ナッツなどが数種類ずつ。もう一つの手には、生クリームのたっぷりと乗ったケーキが皿に盛られていた。


「料理長も妃殿下の食事量を気に病んでいらっしゃいます。最も、彼が痩せることはないでしょうが……」

「ふふっ。そうだね。彼には『貯金』がたっぷりあるもの」

「そうです。ささ、妃殿下もたくさん召し上がって、『貯金』して下さいませ」


 サラシャの手には、摘めるサイズのサンドイッチや焼いた腸詰に串を刺したものなど、もはや晩餐に近いものも。正直なところ、迫力がありすぎる。

 執務途中にも、こうして少しずつ摂取させられているが、リスティアはナッツを一口齧り、親指程のサンドイッチを一つ取って、満足してしまう。

(見るだけで満足で、一口齧って、あとは食べられない。まるで、あの時聞いた僕の噂話みた……いいや、よそう)

 綺麗に盛り付けられても残されてしまう食べ物に同情し、出来るだけ多く食べようとするほどに、胸はいっぱいになり中身が迫り上がるよう。
 アンナとサラシャは、肩を落として退出していき、リスティアもその小さな背中を見て、胸を痛めた。


 心配してくれる人に、報いる事が出来ない身体。


 二人以外にも、どんどん痩せ細っていくリスティアを心配する使用人たちは、多かった。

 勿論、薬師団長もだ。


「……もう、辞めましょう、リスティア様」

「いや、まだやれる。大丈夫だ。だってまだ一年しか経ってないじゃないか。僕は殿下のために、10年は王太子妃教育をこなしてきた。それと比べれば、まだたったの一年だよ」

「体重が落ち過ぎています。これ以上は看過できません。これでは本末転倒というもの。体重を戻すまで禁止です。勿論、殿下との性行為も」

「そんな……!」

「健康な身体でなくては、子供を孕む前に儚くなってしまいます。どうか」


 薬師団長の少し薄くなった頭を下げられて、リスティアは渋々引き下がった。

 リスティアは、オメガにしてはそこそこ身長のある方。鏡を見て、げっそりとした自分の姿を確認し、はぁ、と息を吐く。


(貧相で……見るに耐えない)













 このことは、この後ばったり会った男の言葉によって、更に心に突き付けられることとなった。


「あっ、リスティア様。お久しぶりです~!」


 後ろに護衛騎士を引き連れた、フィル・シュー。
 マルセルクとは婚姻も番契約もしていない、男爵令息。

 淡い茶髪がふわふわと揺れ、蠱惑的な桃色の瞳。
 リスティアよりも更に頭ひとつ低い小柄な身体にハーフ丈のズボンは、実によく似合っていた。

 ぱっと見は少年のようなのに、美少女でも敵わない危うげな色気を纏う。貴族に美形は多くいるが、フィル程に可愛らしく整った者などそうそういない。

 彼の香りは妖艶な月下美人を思わせる。恐らくその腹には満開に咲いたそれがあるのだろう。


 フィルを見るだけで、リスティアは嫉妬と憎悪に身を焦がされるようだった。
 そんな事は露知らず、フィルはるんるんと近付いてくる。周りには花びらさえ舞いそうな軽やかさだ。


「リスティア様にお願いなんですけどぉ、もうっ、マルセルク様に言って頂けません?こんなに毎晩抱かれてたら身体が持たないって!」

「……っ」

「リスティア様の方にも分担して欲しいんですけどぉ……そんなに細ぉい身体だと、折れちゃいそうっ!うわぁ、抱き心地悪いだろーなぁ……」


 大きな瞳で、くすくす嘲るようにリスティアを見上げている。

 立場は圧倒的に、リスティアの方が上。
 憤りすぎて喚き散らしそうになるのを、必死になって堪えた。

(彼がいるからこそ、マルセルク様は、僕では解消出来ない性欲を、発散出来るんだ)

 フィルを排除するのは悪手だ。
 リスティアの代わりに、その勤めをこなしてくれているというだけ。

(……それに、そんな事をして、万が一マルセルク様に嫌われてしまったら)

 コホン、と咳払いをして、荒れ狂う気持ちを落ち着かせる。無表情、より冷ややかな冷笑を浮かべて。


「子猫のお役目はそれだけでしょう。私には色々とやるべきことがあって忙しいのです。精々、頑張って仕事をこなしてください」

「ええ~っ、そんなこと、言っていいのぉ?別にぼくは仕事だと思ってないよ?ただ愛されてるだけだし、すっごく気持ちいいし。マル様って、すっごく激しく愛してくれるよねぇ……」


 ふふっ、と笑ったフィルは、自信に満ち溢れていた。リスティアには、それは、それは、眩しく見えるほどに。


「は、激しく……」


 フィルは、性欲処理であり、子猫。
 そこに愛はないのに、激しく?思わずぽつりと繰り返してしまうと、美少年はにやりと妖艶に微笑んだ。


「えっ?そうでしょお?何回も何回も、お尻と腰がぴったり合わさるまで突き刺して揺さぶって、気付いたら朝で……えっ?違うの?リスティア様はぁ?」

「……な、っ、そんな、明け透けな……」

「あ~っ、そうだった、リスティア様のとこでは朝まで居ないんだっけ?ん~、分かった!リスティア様、打ち上げられたお魚みたいに、反応なくてつまんなかったんじゃないの?納得納得ぅ!だめだよぉ、マル様の好みはねぇ、もっとえっちに誘ってあげないと!やり方、教えてあげよっか?」


(何それ……!)

 リスティアは動揺を悟られないよう、唇を引き結んでその場を立ち去った。
 ケタケタと笑うフィルから逃げ出す、惨めさを抱えて。








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