虚構の愛は、蕾のオメガに届かない

カシナシ

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第二章 二回目の学園生活

18 ※食事中注意

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 マルセルクはフィルの首をむんずと掴むと、宰相令息の股間に押し付けた。フィルはもう泣き出しているのに構わず、無理やり咥えさせて。

 その小さな尻にも、騎士団長令息を当てがう。令息はぶるぶると震える手で己を奮い立たそうとしているが、まるで力を持たない。マルセルクが鋭い目つきで睨んでいるのに焦ったのか、そのまま挿入しようと四苦八苦している。

(なに、これ……。なにを見せられているの?僕は……)

 マルセルクはようやく繋がった三人を見て、鼻を鳴らし、リスティアへ向かって言う。


「これが、愛の行為に見えるか?まさか!今はフィルは泣いているが、普段は悦んで咥え込む。私はアレを使って自慰行為をしているようなものだ。信じてくれるか?」

「……」

「リスティアには、こんなことはしない。出来ない。愛しているからだ!ああ、何故、こんな馬鹿な真似を!?婚約解消は、無効にする。フィルは避妊したと嘘をついた罰で処刑すれば、またお前と元通り……」

「まさか。まさか、殿下は、この、獣のような交わりを、気に入っておられた?」


 ひどく冷え切った声が出た。リスティアの声色に気付いて、マルセルクは口を噤む。

 これが、マルセルクの好んでいた行為。
 番を放置してまで、優先させた行為。
 ……これが。

(殿下はこの行為が、何よりも、お好き……)

 ムカムカと胸を侵す、この吐き気は何だ。こんな行為の方を優先させたくせに、まだ愛しているなどと吐く口は、本当に一国の王子に付いているものなのか。
 ここできっぱりと、拒絶しなくてはいけない。これは流石に、許容出来ない。


「僕は……ひとつも、理解出来ません。おぞましい。このような行為を好むあなたを、受け入れられない。フィル殿が妊娠さえしなければ、僕と結婚した後も続ける予定だったのでしょう?無理、無理です。ごめんなさい」

「そんな……、そんな、ことを、言わないでくれ、リスティア」


 ぐっと抱きしめられて、戦慄した。虫が背中を這っているかのような強烈な悪寒に、たまらず嘔吐した。


「!?」


 マルセルクは飛び退き、愕然と、リスティアを見た。吐かれる程とは思っていなかったのだろう。

 袖の端で口元を拭う。酸っぱい不快な匂いが鼻をついた。それでも今は、マルセルクを遠ざけるのに都合が良い。


「性行為とは愛の形。お二人の愛の形は、こんなにぴったりと合っている。お似合いです。僕は貴方の隣に立つべき人間ではなかった……」

「違う、ちがう!ちがうんだ、リスティア……!頼む、見捨てないでくれ……!」

「見捨てる?違います、貴方の方が僕を捨てたのです。この行為が出来ない僕を……!それは、正解でした。僕にはとてもではないですが、無理です!」


 部屋から立ち去ろうとして、またマルセルクに立ち塞がれた。
 息を荒げて呼吸をするマルセルクは、我を失っているようにも見える。血走った目で見つめられ、咄嗟に思い浮かんだのは、ノエルとアルバートの顔。


(二人と一緒に来るんだった……!)


 じりじりとにじり寄る恐怖。ここに二人がいたのなら、どんなに心強かっただろう。

 しかし幸運なことに、扉の外から助けがきた。


「マルセルク。話がある。今すぐに出て参れ」


 それは怒りを湛えた、国王の声だった。










 国王のおかげで、リスティアは項垂れる四人を置いて、どさくさに紛れて王城を出る事が出来た。

 マルセルクに乱暴に腕を掴まれた為に服は皺くちゃな上に、吐瀉物もこびり付いていたのを、ささっと生活魔法で整える。それでも痛いほどに掴まれた感触はまだ残っているような気がして、袖を捲ると、真っ赤な指の跡が付いていた。

 そこをチェチェがふよふよと漂い、まるで撫でてくれているようだった。その可愛らしい動作に、少し気持ちが癒される。


「どんな馬鹿力で……。でも、助かった」


 足元も覚束ないほど、満身創痍だった。

 周囲では心配そうに、そわそわする騎士達。その中には見知ったベータの騎士もいて、彼らに心配をかけないよう控えめに笑いかけ、そそくさと城から離れる。

 今、リスティアは、婚約を解消し、平民になっていた。本来ならこれまでの貴族教育を思い出し、無駄だったのかと項垂れているところ。

 ただし、ノエルとアルバートのおかげで、その後の手筈も整えられていた。
 具体的に言えば、キールズ侯爵家の分家筋にあたる伯爵家の養子に入る。手続きに三日はかかるかもしれないが、その間キールズ侯爵家で保護してもらえる。

 学園は『家名変更』程度で、公爵令息から伯爵令息に格は落ちるものの、これまでと代わりない待遇で過ごせるように支援してもらえる。対価は今後リスティアの作る魔道具や薬の購入権利と、ノエルやアルバートと仲良くする事。そのくらいのことであれば、リスティアはなんとでもなる。

 そのようにして着実に囲い込まれているのだが、リスティアは気付かず、ただ彼らの優しさに感謝していた。


「リスティア様」

「……ノエル、アルバート」

「ご無事で良かった。殿下が血相を変えて登城したと聞いて焦りました」


 二人が馬車で迎えに来てくれたようだ。その顔をみて、ようやくほっと肩の力が抜ける。

(……っとと!?)


「危ない……」

「す、すみません……、はは、脚が……」


 肩の力どころか、脚すらぐにゃぐにゃになってしまった。倒れ込もうとしたリスティアを、アルバートが瞬時に抱え上げてくれる。


「ご安心を。何が起ころうと守り抜くので」

「アルバート……」


(そ、そんなの言われたらぐっと来てしまう……!)

 そのまま馬車に乗せられて、何故かアルバートとノエルの間に挟まれるようにぎゅむぎゅむと座った途端、リスティアはどっと疲れてしまって、瞼を下ろした。


(まさか、あんなものを見せられるなんて……夢に見そうだ……)








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