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第二章 二回目の学園生活
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しおりを挟む鬱々とした暗い声。
それは、憔悴したマルセルクだった。
快活で堂々とした雰囲気は削ぎ落とされて、ふらふらとリスティアに近づいてくる。両隣で警戒が膨れ上がるのを感じた。
「リスティア、すまない……っ!」
なんと、予想だにしなかったことに……リスティアに向かってマルセルクは頭を下げていた。
王族が頭を下げるのは、己の過ちを認めること。先導者として、過ちなど許されない立場の王子が、頭を下げていた。
「あ、頭を上げてください!殿下!」
「……ありがとう。少し、二人で話をさせてくれないか。ここから一歩も動かないから」
「信用出来ませんよ、殿下。貴方はリスティアの気持ちなど、一切合切、無視して行動してきた実績がありますから」
二人には、詳細は伏せたものの、リスティアの腕についたアザを説明するのに、あのマルセルクらの悍ましい行為について共有していた。それもあり、ノエルの声は冷やかだ。アルバートもすぐに動けるような姿勢を取っている。
王子に対して容赦のない言葉に、リスティアはマルセルクが激怒するのではないかと身を小さくした。
しかしその推測とは逆に、マルセルクは萎れたまま、なんと膝を地面に付けた!
リスティアに跪くようにして、請う。
「頼む。リスティアに確認したいことがあるんだ。それさえ済めば、私は立ち去る」
「……ノエル、アルバート。少しだけ、下がっててくれる?見ていていいから」
「リスティアが言うなら……」
渋々と二人は離れ、遠くからじっと見守ってくれている。マルセルクがおかしな動きをすれば、飛んでくるのだろう。背中に視線を感じる。それは、リスティアを守る盾のようにも感じた。
少し迷って、リスティアは防音の結界を張った。ノエルよりも時間はかかるものの、数十秒で組み上がる。
「それで、確認したいこととは……」
「先日。リスティアに婚約破棄された日に、私の頭に、奇妙な記憶が蘇ったんだ。奇天烈な話かと思うだろうが、真実味があるもので。……私とリスティアが、婚姻した後の記憶だった」
「!」
(それは……もしかして、僕と同じ、一回目の記憶……?どうして、今更……)
「私はリスティアを愛していながらも、フィルを便利に使いすぎた。その時のお前の気持ちも考えていなかった。それで……お前は、自分で……」
マルセルクは、喉が詰まったような声を出した。その声で、自死したリスティアの遺体と対面した事が分かった。
(そうか、やっぱり、僕の自死は成功していたんだ。それなら何故、時を遡ったのだろう……?)
「お前は、その記憶はあるか……?」
「……はい、あります」
「……やはりか。一度目と行動が違うものな……。それでは、いつ……?」
「第三学年に上がってすぐです。フィルからの贈り物に抗議した……」
「あの時から……!そうか……、あの宝剣には特殊な効果があった。無属性の魔力を含んだ血液に浸して命を断てば、時を戻る、と。今はもう見つからなかったが……」
「それで……え?ということは、殿下は……?」
四年も時を戻した、リスティアの血。さぞかし豊富な無属性の魔力があったに違いない。それは納得だった。
しかしその説明の通りであれば、過去を思い出したマルセルクは、リスティアの後を追ったということにもなる。
その上、その謎の宝剣が無くなった、ということも訳が分からない。まだ王城の宝物庫に眠っているだけなのではないのか。
リスティアの疑問には答えず、マルセルクは眉を下げた。
「私は、最低だったな。リスティアのために性欲減退の薬なり、鍛錬に精を出すなりすれば良かったのに。男娼の代わりだと、安直にフィルに手を出して……欲に溺れた結果、お前を失った」
「それは、今更、ですね。殿下が六年前、フィル殿と出会う前まで戻れていたら違ったかもしれませんが、……普通、人生は一度きりですし」
「その通りだ。もっと遡れていたなら……、いや、いい。この後、フィルとは一旦結婚する。しかし、私は避妊薬を飲んでいたから、確実に私の子ではない。だから、出産後はすぐに離縁する。それ以降、一切、フィルとは関わりを断つから、そうなるまで……待っていてくれないか」
「え、嫌です……」
「え……」
「……」
「リスティア?だ、だって……もう、私はフィルとは終わらせるんだぞ?お前だけに……」
マルセルクは跪いたまま、戸惑うようにリスティアを見上げてくる。傷ついたような顔のマルセルクに、大好きだった頃の面影を見つけて胸は痛んでも、その要求をしようとした気持ちすら分からなかった。
「むしろ、殿下にその記憶があるのなら話は早いです。私と殿下の相性は悪い上、貴方を満足させられないとお分かりでしょう。結婚したとして、フィル殿がいなくとも、あなたはまた男娼なりを呼ぶと明白なのに、何故また苦痛を強いるのでしょう?」
「……それは……リスティアを、他の男が抱くなど、我慢ならないから……」
「……っ!そもそも!殿下はよく愛していると言いますが、それは私には違うように思います。でなければ、番だった私を放置するのに納得がいきません」
「そんな、」
マルセルクは黙った。言葉を探しているように、目を彷徨かせる。
「……違う。本当に、お前を他の者にはやりたくないと思っているし、私だけのものだろう?」
「今の貴方は、まるでおもちゃを取られそうな子供のようですね」
容赦なく突き付けると、絶句している。図星だったのだろう。生憎、こちらは人間だと言うのに。
マルセルクの王族の教育で、臣下はみな道具だと教わったのだろうか。もしそうなら教師を即刻変えるべきだ。
「飾る用と、遊ぶ用のおもちゃ。殿下には両方必要だったんですね。確かに私は覚悟して嫁いだつもりでしたが、到底足りなかったようです!これで、私が妃では不適格だと明確になりました。さぁ、どうか、愛妾を優しく許してくれる妃をお探し下さいませ。私はもう、二度も死にたくありません」
言っているうちに、一回目の記憶が蘇ってきて、リスティアを苛立たせた。じわじわと目元が熱くなる。
発情期以外では見向きもされず。
発情期の初日だけ抱かれて、放置され。
子を孕めない執務担当のお飾り妃になって。
フィルとの子供を養子にした途端、リスティアとの子作りは不要とばかりに、すっぽかされて、心が凍てついて。
ようやく死ねた時の開放感は、今でも忘れられないというのに、この男は……!
リスティアの怒気を感じたのか、マルセルクは、項垂れるように視線を落とした。
「……それでも、私の最愛はお前だけだ。また来る……」
「もう来ないでください!」
しょんぼりと丸めた背中に、哀愁など感じるものか!
腹が立ちすぎて流した涙を、誰にも見られないよう、その場から逃げ出した。
「リスティア……!?一体、何が……」
「ごめん、放っておいて……っ」
ノエルとアルバートに追いつかれても、目を合わさずに。
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