虚構の愛は、蕾のオメガに届かない

カシナシ

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第二章 二回目の学園生活

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 マルセルクは、あのフィルの取り巻きの令息たちとも関係を絶ったようだった。

 日に日にげっそりと痩せていく姿は、かつての自分のようで、不快感と罪悪感を同時に刺激される。


 一人で昼食を食べているだけなのに、マルセルクの側には誰も近寄らない。正確に言えば、二人の側近が少し離れたところにびくつきながら存在している。
 生徒達は皆、彼の立場の不安定さを肌で感じ取っていた。

『もう、立太子は絶望的だよねー』

『どうするんだ?余程いいところの王女でも貰うか……いや、でもそう言う人程嫌がるだろうなぁ』

『それはそうだよ!あんな男娼みたいな第二妃がいる男なんて、絶対に嫌に決まっている』

『継承権第二位は……公爵家の?そっちの方が安泰だものな』


「……マルセルク、様」


 リスティアはぽつりと呟く。
 マルセルクが過去の記憶を持っているのなら、聞きたいことは沢山あった。

 何故、自分を抱かなかったのか。
 何故、自分と婚姻するまで我慢出来なかったのか。

 そう問い正したい気持ちが沸き起こる。
 もしかしたら、その少し掛け違えただけの差異が無ければ、自分たちは問題なく、幸せになれたのかもしれないのに。

 しかし、とうに過ぎた事。もう起こり得ない事。

 聞いたところで、スッキリ納得出来るはずも無いのだから、聞く価値もない事だった。











 チェチェは完全に成長し、子猫の姿をとるようになった。それも全身ふわふわの、片手の平に乗ってしまうような小さな子猫。人工精霊なので、重力など関係なしにリスティアの肩へ乗ったり、飛んで浮いたりと、自由にしている。

 そんなチェチェは、アルバートとノエルには姿を見せた。精霊の意思なのか、リスティアが気を許しているからかは分からないが、チェチェが二人の頭やら肩やらに乗って休んでいるのを見ると、リスティアまで嬉しくなった。

 その反面、フィルと関係を持っていた人間や敵意のある人間には絶対に寄りつかないことを見つけた。
 例えば、この、ボブ。


「リスティア様。どうか婚約してくださいっ!」


 チェチェが毛を逆立てて警戒していた。隣のノエルも、刺し殺せそうな視線でボブを睨んでいる。
 ただしリスティアは、目の前の男に気を取られて気付いていない。

 ボブというこの男は、男爵令息だったか……。伯爵令息、婚約者なしとなったリスティアは、ボブを観察して眉根を寄せた。

 以前会った時にも思ったが、筋肉と脂肪で出来た肉達磨のような令息だ。小さな頭が申し訳程度に乗っかっている。


「へへっ、そのぉ、前からお慕いしておりましたっ!けど、婚約も無くなって傷物になったリスティア様なら、おいらでも手が届くかなって……」


 それを聞いた途端に、リスティアは酷い虚脱感に襲われた。リスティアは自身に対して高いプライドを持っているのに、こんな程度の低い男から『手が届く』ような存在とは。
 残飯を拾ってやるかのような態度のボブに、立ち尽くす程のショックを受けた。


「貴様、【黙れ】」


 ノエルが低い低い声でそう呟いた瞬間、ガチッと音が鳴り、ボブは口を噤んだ。ペラペラと話していた口は、糊でくっ付いたみたいに閉じている。


「……えっ?」

「二度とリスティアと我々の前に姿を現すな。次は潰す。どこ、とは言わずとも分かるな?」


 ノエルは自分よりも大きいボブに、氷の剣山を生き物のように容易に作り出して脅す。流石のボブも顔を青ざめさせ、股間を守るように腰を屈めてへこへこと逃げていった。


「リスティア。さっ、行きましょう。先ほどの男の戯言など気にしてはいけませんよ」

「えっ、ああ……そうだね。ちなみにどこを……?」

「さぁ……」


 先程までの殺意を綺麗に無かったことにしてにっこりと笑うノエルに流されて、その場を後にする。その後、ノエルに『どれだけリスティアが尊いか』について永遠と語られ、羞恥に埋まりたくなったのだった。











 卒業まであと少しということは、卒業記念パーティーも迫ってきているということ。

 リスティアに用意されていたドレスコートは、マルセルク色のもの。婚約を解消した今、それだけは絶対に、避けなくてはならない。
 リスティアは『傷物な自分は地味で目立たない既製品でいい』と言ったのに、ノエルとアルバートに連れられて、王都屈指の服飾屋へと引き摺り込まれていた。


「……やはり、私の萌黄色も非常に似合いますね」

「いや、ここは濃いめの銀だろう。白銀の髪と相性がいい」

「あの……」

「このタイピンに白金を仕込みましょう。ああ!この同色の糸で繊細な刺繍を施すのもいい」

「黒も必要だ。アクセントに最適な」

「ええと……?」


 リスティアは色んな布や糸を当てられて、多種多様な形のドレスコートに着せ替えさせられて、魂が抜けそうになっていた。

 そうして疲弊一歩手前で、最終的に形は決まったらしい。リスティアの右手はノエルに、左手はアルバートに取られて、両方から口付けを受けてしまった。


「……まるで天上の女神です、リスティア。綺麗です……」

「…………美しい」


 ノエルはうっとりと、アルバートは顔を真っ赤にして、褒め称えてくれる。手放しの賞賛に、リスティアも恥ずかしくて俯いてしまう。
 周りの店員は、頬や口に手を当てはぁぁ……とため息を漏らすばかりで、止めてくれそうな気配は無い。

 二人はリスティアの色を主張するようなコートをオーダーするようだ。その注文にかかった時間は、たった五分程度だった。
 違いに色々言いたいことがあるのに、疲れすぎて口すら動かない。


「疲れた……」

「お疲れ様でした。今日はこのまま侯爵家の方に帰りましょう」

「ありがとう。アルもだよね?」

「ああ、もちろん。……ティア」


 アルバートからティアと呼ばれると、唇を少し噛んで、上がりそうになる口角を抑えなくてはならなかった。

 アルバートのことをアルと呼べば、僅かに照れるのが可愛らしい。耳の端っこが赤くなっているのを、リスティアはすぐに気付ける。

 ノエルは『私はリスティアという大切な言葉を一言一句そのまま言いたい派です』と言うので、リスティアもそれに倣った。それもそれで、嬉しい。

 甘美な響きに聞こえる、呼び名。それは、リスティアにとって二人が大切な人間だからだ。



 しばらく馬車に揺れてウトウトし始めた時に、ノエルが口を開いた。


「疲れている時にすみません、リスティア。今日の注文で気付いたとは思いますが……、言っておくべきことが、あります」








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