虚構の愛は、蕾のオメガに届かない

カシナシ

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第二章 二回目の学園生活

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 アルバートに魔力交換をしようと誘うと、面白いくらい狼狽えていた。
 ノエルとした次の日だったため、リスティアの気合いが入りすぎていた。朝伝えたのと、言葉が不足していたのがまずかったかもしれない。

 ぽーっとして、始終上の空なアルバートは可愛い。それもノエルとリスティア以外、誰も気付いていない。普段から表情の変化が殆どないためだ。気付ける自分に、優越感を抱いた。



 そうしてようやく訪れた放課後。アルバートの部屋は思った以上に殺風景で、愛用の長剣が主人のように『どーん!』と飾られている。ある意味想像通りの部屋だ。

 リスティアを迎え入れた途端に、そわそわと視線を逸らしている。これは、かなり緊張しているみたいだ。


「あ、アル。僕、アルがどうして騎士団を希望しなかったのか、聞いてもいい?だって君、剣術のクラスではいつも一位でしょう?」


 これは彼の緊張を紛らわすためでもあり、リスティアの単純な疑問でもあった。

 リスティアを寝台に座らせ、アルバートは絨毯に座っていた。少しキョトンとしたアルバートは、いつも通り、思慮深く口を開く。


「騎士団長令息……殿下の側近の、赤頭。俺は剣を振り回すのが好きなだけなのに、いつもやっかんでくる。試験対戦で、『団長に口聞いてやるからわざと負けろ』と言われて……余計、嫌いになった。あれの親が上司、と考えるだけで嫌悪感が止まらない」

「うわぁ……それは、そうだね……納得だ……」

「当然、勝った。負けるにしろ技量が足りていれば教師も気付く。そんなことにも気付かず、勝敗のみに固執するなど愚かだ」

「その通りだね。わざと負けろ、なんて言う方が情けない」


 リスティアがそういうと、アルバートはふっと頬を緩めた。同じように思っていたのだろう。


「ちなみに、ノエルが殿下の側近を辞めた理由も、似たようなものだ。奴らの考えと合わなかったんだ」

「あっ……なに、聞きたい」

「殿下が妙な遊びに手を出した時、強く辞めるよう言ったのに全く聞かず、それどころか一緒にするかと誘われたとか。その場で側近を辞めて洗面室に駆け込み、吐いたらしい」

「おわ……」


 心中お察しした。ノエルは途轍もなく気持ち悪かったことだろう。自分と同じ感覚の人がいてよかった、と息を吐いた。


「ちなみに……俺も、誘われたことはある」


 アルバートが、まるで裁判を待つ囚人のような気迫を醸し出した。リスティアも思わず唾を飲む。


「それは……もしかして、フィル殿、から……?」

「ああ。ヤツの後ろに大勢いた男を見れば分かる、この体格に目をつけられたのだろう。もちろん断った。断ったが、かなりしつこくて……やむを得ず、嘘をついた」


 確かにフィルは、体格が大きければ大きいほど好んでいるようだった。それでいくとアルバートは好みの体格なのだろう。
 フィル自身リスティアよりも小さいのだから、下世話な話、それでも受け入れられるなんて……、と人体の神秘すら感じた。


「嘘をつかなきゃ、諦めてくれそうになかったんでしょう?それは必要な嘘だ。アル、そんなに気にしているの?」

「………………俺は、嘘が嫌いだ。それなのに、嘘をつくと……天の神様から、責められているような気がする」

「かっ……」


 可愛い。なにこの可愛さ。
 頭を撫でてあげたい気持ちを堪えて、冷静に聞き役に徹する。


「言ってご覧。僕が天の神様に許してもらえるよう、口添えするから」

「……………っ!」


 アルバートにぎゅっと両手を握られた。肉厚の、硬い手のひらに包まれる。
 とても、しっくり来た。リスティアの華奢な手は、すっぽりと収まってしまう。

 触れた指先から、熱が伝わってくるよう。
 手を握り合っているだけなのに、脈は早まり、呼吸も浅くなっていた。真剣な銀の瞳と目が合う。


「その、これは、嘘だからな。アイツには……『ノエルくらい上背があって、デカいカチコチのケツにしか興奮しない』と……」

「……っ!」


(かちこち……!?)

 咄嗟に横を向いて笑いを堪えたが、その肩は揺れてしまっていた。心の中でアルバートに謝っていると、慌てたように弁明し出す。


「その、一応書類上は婚約者だから、それが一番波風のたたない断り方だと思ったんだ!実際に効果は抜群で、俺を見る度嫌そうな顔をして避けてくれた。その点では後悔はしていない。言った時の俺のダメージだけだ」

「う、うん……!とてもいい断り方をしたよ、アル……!フィルには絶対にどうにも出来ないから諦めないといけないし、それでいて『嗜好の問題』だからフィルのプライドも傷付けない。もちろんノエルも褒められたくらいにしか感じないだろうし、誰も傷ついていない。いい嘘だ。間違いなく神様もニッコリするよ」

「そうか……?ああ、ノエルは間違いなく、何も思わないか、ゾッとするくらいかもしれないが……、そうか、いい嘘だったか……」

「うん。アル、少し前に殿下の花束も僕の代わりに受け取ってくれたよね。あの時も思ったんだ。……君は本当に、優しいなって」


 アルバートの顔を、やっと見上げられた。
 真剣な表情のまま、アルバートは、リスティアの顔をじっと見て続きを促している。


「君の口数は少ないけれど、ちゃんと人を見て言うから、よく伝わる。君の頭の中ではきっと、色々な言葉で渦巻いているんだろう。それを選んで、考えて、口に出す君は、とても好ましいと、思う。
 ……偽りの言葉を、罪悪感もなしにぺらぺらと話す人は多いから」


 それは、マルセルク。しかも彼の場合救えないのは、本気でリスティアを愛していると思っていることだ。彼の行動は全て、自分のためだけのもの。それを知れば、言葉の薄っぺらさに気付けるはずだった。

 最後のトーンが下がったことに、アルバートは気付き、またぎゅうと手に力を込めていた。


「ティアは、不思議な人だ……。どうしてそんなにも綺麗な心なんだろう……」

「まさか。僕は、結構、汚れてるよ?」

「いや……それは、俺の方だ」


 見つめ合い、自然と顔が近づく……。

 ハッ!と気付いて、慌てて俯いた。

(そ、そうだ!魔力交換をしにきたのに)

 アルバートはあまり魔力操作技巧に優れているとは言えない。その分、リスティアは補える程に磨いた技術だ。


「あ、えと、魔力交換……君は、出来るだけリラックスしていて。僕が君の魔力を引き出そう」

「そんなことが出来るのか?俺はてっきり……なんでもない」

「ん?僕なら出来る……と思う。深呼吸をして」

「む、無理かもしれない……息が、上がっている」


 目の前の胸板にそっと身体を寄せた。リスティアの耳は、アルバートの心臓の音をよく聞こえる位置にある。

 ドクドク、バクバク。

 緊張状態にある心臓の動き。
 それでもアルバートも本来の目的を思い出したのだろう、無理やり、深呼吸をしようとしていた。

 ノエルの時より接地面積が広い。服を着ていても、これなら大丈夫そうだった。
 リスティアはアルバートの魔力を誘うように、ほんの少量ゆっくりと抜き出し、自身の魔力に混ぜる。


「ひんっ……」

(んんんん!?何これぇ!?)





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