虚構の愛は、蕾のオメガに届かない

カシナシ

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第二章 二回目の学園生活

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 休日になって、リスティアはとある場所へと来ていた。ノエルとアルバートも一緒にいるのは、どうしても危険だと言うので仕方ない。

 出来れば秘密裏に進めたかった。何故ならそこは、娼館だからだ。



「うはぁ、こんな綺麗な人、初めて見た……」

「美人と美形と天使がいる……」

「おにーさん、ボクはどう?」


 そう口々に浴びせられる誘い文句に、困ったように眉を下げるリスティアは、ノエルとアルバートからジト目で見られていた。


「何でここなんですか?リスティア。せっかくのデートの機会が……」

「えっ、ごめん、何か言った?ここ、うるさくて……」


 よく聞こえない、とリスティアが茶色に見せかけた髪を耳にかけるだけで、ぽうと見惚れる男達が続出する。ノエルとアルバートが二人揃って殺気を飛ばすものの、ひっきりなしに野次馬が集まるためキリがない。


「…………何があっても、守ればいいだけだ。ノエル。見守ろう」

「そうですね。何か考えがあるのでしょう」

「すみません。館主に取り次いでいただきたいのですが」

「館主に?何の用だ、ウチは違法なことなんて、なんもないクリーンな男娼館だよ」

「薬師を目指している者です。男娼の方々の皆さんの体調についてお聞きしたいのです」

「ハァ?」


 受付をしていた男は、怪訝そうにリスティアを見上げた。これまでの教育でも褒められた、一部も隙のない笑顔を向けてみる。


「胡散臭いな……新手の詐欺か?」

(えっ……効かないとは……)

 疑い深い受付により、パッパッと追い払われてしまった。それでもまだ、陽は高い。


「リスティア、一体何をしようとしているのですか?この方法以外にはありませんか?」

「……それが、無いんだ。次、行ってみる!」


 その次もまた、綺麗目の娼館。そこからも取材を断られ、その更に次も駄目。やはり肩書きが無い、というのは信用に足らないようだった。

 断られ続けると、徐々に小汚く、治安の悪い立地の娼館になっていった。


「二人に着いてきてもらって良かった……」

「こんな所をあなた一人で歩かせる訳がありません。もっとくっついて下さい」

「俺に隠れて」


 通りを歩くだけで、三人は目立つ。服装は地味でも仕立ての良い服で、顔、姿勢、仕草、全てが上流階級を物語っている。
 リスティアは右にノエルの腕へ捕まり、左からアルバートに腰を抱かれて、安心感と共に『守られている』ことを強く意識してしまっていた。

 汗をかくほど顔が火照っていても、今二人は周囲を警戒しているのでバレることは無いだろう。……おそらくは。


 三人の行く先々には、何かおこぼれを貰えるかもしれないと、物乞いが道の端に並んで膝をつき、欠けた椀を差し出す。
 不穏な目つきをした男達は三人の持ち物をチラチラと見ながら隙を窺っていたが、見た目からして強そうなアルバートに凄まれ、すぐに散らばった。

 そうして辿り着いたのは、たった三人の従業員しかいない、古びた娼館だった。
 アルバートの巨躯が足を踏み入れたら底が抜けそうな、小屋。
 防音装置など無く、二階からはひっきりなしに嬌声が上がっている。余程激しいのか、時折パラパラと天井から埃も落ちてきた。

(こっ……ここで怯んではだめだ。もうここしか無いのだから!)


「突然すみません。薬草術を嗜む者なのですが、男娼の方々の体調についてお話を聞かせていただけませんか?」


 リスティアがそう言うと、年老いた気怠げな館主が、面白そうに快く頷く。


「いいよ、あたしも気になっていたから。毎度毎度、似たような奴ばかりで飽き飽きするんだ」

「似たような、と言うと?」

「まぁまぁ、あたしの長ぁい話を聞いとくれ。茶もあるよ」


 隣の部屋に入ると、これまた埃っぽさの拭えない寝椅子。使い古したシーツが被せられて、一応は綺麗そうだ。
 元娼婦の館主なのだろうか。もう痩せぎすの老婆でも、妙な色気を纏っていた。


「お前さん達の一生縁のない世界だろ、ここは。場末の娼館、初めてだろう?」

「は、はい……、すみません。ですがどうしてもお聞きしたくて」

「うぅん。何だったかな……あれはあたしの若かりし頃のこと……」


 何か長い物語が始まりそうになるのを、リスティアは慌てて止めた。


「ああっ、ええと……!人気の男娼の方に、何かおかしな症状は見られませんか?どんな小さなことでも構いません」

「あはは。おかしな症状な。ここはもう売れなくなった男娼や娼婦の来るとこなんだ。で、二人に一人は『色狂い』が来る。あれは……おかしい、とあたしは思っているんだ」

「すみません……『色狂い』とは、何か教えて頂けますか?」


 リスティアが聞くと、館主は嬉々として話し出した。どうやら長年この仕事をしていて、不思議に思っていたことを、自分なりに推測してきたのだとか。

 入荷する男娼や娼婦のうち、過去に何百人も客を取っていた者は、多くの場合『色狂い』の状態に陥る。
 それはつまり、客の顔や体格、行為の癖などのなにもかも関係なく、ただただひたすらに交わりたがる。

 普通は『臭い人は嫌』『痛いのは無理』などと注文を付けるのに、その状態になった人間は違う。売上げ金すらいらないから、常に繋がっていたがるのだとか。

 館主にとっては都合の良いこと。客を選り好みしないから、ガンガン稼いでくれる。
 今もリスティアたちの頭上で喘いでいる男娼は、その状態なんだとか。


「あたしの見立てでは、あと、数ヶ月ってとこだ。もうあれも長くはもたん」

「それは……やはり、病気で?」

「いんや。病気じゃあない。至って健康ですこぶる元気さ!でもねぇ、三日も客が途絶えたら、パタッと逝くんだよ」

「え……」

「娼館じゃよく見る光景だよ。腹上死ってことになるが、あたしは、あいつら、脳が腐ってるんじゃないかと思ってる」

「脳が腐る、ですか……?」

「汚い汚いと言っていた奴が、喜んで男汁を飲み……ああ、ごめんごめん。なんだ、上品な言葉は知らん」


 直接的すぎる言葉にノエルとアルバートが館主を睨みつけると、戯けたように言葉を濁していた。


「その状態に至るのに、何か条件などは分かりますか?」

「うーん……その変化も、徐々にくるものだから、分からないねえ。あたしが分かっているのは、男娼の中でも、抱く役はかからんのと、人気のない……月に数十回程度の奴もかからん。そうだ!人気娼婦が顔に怪我をしてここに来たことがあったが、あれはもうあの状態になっていた。その後客は取れなかったんだが、数年して死んだな」


(一度かかると治せない病気のようだな……)


「では、その状態の男娼や娼婦を抱いた、お客さんの方で、何か異変やクレームなどはありませんでした?」

「客は殆ど近所に住んでる馴染みのやつだ。クレームなんぞ入れさせない。出禁にすればいいからな」

「そうですか……」


(そちらの情報は無い、か。残念だ。でもこれだけでも少しは収穫があったな)








 行為が終わったその男娼を、見せてもらえることとなった。もちろん綺麗に拭い、服は着てから、だ。


「へへっ、へぇ、えっ、次は三人?ちょっと疲れたけどぉ、いいよ、来て」

「ほれ、この通り。狂ってんだ」


 少し盛りを過ぎた妙齢の男娼は、焦点の合わない様子で、瞳孔は開きっぱなし。チェチェが警戒して総毛立てている。
 館主も居る上、ノエルやアルバートが険悪な顔をしているというのに、気にせずまた服を脱ぎ出そうとしていた。


「え、なんで来ないのぉ?ほら、君たちの好きな穴だよ、ほらぁ、ほらほらほらほら」

「お見苦しいものを見せたなぁ。さ、お客にならないなら出て行った方がいい。こいつらはすぐに脱ぐからね」

「は、はい。失礼します」

「裏からな!表に悪ぃ奴らが集まってきちょる」

「えっ、お婆様は……」

「はは、あたしか?婆に世話になっとるやつらばかりでな、気にするな。お前さんらは余所者だからねぇ」

「分かりました……、ありがとうございました!」


 リスティア達は逃げるようにして、娼館から出たのだった。






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