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第10話 天の眼
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「エシラ。君を誘拐しようとした二人を懲らしめていたんですよ。気に入りませんでしたか?」
にこやかな笑みを浮かべたまま、彼はそんな言葉をつらつらと並べる。
「きにいるわけない……。なんでそんなひどいことができるの……?」
『ってか、お前がオイラ達を誘拐しようと仕向けたんだろ! 自作自演の癖に何言ってるんだ‼』
アイの怒りを放てど、そよ風が吹いたかのように爽やかな笑み貼りつけ続けていた。
その飄々とした雰囲気に、思わず身震いする。
「あぁ、やっぱ吐いてましたか。それじゃあ次の手ですね。彼らは今、ワタシの毒で侵されています。あなたはどうしたいですか、エシラ」
「どうしたいかって……はやくなおしてあげてよ‼」
「なんと素晴らしい。犯罪者ごときに情を向けるなんて! では一つ、提案します。――ワタシの元で働きなさい」
「はたらく……?」
「えぇ……。研究のお手伝いといった、簡単なお仕事しかあなたには――」
テウォンがそんな提案を持ちかけたその時、「嘘だ‼」と隣から怒号が響いた。
領主と共にやってきた、毒に侵されていない誘拐犯の女性――リヤンだ。
「お前、こっそり聞いてたわよ! 目的はエシラちゃん自身の研究でしょうが! よくわかんないけど、そのグリモワール? ってやつを研究するために非道なことするつもりだって聞いた‼」
「あははっ、うるさいですね。――〝開〟・【毒針地獄】」
「ぁ――ゴハッ‼」
藤紫色魔導書が、テウォンの前で開く。刹那、剣と同じくらい大きな針が何本もリヤンの腹を穿ち、ピンクッションのようになる。
すぐにでも治療しなければ、死は免れないだろうというのが一目瞭然だ。
「なん、で……なんで、こんなことするの⁉」
「エシラ。助けてほしいですか? 今なら毒を抜くことくらい朝飯前ですよ? さぁ、さぁ、どうしますか?」
「っ……! り、りょうしゅ……‼ なんとかしてあげて‼」
ニヤニヤとした笑みからは逃げられず、エシラは隣にいる領主に助けを求める。
この土地の領主である彼ならば、次期領主よりも権力を持っているはず。エシラのその考えは正しかった。しかし、隠し玉の存在を彼女は知らなかった。
「おや、いいのですか。領主であるフィオレンツォ・エスターテ。あなたに仕えている赤髪のメイド。まるであなたそっくりだぁ」
「っ‼」
「これをあなたのご両親に告げたらどうなるでしょうかねぇ? あ、ちなみに彼女は今、ワタシの部下とお話してるでっしょうから、変な気は起こさないように」
「貴様ッ‼ 貴様ごと全部、燃やし尽くしてやろうか……!!!」
「おお、怖い怖い。貴族社会というのは、どこが、誰が、いつ弱みになるかわからないですからね」
領主は、テウォンに一つ弱みを握られていた。それゆえに強くでることができず、本来会わせる気がなかったエシラにも毒牙が迫ってきてしまっている。
なんとなく、エシラもその状況を理解した。けれど、スラム街の矮小な、なんの権力も持っていないに等しい子供が何かできるのだろうか。彼女の心中は渦巻いている。
(りょうしゅも、アイツによわみをにぎられてる。みんなどくでやられてる。わたしが、わたしがやらなきゃ。わたしが、わたしをさしだせば――)
『――エシラ。オイラ達スラム街の住人はさ、何も権利がないんだな』
「あ、あい……? いま、そんなこといってるばあいじゃ……」
『何もないってことはさぁ。何でもできるってことだって、思わないか?』
「え……」
アイの真っすぐな瞳が、エシラの瞳に刺さる。
『エシラ、思い出せ。毒でやられたあいつら、弱みを握られてる領主を見て、お前の心の奥底では何を感じた?』
「わたし、わたしのこころは……」
俯き、胸に手を添える。暖かい……いいや、熱い。
彼女は〝熱〟を抱きながら、テウォンに一つ質問をした。
「……そのゆうかいはんのふたり、いえがこまってるの。しらなかったの?」
「ん? ああ、もちろん知っていたとも。一人は妹と親へ稼ぐためだとか言ってましたがね。その妹に手を出すぞって脅したらほんっと良い駒になるんです。
それでもう一人は、魔術の研究が好きでしてね。上手く働けば学院に入れてやるといいました。まあ、嘘ですがねぇ」
「…………そっか、わかった。――〝開〟・【まっくろなうで】」
黒い魔導書が頁を開け、エシラは全身に魔力を巡らせて一直線にテウォンに向かって駆け出す。
それは愚行に等しい。それをわかっていた領主が止めようとするも、間に合わない。
「待てエシラ! 君の魔術と魔力運用だけではあいつには勝てない‼ 戦ったらダメだ‼」
「その通りですよ。まあ、話し合いよりずっと気が楽でいいですね。【百足夜行】!」
テウォンはエシラを止めようと、手から巨大なムカデの大群を放出する魔術を使った。
エシラの魔術――【まっくろなうで】は未知数で魔術特攻とはいえ、暴走させずに使うとなると威力は激減。魔力効率が抜群に良くとも、相手は洗練された魔術師。
さらに、毒を主に戦うことで、エシラの華奢な身体では掠りでもしたら一発アウトだ。
(あぁ……これですよこれ! つまらない腹の探り合いなんかよりず~~っと手っ取り速くて爽快です! スラム街の何も知らないガキ一匹、このワタシに飼われるだけ光栄だというのに‼)
恍惚とした笑みを浮かべて浮かれているテウォン。されど、魔術を緩めることはない。
油断のない彼の攻撃を避けきることは、エシラには不可能。……不可能、なはずだった。
「え、は? なん、なぜッ! なぜ私の攻撃を全て避けられて――⁉」
バキッッ‼
エシラの拳がテウォンの顔面に直撃し、鼻がひん曲がる音がする。
「ぎ、貴様ァ……! なんだ、その魔術はァアアア‼」
「テウォン。あなたのことはゆるさない……けど、おかげでわすれものをとりもどせた」
張り付いた笑みという名の仮面がテウォンから崩れる。
同時に、エシラの魔導書の新たなページに文字が刻まれていった。
「これは……このかんじょうは――いかりだ……‼」
彼女の失った右目からは、青い炎が噴き出していた。
――【ゆがんだひとみ】。
エシラが過去に置いてきた怒りの感情を取り戻すことで発露した魔術。
透視・看破・魔力の流れの観測・読心・未来視・etc……など、神羅万象を見通す天の瞳を一時的に再現するもの。
にこやかな笑みを浮かべたまま、彼はそんな言葉をつらつらと並べる。
「きにいるわけない……。なんでそんなひどいことができるの……?」
『ってか、お前がオイラ達を誘拐しようと仕向けたんだろ! 自作自演の癖に何言ってるんだ‼』
アイの怒りを放てど、そよ風が吹いたかのように爽やかな笑み貼りつけ続けていた。
その飄々とした雰囲気に、思わず身震いする。
「あぁ、やっぱ吐いてましたか。それじゃあ次の手ですね。彼らは今、ワタシの毒で侵されています。あなたはどうしたいですか、エシラ」
「どうしたいかって……はやくなおしてあげてよ‼」
「なんと素晴らしい。犯罪者ごときに情を向けるなんて! では一つ、提案します。――ワタシの元で働きなさい」
「はたらく……?」
「えぇ……。研究のお手伝いといった、簡単なお仕事しかあなたには――」
テウォンがそんな提案を持ちかけたその時、「嘘だ‼」と隣から怒号が響いた。
領主と共にやってきた、毒に侵されていない誘拐犯の女性――リヤンだ。
「お前、こっそり聞いてたわよ! 目的はエシラちゃん自身の研究でしょうが! よくわかんないけど、そのグリモワール? ってやつを研究するために非道なことするつもりだって聞いた‼」
「あははっ、うるさいですね。――〝開〟・【毒針地獄】」
「ぁ――ゴハッ‼」
藤紫色魔導書が、テウォンの前で開く。刹那、剣と同じくらい大きな針が何本もリヤンの腹を穿ち、ピンクッションのようになる。
すぐにでも治療しなければ、死は免れないだろうというのが一目瞭然だ。
「なん、で……なんで、こんなことするの⁉」
「エシラ。助けてほしいですか? 今なら毒を抜くことくらい朝飯前ですよ? さぁ、さぁ、どうしますか?」
「っ……! り、りょうしゅ……‼ なんとかしてあげて‼」
ニヤニヤとした笑みからは逃げられず、エシラは隣にいる領主に助けを求める。
この土地の領主である彼ならば、次期領主よりも権力を持っているはず。エシラのその考えは正しかった。しかし、隠し玉の存在を彼女は知らなかった。
「おや、いいのですか。領主であるフィオレンツォ・エスターテ。あなたに仕えている赤髪のメイド。まるであなたそっくりだぁ」
「っ‼」
「これをあなたのご両親に告げたらどうなるでしょうかねぇ? あ、ちなみに彼女は今、ワタシの部下とお話してるでっしょうから、変な気は起こさないように」
「貴様ッ‼ 貴様ごと全部、燃やし尽くしてやろうか……!!!」
「おお、怖い怖い。貴族社会というのは、どこが、誰が、いつ弱みになるかわからないですからね」
領主は、テウォンに一つ弱みを握られていた。それゆえに強くでることができず、本来会わせる気がなかったエシラにも毒牙が迫ってきてしまっている。
なんとなく、エシラもその状況を理解した。けれど、スラム街の矮小な、なんの権力も持っていないに等しい子供が何かできるのだろうか。彼女の心中は渦巻いている。
(りょうしゅも、アイツによわみをにぎられてる。みんなどくでやられてる。わたしが、わたしがやらなきゃ。わたしが、わたしをさしだせば――)
『――エシラ。オイラ達スラム街の住人はさ、何も権利がないんだな』
「あ、あい……? いま、そんなこといってるばあいじゃ……」
『何もないってことはさぁ。何でもできるってことだって、思わないか?』
「え……」
アイの真っすぐな瞳が、エシラの瞳に刺さる。
『エシラ、思い出せ。毒でやられたあいつら、弱みを握られてる領主を見て、お前の心の奥底では何を感じた?』
「わたし、わたしのこころは……」
俯き、胸に手を添える。暖かい……いいや、熱い。
彼女は〝熱〟を抱きながら、テウォンに一つ質問をした。
「……そのゆうかいはんのふたり、いえがこまってるの。しらなかったの?」
「ん? ああ、もちろん知っていたとも。一人は妹と親へ稼ぐためだとか言ってましたがね。その妹に手を出すぞって脅したらほんっと良い駒になるんです。
それでもう一人は、魔術の研究が好きでしてね。上手く働けば学院に入れてやるといいました。まあ、嘘ですがねぇ」
「…………そっか、わかった。――〝開〟・【まっくろなうで】」
黒い魔導書が頁を開け、エシラは全身に魔力を巡らせて一直線にテウォンに向かって駆け出す。
それは愚行に等しい。それをわかっていた領主が止めようとするも、間に合わない。
「待てエシラ! 君の魔術と魔力運用だけではあいつには勝てない‼ 戦ったらダメだ‼」
「その通りですよ。まあ、話し合いよりずっと気が楽でいいですね。【百足夜行】!」
テウォンはエシラを止めようと、手から巨大なムカデの大群を放出する魔術を使った。
エシラの魔術――【まっくろなうで】は未知数で魔術特攻とはいえ、暴走させずに使うとなると威力は激減。魔力効率が抜群に良くとも、相手は洗練された魔術師。
さらに、毒を主に戦うことで、エシラの華奢な身体では掠りでもしたら一発アウトだ。
(あぁ……これですよこれ! つまらない腹の探り合いなんかよりず~~っと手っ取り速くて爽快です! スラム街の何も知らないガキ一匹、このワタシに飼われるだけ光栄だというのに‼)
恍惚とした笑みを浮かべて浮かれているテウォン。されど、魔術を緩めることはない。
油断のない彼の攻撃を避けきることは、エシラには不可能。……不可能、なはずだった。
「え、は? なん、なぜッ! なぜ私の攻撃を全て避けられて――⁉」
バキッッ‼
エシラの拳がテウォンの顔面に直撃し、鼻がひん曲がる音がする。
「ぎ、貴様ァ……! なんだ、その魔術はァアアア‼」
「テウォン。あなたのことはゆるさない……けど、おかげでわすれものをとりもどせた」
張り付いた笑みという名の仮面がテウォンから崩れる。
同時に、エシラの魔導書の新たなページに文字が刻まれていった。
「これは……このかんじょうは――いかりだ……‼」
彼女の失った右目からは、青い炎が噴き出していた。
――【ゆがんだひとみ】。
エシラが過去に置いてきた怒りの感情を取り戻すことで発露した魔術。
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