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芹那の話 其の壱壱
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ストッ、ストッ、ストッ……、と、砂浜の上に何かの足音がした。
ストッ、ストッ、ストッ……。目を開けると、白いふわふわとしたものがこちらを見ていた。
「兎?」
ストッ、ストッ、ストッ……。
辺りはもう暗くなっていた。
水平線の上に月が昇り、海をきらきらと照らしている。
静かに打ち寄せる波の音がした。
私はなぜ自分が砂浜にいるのかうまく思い出せなかった。
右手に何かを持っていることに気付き、それを見た。
誰かの靴だった。
どうして私、誰かの靴なんか持ってるんだろう。
頭の中に靄がかかり、いろんなことがうまく思い出せなかった。
どうして私、こんなところで座ったまま寝ていたんだろう。
でも、なんだろう。なんだか、疲れたな、もう。
ストッ、ストッ、ストッ……。
一羽、また一羽と、兎は静かに増えていった。
遠くにいるものも数えると、十羽はいるだろうか。
ストッ、ストッ、ストッ……、と、波打ち際を走ってきたウサギは、私の前で立ち止まり、興味深げにじっと私を見つめている。
皆一様に真っ白な兎だった。
月の光を受け浮かび上がる姿は、この世界のものではないようにさえ思えた。
それは幻想的な光景だった。
私は眩いばかりに冷たい光を海に放つ月に目を向け思った。
この兎たちは、あの月から降りてきたのではないだろうか。
きっとこの兎たちは、私を月に連れて行こうとしているんだ。
迎えに来たんだ。
私はもう、死んだのかも……。
疲れ切った頭でそう考えた。
私はうな垂れたまま、また目を閉じた。
「……ミコト」
誰かの声が聞こえた。
「……ノミコト……、大丈夫かい?」穏やかな声だった。私はまだ夢の中にいるのだろうか。それとも……、それとも……。
「月読尊だね?」その声に顔を上げた。
「佐藤君……」そう言いながら、私はどうして目の前の見知らぬ男の子のことを佐藤君だなんて呼んだのかわからなかった。
「僕のことを覚えていてくれたんだね。嬉しいよ。まあ、そう呼ばれるのはまだまだ先の話だけれどね」
「あなた、だれ?」
「あはは、困ったね。僕は大国主(おおくにぬし)と言うんだよ」
「オオクニヌシ……」
「そうさ。まあ、呼びやすかったら佐藤君でもいいよ。君は確か、和也から芹那と呼ばれていたね」
「和也……、そう」私は無意識に海を見た。優しい波の打ち返す海を。「あれ? わたし、和也から……、和也……、和也はどこにいるんだっけ。和也……、和也、和也!?」と、和也が海に飲み込まれたことを思い出した瞬間、私は立ち上がり海に目をやった。
「そうよ、和也! 和也が!?」そう言って私は辺りを見回した。けれど、和也がそこにいるはずがなかった。
「和也が、どうかしたのかい?」佐藤君は、そう言って海を眺めた。
「和也と、私一緒にいたのよ。けど、けれど、和也が、波にさらわれたの……」
「波にねえ」そう言って佐藤君は目を細めながら水平線に目をやった。
「死んじゃった……、和也が、死んじゃった……」
「大丈夫さ、きっと」
「そんな、なんでそんなことわかるのよ!」
「だって、和也は須佐之男命だろ? そんな簡単に死なないよ」
「そんな、だってでも……」
「それより芹那さんこそ疲れているようだね。それに夜の海は寒い。ついてくるといいよ。火のある場所に行こう」
「そんなこと! 和也はいったいどうなるのよ!」
「それは心配いらないよ。海にもちゃんと神様はいるから」そう言うと佐藤君は兎たちを引き連れ、フラフラと歩く私に歩調を合わせながらゆっくりと歩き出した。
ストッ、ストッ、ストッ……。目を開けると、白いふわふわとしたものがこちらを見ていた。
「兎?」
ストッ、ストッ、ストッ……。
辺りはもう暗くなっていた。
水平線の上に月が昇り、海をきらきらと照らしている。
静かに打ち寄せる波の音がした。
私はなぜ自分が砂浜にいるのかうまく思い出せなかった。
右手に何かを持っていることに気付き、それを見た。
誰かの靴だった。
どうして私、誰かの靴なんか持ってるんだろう。
頭の中に靄がかかり、いろんなことがうまく思い出せなかった。
どうして私、こんなところで座ったまま寝ていたんだろう。
でも、なんだろう。なんだか、疲れたな、もう。
ストッ、ストッ、ストッ……。
一羽、また一羽と、兎は静かに増えていった。
遠くにいるものも数えると、十羽はいるだろうか。
ストッ、ストッ、ストッ……、と、波打ち際を走ってきたウサギは、私の前で立ち止まり、興味深げにじっと私を見つめている。
皆一様に真っ白な兎だった。
月の光を受け浮かび上がる姿は、この世界のものではないようにさえ思えた。
それは幻想的な光景だった。
私は眩いばかりに冷たい光を海に放つ月に目を向け思った。
この兎たちは、あの月から降りてきたのではないだろうか。
きっとこの兎たちは、私を月に連れて行こうとしているんだ。
迎えに来たんだ。
私はもう、死んだのかも……。
疲れ切った頭でそう考えた。
私はうな垂れたまま、また目を閉じた。
「……ミコト」
誰かの声が聞こえた。
「……ノミコト……、大丈夫かい?」穏やかな声だった。私はまだ夢の中にいるのだろうか。それとも……、それとも……。
「月読尊だね?」その声に顔を上げた。
「佐藤君……」そう言いながら、私はどうして目の前の見知らぬ男の子のことを佐藤君だなんて呼んだのかわからなかった。
「僕のことを覚えていてくれたんだね。嬉しいよ。まあ、そう呼ばれるのはまだまだ先の話だけれどね」
「あなた、だれ?」
「あはは、困ったね。僕は大国主(おおくにぬし)と言うんだよ」
「オオクニヌシ……」
「そうさ。まあ、呼びやすかったら佐藤君でもいいよ。君は確か、和也から芹那と呼ばれていたね」
「和也……、そう」私は無意識に海を見た。優しい波の打ち返す海を。「あれ? わたし、和也から……、和也……、和也はどこにいるんだっけ。和也……、和也、和也!?」と、和也が海に飲み込まれたことを思い出した瞬間、私は立ち上がり海に目をやった。
「そうよ、和也! 和也が!?」そう言って私は辺りを見回した。けれど、和也がそこにいるはずがなかった。
「和也が、どうかしたのかい?」佐藤君は、そう言って海を眺めた。
「和也と、私一緒にいたのよ。けど、けれど、和也が、波にさらわれたの……」
「波にねえ」そう言って佐藤君は目を細めながら水平線に目をやった。
「死んじゃった……、和也が、死んじゃった……」
「大丈夫さ、きっと」
「そんな、なんでそんなことわかるのよ!」
「だって、和也は須佐之男命だろ? そんな簡単に死なないよ」
「そんな、だってでも……」
「それより芹那さんこそ疲れているようだね。それに夜の海は寒い。ついてくるといいよ。火のある場所に行こう」
「そんなこと! 和也はいったいどうなるのよ!」
「それは心配いらないよ。海にもちゃんと神様はいるから」そう言うと佐藤君は兎たちを引き連れ、フラフラと歩く私に歩調を合わせながらゆっくりと歩き出した。
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