王都を追放された私は、実は幸運の女神だったみたいです。

冬吹せいら

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刻まれた紋章

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 結局、突然の来訪によって、ライロットの新人研修は、明日に持ち越しということになった。
 
 三人は、とある茶屋を訪れている。

「……」
「……」
「あの……。やっぱり私、ここにいない方が……」
「そんなことないです!」「そんなことないよ!」

 ライロットと、ヘイサルが、同時にそう言って、シブリエを引き留めた。
 席を立とうとしていたシブリエは、ため息をついたあと、座り直す。

「全く……。どうして急に、他所他所しくなっているんですか。さっきはあんなに……。盛り上がっていたくせに」
「だって……」
「……」

 二人は顔を見合わせ、そしてすぐに、照れて俯いてしまった。

「それでよく、うちのわがまま令嬢と、婚約なんてしましたね」

 強烈な皮肉に、二人は苦笑い。
 
「ライロットは……。ヘイサル様の、どのようなところが好きなんですか?」
「ど、どのようなって……わわっ!」

 動揺したライロットが、茶を零してしまった。
 水分を含み、肌に張り付いた袖が、少し透けて……。
 思わずヘイサルは、その手を取っていた。

「ヘ、ヘイサル?」
「ごめんライロット。袖を捲ってもいいかな」
「え? あ……」

 ヘイサルが袖を捲ると……。 
 そこには、小さな紋章が刻まれていた。

「なに、これ……」

 ヘイサルとシブリエが、顔を見合わせた。

「ライロット、君はやっぱり……」
「お祭りだぁ~!!!!」

 急に、外から、大きな声が聞こえた。

「お、お祭り……?」
「いきなりですね……」
「きっと、島にとって、良いことがあったんです」
「良いこと?」
「はい。お祝いごとの度に、頻繁に祭りをするんだとか……」
「あっ、三人とも! 大変です!!!」

 息を切らしながら、クリムが茶屋に入ってきた。

「クリム。一体何が?」
「実は、鉱石を採掘していたところ……。たくさん、レアな素材が出てきたみたいで……」
「そうなんだ……」
「たまたま、観光客の中に、鑑定士の方がいらっしゃって……。もう、とにかくすごいらしいんです! こんなにたくさん見つかることは、滅多に無いって!」
「……昨日から、なんだかすごいね?」
「昨日?」

 シブリエが尋ねたので、ライロットが答えた。

「昨日も、ここでは珍しい魚や、果実がたくさん採れたんです」
「なんだか……。ライロットがこの島に来てから、良いことばかり起きている気がします!」
「そんな。だから、偶然……」
「……いや、偶然じゃないよ」
「ヘイサル?」
「ライロット。君は……。幸運の女神だ」
「え?」

 急に何を言い出したのだろう。ライロットは首を傾げるが、シブリエも納得するように頷いている。

「と、いうわけですから! 今日もお祭りです! ヘイサルさん! シブリエさん! 楽しんでいってくださいね!」

 話の続きが気になるクリムだったが、仕事が立て込んでいるため、持ち場へと戻って行った。

「ヘイサル。幸運の女神っていうのは……」
「今日、ライロットは……。二十二歳の誕生日だよね?」
「そうだけど……」
「その紋章が刻まれたってことは……。間違いなく、ライロットは幸運の女神だよ。この島で起きていることは、全部君が呼び寄せたことなんだと思う」
「本当?」
「……今思えば、孤児院でも、不思議な出来事が多かった。あれは全部、ライロットのおかげだったんだろうなって」

 近くの川で釣りをすれば、いくらでも食用の魚が釣れた。
 森に行けば、いつだって美味しい果実が実っていた。

「ごめん。なんだか、整理できなくて……」
「そうだよね。ごめん。急にこんなこと言われて、困惑するだろうし……。……今は、そのお祭りとやらを、楽しむことにしよう」
「うん……」

 ライロットの頭の中では、様々な感情が混ざり合い、自分でも消化しきれない状況だった。
 それでも、目の前のヘイサル……。最愛の人が、笑顔を見せてくれるだけで、気持ちは晴れやかになる。
 
「私は、色々見て回りますので。二人は仲良く過ごしてください」
「あっ、ちょっと、シブリエさん?」
「シブリエ。せっかくだから、一緒に……」
「いいですから。……人の幸せを見るのは、悪くないですよ?」

 唇に人差し指を当て……。シブリエは、大人の笑みを浮かべ、去って行った。

「……行こうか」
「そう、だね……」

 二人は……。自然と、手を握り合っていた。
 紋章が、少し光ったが……。
 
 見つめ合っていたので、それに気が付くことはなかった。
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