王都を追放された私は、実は幸運の女神だったみたいです。

冬吹せいら

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不器用な愛

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「……ほう? 面白い提案です」

 リンデスが、不敵な笑みを浮かべた。

「いけません! そのようなこと……」
「ユレイナ……。このままでは、いつあの愚か者が、過ちを犯すかわからん……。私は常日頃より、死ぬときは自分の意思で死ぬと、決めておるのだ」
「はっはっは!!! さすが軍人! 潔い最後と言えましょう!」
「レイドル様……。待ってください」

 ユレイナが、レイドルの腕を、震える手で掴んだ。
 そうしていないと、今にもこの国王が、自ら命を絶ってしまうのではないかと思ったからだ。

「ライロットを連れ戻しましょう。レイドル様の指示ではなく、私の指示だと言うことにすればよいのです」
「ユレイナ。それで国民が納得すると思うか?」
「……ですが」
「ユレイナ。私は……。お前を、愛していた」
「へ……?」

 レイドルの目は、軍人の目では無く、国王の目でも無く……。
 この瞬間だけは、一人の脆い、男の目をしていた。

「三十年前、国王になった私は、嫁を迎えることはしなかった。誰も本気で愛することができなかったからだ。やがて、悪い噂ばかりが広まるようになり、仕方なくヘイサルを王子として迎え入れた……。しかし、アレを自分の子供と思ったことは一度も無い。ただの、国民の批判を逃がすための道具でしかなかった」

 ヘイサルとレイドルの血が繋がっていないことを、ユレイナは聞いていた。
 頷くこともできず、ただレイドルを見つめる。
 
「お前が私に近づいてきた時、すぐにわかったよ。王子と結婚し、権力を握りたい……。アレはずっと、一人の娘に好意を持っておったから、付け入るのは難しいと考え、私を狙った……。そうだろう?」
「そんなことは……。私、本当にレイドル様のことを、お慕いして――」

 レイドルが、ユレイナの口を塞いだ。

「……軍人で、学も無い私だが、そこまでバカではない」
「……」
「しかし、初めて好きになった女が……。自分を利用して、権力を得ようとする、歳の離れた娘とは……。……人は弱い。ほんの少しのほころびで、体が解けてしまうものだよ」

 ユレイナの腕を、優しく離させたレイドルは、剣を手に取った。

「……リンデス。ユレイナを解放しろ」
「では……。死んでもらえますか?」
「ふっ……」
「レ、レイドル様!? 何を――」

 レイドルは、剣の切っ先を、自分の胸元に当てた。
 そして、腕を伸ばし……。

 自らの手で、剣を心臓に突き刺した。

 軍人であるレイドルが……。急所を外すことはなかった。

「いやあああああ!!!!!」

 泣き叫ぶユレイナ。
 レイドルは……。すでに、事切れていた……。

「くっふっふっふ……。あっはっはっは!!!!」

 リンデスが、笑いながら、レイドルを蹴飛ばした。
 血だまりを強く踏み抜いたことで、渋きがユレイナの体にかかる。

 恐怖に満ちた表情で、リンデスを見上げるユレイナ。
 言葉を発することができず、ただ震えるのみ。
 パニック状態で、呼吸が荒く、まともな思考ができる状態ではなかった。

「良かったですねぇ……。優しい愛人を持って……」
「っ!!」

 リンデスが、ユレイナの頭を蹴りつけた。

「言っておきますが! 解放なんてしませんからね!?」

 ユレイナは、リンデスにその気が無いことくらい、気が付いていた。
 ……いや、レイドルだって、きっと気が付いていたはず。
 彼は、死に場所を求めていたのではないかと、ユレイナは思った。

 リンデスが、ユレイナの髪を掴む。

「痛いでしょう……? これも罪なのです。幸運の女神を追い出した街は、必ず不幸になる。どうですか? 今、あなたはとても不幸なはず! 全て幸運の女神の怒り! 恥を知れ! クソ女!!!」

 ライロットを追い出したのは、レイドルだ。
 ……ユレイナが絡んでいることなど、リンデスは知らないはず。
 それでも……。ユレイナの心を破壊するには、十分だった。

 自分のせいだ……。
 自分は、レイドルの本当の気持ちに気が付くことなく。ただ、己の権力のことばかりを考え、行動した。
 ヘイサルにも、ライロットにも、酷いことをした。
 ……長年連れ添った、シブリエにさえも。

「ごめんなさい……」
「ほほう……。謝ることができたのですねぇ。あなた」
「ごめんなさい! 許してください!」

 ユレイナにできることは、それだけだった。
 後悔と、絶望。
 まるで、目が覚めたかのように、これまでとは全く別の思考をするようになっていた。

「幸運の女神が来るまでは……。あなたを解放することはありません!」

 リンデスが、叫んだ……。その瞬間。

「リンデス様ぁ!!!! 女神が帰ってきましたぁ!!!!」

 ドアの向こうから、信者の声が聞こえた。
 
 リンデスは、バッグを床に置き……。何度も瞬きをする。

「めめめ、めが、女神様、が……?」
「ここにおります!」
「まままっ、待ちなさい! 髪が乱れ……」

 慌てて、髪を整えようとするリンデス。
 ……国王が死んだことで、女神様の怒りが鎮まった?
 
 だから、帰ってきたんだ!

 髪など整えている場合ではない!!!

 リンデスは、ドアに向かって走った。

「女神さっ――」

 ドアを開けたリンデスの胸を……。剣が貫いた。

「ぐっ……ぎっ……」

 事切れたリンデスから、剣を抜き、息を吐いたのは……。
 
 部隊長の、リオベルだった。
 
「……よくやってくれたな」
「くっ……」

 他の隊員によって拘束されている信者が、悔しそうに唇を噛んだ。

 リオベルは、王の間へと入っていく。
 
「……レイドル様」

 レイドルの死体が、目に入った。
 そして、その奥に……。放心状態のユレイナ。
 リオベルは、ユレイナを抱きしめた。

「……大丈夫かい?」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「……」

 リオベルのことは、目に入っていないだろう。
 ただ、ひたすらに、ユレイナは、謝罪を続けていた……。
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