婚約者の罠で親殺しにされてしまった悪役令嬢。国外追放は受け入れますが、あなたは殺します。

冬吹せいら

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殺すべき人間

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兵士の家を訪れると、すでに誰もいなかった。

「ミストレスちゃん……。みんな避難しちゃったのかなぁ」
「多分」

さっきの爆発のせいか、街から人がほとんど消えている。

拍子抜けしちゃうなぁ。どうしよう。

「エイル」
「なに?」
「抵抗力を持たない人間を殺すのは……。違うと思う」
「……え?」

ミストレスちゃんが、私の手を握ってくれた。

その温かさに、心が満たされるような感覚に陥る。これが、サキュバスの力かな……。

「だけど、私を酷い目に遭わせた兵士の、一番大事なものを壊すのって、当たり前じゃない?」
「……エイルは、壊れてる」
「らららぁ~。そうだよ。壊れてる」
「さっきは人を救ったのに、今度は人を殺そうとしてる」
「ミストレスちゃん。あの兵士の大事に思っていた家族だよ?」
「私は……」

とりあえず、家には行っておきたかった。それはミストレスちゃんも了承してくれた。


なんでもない家だ。普通の暮らし。テーブルの上には、まだ食べかけの料理が置いてある。よほど急いで……。

「……」

声が、聞こえる。

赤ん坊の声だ。

ミストレスちゃんが、ベッドの方向を指差した。

……なんてことだ。こんな小さな子を捨てて、母親は逃げ出したのか。

「……やっぱり、殺さないと」
「待って」
「どうして!?子供を捨てて逃げるなんて、母親失格でしょ!?」
「そうだと思う。でも、母が死んだらきっと、この子も死んでしまうから」
「……保護の契約?」

ミストレスちゃんが頷いた。

国によっては、産まれたばかりの子供を守るため、母親とその命を結びつけることがある。つまり、どちらかが死ねば……。もう片方も……。

「こんな赤ん坊、今日のうちには死ぬ。だから、殺さなくていい」
「それでは、絶望を与えられない。私が負わされたのと、おなっっうぉおええええ!!」

吐しゃ物が、赤ん坊にかかった。鳴き声が、より一層やかましくなる。

口元を拭いながら、私はミストレスちゃんと背丈を合わせ、目を合わせた。

「……この子の母は、自分が早いうちに死ぬことを定めた。それじゃだめなの。唐突に訪れる死が、本当の絶望を与えるのよ」

ミストレスちゃんは、首を横に振るだけだった。

「……あなたを連れてきたのは、間違いだったのかな」
「そうかも……ね」
「でも、今更離れられない。すっかり匂いに虜だもの」
「あっ……」

ミストレスちゃんのお腹に顔を埋めた。柔らかくて、すべすべした肌。人を惹きつける、淫魔の性質だ。

「……うぶびいいいあいお~」

お腹に顔を埋めながらだから、上手く歌えない。けど、頭の中を蝕もうとしてた、両親の死に顔は、徐々に消えて行った。

「私のパパが言ってた。人は、正しく殺しなさいって」
「正しく……?」
「エイルは、自分の国を亡ぼすことが、真の目的だったはず」
「……そうだね」

そうだ。

こんな国はどうでもいい。もう終わったようなものだし。

あの兵士のことだって、少しづつ頭の中から消え始めている。

「ありがとうミストレスちゃん。じゃあ……。そろそろ、私の国に行こうか」
「うん」
「あ~あ~あ~~……」

私を罠にハメた、エスメリアを殺す。

私を信じてくれなかった、民を殺す。

全部、全部……。

「……るるる」

待っててね。お父さん。お母さん。
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