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化け物令息

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「もう嫌だぁ!」
「痛っ……」

 アイナはとっくに限界を迎えていた。
 とうとうハメッドに対して、直接暴力を振るってしまったところである。

「……やってくれたね?」
「ち、違います……。これは……」
「言い訳は聞きたくないよ。こういう時はどうすればいいか、わかるよね?」

 アイナはすぐに土下座をした。
 ハメッドは笑いながら、アイナの頭を叩く。

「猫の話を……。聞かせてやろう」
「い、嫌ですっ……。もう許してください!」

 念仏のように同じ話を聞かされて、アイナは気が狂いそうになっていた。

「ごめんねアイナ。全部わかっていたんだ」
「え?」
「僕が同じ話をするのも、つまらないことを提案するのも……。頭がおかしくなったんじゃなくて、わざとなんだよ」

 アイナは目を見開いた。
 
「良い表情だね。驚いたかい?」
「ど、どうしてそんな……」
「面白いんだよ。お金目当てでやってきた女の子がおかしくなっていく様を見るのがね……」
「ひ、ひぃい……」
「あっはっは! しかし君はすごい! 僕に手を出すほどブちぎれたのは君が初めてだよ!」

 ハメッドは狂ったように笑い始めた。
 アイナの体が、恐怖で震える。

「だけど、一度公爵家令嬢になってしまった君は――。この地位を手放すことなんてできないだろう?」
「……」
「図星だね。あの優秀でつまらない伯爵令嬢と違って、君は顔と胸しか取り柄の無い女だ。公爵家に捨てられたとなれば――。二度と貴族を名乗ることなんてできないだろうね」
「嫌ぁ……!」
「そうそうその顔だよ! あぁ楽しいなぁ!」
「くそぉおおっ!」

 アイナは雄たけびを上げながら立ち合がり、再びハメッドの頬を引っ叩いた。

「良いわよ! 好きにしなさい! 勝手に婚約破棄すればいいじゃない!」
「あはは。君みたいな狂ったおもちゃ、手放すわけないだろう?」
「……出て行くわ!」
「ほほう。僕から逃げるつもりなんだ……」

 ハメッドが舌なめずりをした。

「面白い。やってみせてよ。公爵家の力を全て使って、君を追い詰めてやるからさぁ!」
「気持ち悪い……。あんたみたいな豚に、何ができるって言うのよ! 今に潰れるわこんな家!」

 もう一度、アイナがハメッドの頬を叩いた。

「……ふふっ。いいね。君はどうやらそれなりに人を叩くのが上手いらしい」
「うるさい!」

 次の一発は、ハメッドに止められてしまった。

「い、痛いっ……! 離して!」

 捕まえられた腕を、ギリギリと握り潰されそうになり、アイナは悲鳴を上げた。

 ようやく解放された腕には、べっとりとハメッドの手の跡が染みついている。

「最悪……!」
「さぁ。今日から楽しみだね……。お互いに本性をさらけ出したわけだ! 最高の日々にしようねぇ!」

 不気味すぎるハメッドの振る舞いに、アイナは慌てて屋敷を跳び出した。

 ――その日の午後、公爵家の爵位が没収されたそうだ。
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