いい日も悪い日も家族。

コハナ

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枕元に置いたスマートフォンが起床時間を告げる。時刻は朝の5時を示しているが、5月中旬だというのに朝方はまだ肌寒い。依茉を起こさないようにアラームを切ると薄暗い部屋の中、そっとベッドから出て部屋を出る。洗面所で顔を洗い簡単にスキンケアを済ませると朝ごはんの準備と夕飯の下ごしらえをする。それらを1時間程でを済ませると熱々の珈琲を淹れる。1口飲むと熱さと苦さで体が目覚めていく。隣の部屋に聞こえないようにテレビをつけ、今日の天気を確認する。キッチンで立ちながら珈琲を飲み干すと、依茉を起こしに寝室へ向かった。


「依茉、おはよう。」
「‥‥。」
「朝だよ。」
「う‥ん。」
「まだ眠いね。今起きたら抱っこでトイレに連れてってあげるよ。」
「‥ん。」


まだ寝足りないと言わんばかりに枕に顔を埋めて丸まっている依茉の背中をさすって起こす。なかなか起きようとしない依茉に抱っこの提案をすると、依茉はのそのそと起き上がり結依の腕の中に飛び込んだ。依茉の体を抱き締めると何時もより体が熱い気がする。依茉の顔を覗くと頬は赤く、涙目になっている。依茉を抱えてトイレに連れていき、トイレを済ませるとリビングで依茉の熱を計る。何時もは起きてくるなり自分の好きな番組を見始めるが、今日はリビングの床に寝転んだままぼうっといる。計り終えた体温計を見てみると38.5℃と表示されていた。


「依茉、どっか痛い?苦しいとこある?」
「ううん。」
「お熱でちゃったから、今日は保育園はお休みしないといけないね。」
「嫌!保育園行きたい!今日もウォータースライダーするって約束したもん!」
「お友達と約束してあるんだね。でも、お熱があって保育園に行ったらもっとお熱ひどくなって救急車になっちゃうかも知れないよ。」
「大丈夫だもん!」
「お友達にも依茉の風邪がうつって、お友達も保育園お休みになっちゃうかもしれないよ。そうしたら、一緒に遊べない日がいっぱいになっちゃう。」
「うぅ、ぐすん。」
「早く保育園行けるように今日は病院行ってお家でゆっくりしようね。」
「行きたいな、保育園。」
「病院行ったら、帰りに依茉の好きなアイス買おうか。」
「‥うん。」


依茉は半泣きで渋々と首を縦にふった。結依は保育園に欠席の連絡をして病院の予約をする。次は会社に連絡をしなければならない。子供の体調不良等で急な休みを考慮をしてくれる会社を探して勤め始めたが、やはり欠勤の連絡は気が重い。一度大きく深呼吸してから会社に電話を掛けた。


「もしもし、見崎ですが。朝から子供が熱を出してしまって。申し訳ないのですが、今日は欠勤させて頂きたいです。」
「分かりました。」
「すいません。」


会社に電話をすると、事務的な対応を取られてすぐに電話を切られた。昨日もミーティング中に抜けて帰ってきたし明日会社に復帰するとして、仕事を負担して貰うスタッフに謝らねばならない。そう想定するとやはり気が重くなる一方だがまずは依茉の体調を回復させなければ仕事は出来そうにない。今日は在宅で出来る仕事をやっておこうと結依は頭の中でスケジュールを立てた。


病院に受診してからスーパーで依茉が食べれそうな物を買い足す。調子が悪いせいか、抱っことせがみ愚図ってカートに乗ってくれない。おんぶならいいよと結依が提案すれば、不服なのか仏頂面で結依の背中にしがみついた。結依はおんぶした状態で必要最低限の買い物を済ませて家路へ急いだ。依茉は帰りの車内で眠ってしまったが、鼻がつまっているのかぐぅぐぅとイビキをかいている。家に着くと依茉を抱っこして部屋へ向かう。依茉を寝室に寝かせると、車に戻り荷物を取りに行く。再び部屋に戻り、荷物の整理をしてから昼食の準備に取りかかった。あらかた支度が終わると依茉が寝室から起きてきた。


相変わらず不機嫌で仏頂面のまま。結依の腰に抱きつくと離れない。結依が依茉を抱っこすると、昼食の下ごしらえを見せて「食べる?」と聞くと依茉は頷いた。


「玉子うどんを作るけど、玉子割ってくれる?」
「いいよ。」
「じゃあ、手を洗おうか。お母さんが椅子持ってくるから待ってて。」
「依茉が持ってくる。」
「お願いしまーす。」


手伝いをお願いすると機嫌が良くなり、ダイニングテーブルの椅子を依茉が取りに行き、引きずりながらキッチンまで運んできた。結依は冷蔵庫から玉子を1つ取り出すと、作業台へ置いた。依茉は早くお手伝いしたくて慌てて椅子に登り急いで手を洗うと、「ちょうだい!」と作業台に手を伸ばした。結依が玉子を手渡すと、玉子を作業台に打ち付けヒビが入ってからパカッと玉子を割った。割り開く時に力が強かったのか、ボールの中に落ちた玉子の黄身が潰れてしまっていた。上手く出来なかったのが悔しいのか、椅子の上で地団駄を踏んでいる。機嫌を損なう方が面倒だと思い、結依はもう1つ玉子を冷蔵庫から取り出して依茉に渡した。


「お母さんの分も割ってくれる?でも、玉子は2つしか食べれないからこれで終わりね。」
「分かった。」


結依から玉子を受け取ると、作業台で玉子を打ち付けてからボールに割りいれた。今度はまん丸の黄身がボールの中に落ちた。


「見て!お母さんより上手でしょ!」
「本当だ。依茉は玉子割り名人だね。」
「こんなの簡単だもん!」


すっかりご機嫌の依茉は、結依から泡立て器を受け取ると玉子をといて混ぜた。力加減が難しいのか、ボールから混ぜた玉子が飛び散り作業台に黄色いシミを何ヵ所も作った。しかしご機嫌でお手伝いする依茉の機嫌を損ねないよう結依は無言で見守る。混ぜ終えると「出来た!」と結依にボールを渡す。結依が「ありがとう」と受け取ると、小鍋に温めておいたうどんに回しいれた。依茉に箸を並べるようお願いすると2人分の箸をダイニングテーブルへ並べた。


「食べようか。依茉が作ってくれたから美味しそう。」
「お母さんもうどん作るの頑張ったね。」
「ありがとう。さあ食べよう。」


頂きますと2人で挨拶するとうどんをすする。依茉は「美味しいね」と熱いうどんをふぅふぅと冷ましながら食べていたが1/3食べたところで手を止めた。


「いらない。」
「もういいの?依茉が混ぜてくれた玉子もう少し食べたら?」
「もういらないの!」
「分かった。じゃあお薬飲んじゃおうか。」


買ってきたチョコアイスを2口分小皿にいれると、そこへ病院からもらってきた粉薬を入れて混ぜた。


「はい。」
「自分で食べる。」


薬を混ぜて柔らかくなったアイスを口に入れる。チョコアイスのお陰で薬の味がしないらしくペロリと食べた。「偉かったね。」と依茉の頭を撫でてアイスが入っていた皿を受け取ると、依茉はリビングで遊び始めた。結依は再びうどんを食べ始めると、依茉が側にやってきて「遊ぼう。」と誘ってきた。


「ご飯食べたら遊ぼう。」
「えー!早く!おままごとやろうよ。」
「じゃあ、お母さんがご飯食べちゃうまでスマホ見て待っててくれる?」
「いいよ。」


依茉は結依のカバンからスマホを取り出すとソファな寝転んで動画を見始めた。結依が食べ終わるとまだ依茉は動画を見ていた。集中している依茉をそのままにして片付けを始めた。すると急に結依の元まで来て「お父さんに電話したい」と言い出した。


「お父さんはまだ仕事してるから電話出ないかな。」
「えー!電話掛けて!」
「どうして電話したいの?」
「お話したいの!」
「夜掛けよう。夜電話するってメッセージいれておけば、お父さんが電話してくれるよ。」
「今するの!」
「いい加減にしてっ!」


あまりにしつこい依茉の態度に結依の我慢は限界に達して洗っていた食器を流しに叩きつけ怒鳴ってしまった。依茉は火が着いたように泣き出し、逃げるように寝室に籠ってしまった。結依が慌てて寝室に追いかけるが依茉がドア前に座り込んでいるのか開かない。


「依茉ごめんね。依茉の顔を見て謝らせてくれる?」
「いや、お母さん嫌い!」
「ごめんね。依茉の話ちゃんと聞くから。」
「いやー!」


依茉は一向にドアを開けようとしない。結依はソファに座って依茉が落ち着くのを待った。しばらくすると寝室は静かになり、結依はもう一度寝室のドアに手を掛けた。するとドアが開き中に入る。依茉はベッドにうつ伏せになり眠っていた。涙や鼻水でくちゃぐちゃの依茉の顔をティッシュで拭くと結依は起こさないようにそっと部屋を出た。自分に余裕がなくなり爆発してしまった事に自己嫌悪陥りソファに座り頭を抱える。足元に異物感を感じて目を向けるとソファの下に先ほどまで依茉が見ていたスマホが落ちている。拾い上げ画面を開くと大和と依茉が波打ち際で遊んでいる動画が一時停止されていた。動画を見て父親に会いたくなったんだろうか。ずっと寂しい思いに蓋をしていたのだろうか。調子を崩したのがキッカケに蓋していた気持ちが溢れてしまったのだろうかと依茉の気持ちを想像すると胸が締め付けられた。結依自身も日々の疲れやプレッシャーが募りに募って疲れていた。しかし口にしてしまったら、大和が帰ってくるまで依茉と1人で育てていかないといけない不安でメンタルがぐらつきそうで怖い。そのままソファに寝転ぶと情けなさと不安で涙が出た。起き上がる気力も湧かずそのままソファに横たわっていると眠ってしまった。
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