FORTH

Azuki

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7話 守るべきモノ

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渋谷区 住宅街 蓮の家

作ったご飯を机に並べながら、愛は唖然とした顔でテレビのニュースを見ていた。

「なに…これ。」

テレビに映し出されていたその光景は、まるでアトラクション映画の無茶苦茶なワンシーンの一部じゃないのかと疑うような光景だった。

たくさんのビルが炎に包まれ、車はありえない散り方をして、人々は逃げ惑っている。

「中央区…。え、これやばいよね。」

夏の少しムシムシとした夜。少し窓を開けているため涼しい風が入ってきて、カーテンが靡く。

ふと、愛は外が気になり、靡くカーテンの方を見る。そして、皿を机に置き、ゆっくり立ち上がると、恐る恐るカーテンを捲り、ベランダに出る。

「え…」

そこには走る女性の姿があり、少し遠くであまり見えないが叫んでいる。その後ろには、着ぐるみを着ているのかと疑うぐらい大きな体をした生物が追いかけている。

まだ状況を理解できていない愛はその光景が一体何なのかわからなかった。

その瞬間、女性は手を掴まれる。必死にもがき、反対の手で掴んだ大きな生物の手を殴るがびくともしていない。

「逃げて…」

愛はとっさにその言葉を呟いたが、もう遅かった。

大きな生物は、住宅街が立ち並ぶ暗い夜道を照らす街灯のすぐそばで女性の頭を掴むと、グジャッと握りつぶした。

あっけなかった。
一瞬で静まり返った。

愛はその光景を目の当たりにすると、手も目もぐらぐらと震え、息が少し荒くなっている。そして、そのままゆっくりと後ずさると、腰を抜かして部屋の中に腰を落とす。

「なに…なんなの…あれ…」

カーテンは静かに靡いている。

すると愛はハッと思い出したかのように携帯を震える手に取ると、その震える手で蓮に連絡をする。

何コールもするが一向につながらない。

(おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか…)

静かな部屋に流れるテレビの音と電話がつながらないアナウンスが流れる。

愛は力が抜けたように携帯を持った手を下ろすと、少しぼーっとしている。

(ブッブッブ、ブッブッブ)

突然テレビから少し不気味なメロディが流れる。緊急速報と書かれて文字がテレビの上に表示される。

(東京都渋谷区 謎の生物が数百体以上襲撃
大規模なテロか)

「渋谷…」

すると、今度は玄関の外から生々しい悲鳴が聞こえる。

「え…」

愛は恐る恐る立ち上がると、壁に手をつたいながらゆっくりと玄関の方へと歩いていく。

そしてゆっくりとドアの鍵を開け、ドアを開ける。息は少し荒く、震えている。

ギーーーー

愛はドアから顔を覗かした。

それは想像を絶する光景だった。

大量の血。倒れている隣人の女性。
そしてそのそばには、赤いゴツゴツした背中。爪は黒く長く。目は真っ黒。巨大なその生物は突然ゆっくりと開いたドアから覗く愛の顔を見つめる。

一瞬、時が止まったかのように愛はその光景を目の当たりにして、体を動かすことができなかった。

そして唖然とした顔でその生物を見ると、息を呑み込む。

「ゔーーーー」

突然うめき声を発したその生物から逃げるように愛はすぐにドアをしめ、鍵をかけた。そしてそのまま後ろに後退り、玄関の段差に腰を落とした。

その時だった。

バーン

ドアがへこみ、拳の跡がくっきりと見える。
そしてもう一度…

バーーン

愛はその音にビクッとなると、そのドアを見つめる。体が動かないのだ。

バーーン

「きゃっ」

愛は震える足と手を抑え、恐る恐る立ち上がり、壁に手をつたいながら少し早足で廊下を進む。

そして部屋に戻ると、左の和室の部屋にある押し入れに目をやる。

今自分がどのような状況なのか。一体あの生物はなんなのか。愛にはそれがわからず頭は真っ白だった。ただ、体全体に心臓の鼓動が強く響いているのは分かった。

そして愛は押し入れのドアを開け、上によじ登る。その瞬間だった…

ドバーーン

確実にドアが吹っ飛んだ音が聞こえた。

ドンドンドン

足音が聞こえる。愛は急いで登るとすぐにサーッとドアを閉めた。
暗闇の中、心臓の音はさらに早く、強く響いている。

死ぬかもしれない。怖い。死にたくない。

愛はその恐ろしい生物、さっきドアで見た恐ろしい光景が、何度も頭に思い浮かんでしまう。

ドンドンドンドン
パリーン
ガシャーン

部屋が荒らされているのがわかる。
私を探しているのだろう。

(蓮…蓮…助けて。)

胸の中でただそう叫ぶことしかできない。
少し足音が近くなってきているのがわかる。

ドンドン

「ゔぅーーー」

うめき声が聞こえる。

鳥肌がすごく立っているのがわかる。息はしにくく、心臓は強く鳴り響き、体は震えている。

その時だった。

バコン

謎の生物の手が隣の押し入れのドアを突き破った。

「はっ」

思わずはっと声を出してしまい、すっと手で口を抑える。手が震え、目からは涙が溢れてくる。

「蓮…!蓮…!助けて…お願い…」

サーーーッ

目の前の押し入れのドアが開いた。

「え…」

腕を掴まれると、愛は外に引っ張り出された。

「いやっ!」

腰は抜け、立ち上がれない愛は、後ろに後ずさる。

だんだんと近づいてくるその生物。

「やだ…来ないで…」

(蓮…ごめんね。)

(私は…)

(ここで死んじゃうのかもしれない)

後退りながら、ご飯は散らばり、物が壊れ、荒らされたリビングの部屋まで来ると、
その生物は手を上に振りかざし、愛を殴るように構える。

(蓮……)

——————————————

(ハァ…ハァ…ハァ…ハァ)

住宅街が立ち並ぶところまできた蓮は自分のマンションまで突っ走る。

(たのむ…愛…無事であってくれ…)

角を曲がると見える自分が住んでいるマンションの光景を目の当たりにし、蓮は血の気が引いた。

一部は火事で燃え、数体のオーガの姿が見える。周りからはたくさんの悲鳴が聞こえてくる。

「愛!!!!!」

蓮は全力で走り、マンションの入り口まで来ると、階段を一気に駆け上がる。自分の部屋は8階。一生懸命かけ上がる。
手すりの端を遠心力でぐるっと回ると、五段飛ばしでかけ上がる。

五階…

六階…

七階…
八階に登ろうとしたその時だった。階段の目の前に突如として現れたオーガと鉢合わせてしまった。

「くっ!」

蓮は捕まれそうになったが、脇あたりに入り込みスッとかわす。

そして手すりの端を遠心力でぐるっと回ると、一気にかけ上がる。

ハァハァハァ

すでに息は上がっている。八階まで来ると、自分の部屋めがけて一生懸命走る。

「あれは…」

一人人が倒れているのがわかった。

(クソ…愛…!)

倒れている人を飛び越えると、すぐにドアが吹き飛んだ自分の部屋をみる。

「愛!!!」

玄関は荒らされ、物が散らかっていた。

「お、おい。嘘だろ」

玄関には血がぽたぽたと落ちている。

少し泣きそうになりながら、蓮は靴のまま廊下を走る。そして、勢いよくドアを開ける。

「愛!!!」

風が部屋に入ってきて、カーテンがフワーっと靡いている。

部屋は想像を絶するほど荒れており、ひっくり返った机のそばには、愛が作ってあったであろうご飯がぐちゃぐちゃになっていた。

そしてその目の前には、愛が倒れていた。

「愛…愛!!!」

すぐに近寄り抱え込むと、愛は気を失っていた。しかし息はスーッとしていた。

「おい…愛…愛…大丈夫か、おい」

そう言うと蓮は、ガッと愛を抱きしめる。

(あぁ、よかった。生きてる。愛…。)

すると突然、窓の方から何かを感じた。
外から聞こえてくるサイレンの音。
悲鳴の声。風の音。靡くカーテン。
そのカーテンの隙間から見える影。
おそらくベランダの手すりに乗って、しゃがんでいる人影が見える。

「な、なんだ、だれだ」

フードをかぶっていてよくわからないが、確かに誰かがいるのが分かる。
そして手すりを掴む右手から、ビリビリと何かが光っているのがわかる。

「え…」

時間が止まったように感じた。フードの下の顔は全く見えないが、確かにこっちを見ているように見える。

そのフードをかぶった者は蓮を見つめると、スッとベランダから飛び降りる。

「え、おい!」

ピッピッピッ

耳のイヤホンが鳴る。

「蓮…!大丈夫!?」

本部から真由が連絡してきたのだ。

「あぁ、なんとか。よくわかんないけど」

「なら良かった。いま渋谷区はとんでもないことになってる。今すぐ剛斗と合流をして。」

「いや、無理だ。今目の前に怪我人がいるんだ。」

「怪我人?あなた今渋谷区のどこにいるの。」

「俺の家だ」

「え、なんでよ」

「愛が俺の家にいたんだ。今は気を失っているが、すぐに保護してほしんだ。」

「わ、分かったわ。なら一旦そこに待機して。」

その時だった。

ガシャンッ

突然玄関の方から音が聞こえる。

さっと後ろを振り向き、蓮は愛を抱えると、和室の方へと行く。そして気を失った愛を寝かせると、真由に連絡する。

「まだこっちにいる!変な生物が!」

「え、う、うそ。」

「大丈夫だ。いや。大丈夫…なんだろ?」

蓮は静かに問う。

「俺は…戦えるんだろ?」

ドンドンドン

足音が聞こえてくる。

少し黙ると、真由は覚悟を決めたように前を向き話す。

「蓮。あなたなら。大丈夫。守るべき人をあなたの力で守って」

蓮は真由の言葉を聞くと、愛の顔を見た後、顔をあげ、覚悟を決めたように頷くと、愛を背中にリビングに歩いていく。

玄関から歩いてきたのは、やはりさっきのオーガだった。

「戦い方なんてわからない。得意な剣もない。でも…。」

深呼吸をすると、拳を強く握り構える。

「守るべきモノがあるのなら、俺に本当に力があるのなら、"今"を信じる」

オーガはうめき声を出すと、蓮めがけて飛んでくる。

蓮は歯を食いしばり叫ぶ。

「おらぁー!!」

————————————

東京都中央区 大通り

2、3メートルはある巨大な獣から人々は逃げていた。

「逃げろーー!」
「きゃーーー!」

その獣は逃げる人々を楽しそうにゆっくりと追いかける。

「おいおい、待てよ雑魚ども」

5本のギラギラと光る爪。モサモサとした体毛。目は赤く光り、体は茶色と黒色。その恐ろしい姿は人々をさらに恐怖に陥れる。


「さぁ逃げろ逃げろぉ、俺がこいつを今からぶっ飛ばしてやるからよぉ」

そこに突如現れた上裸の男。人々が逃げ惑う方向とは逆に歩いてくる。

体格は2メートルほどあり、上半身裸。筋肉はムキムキな強面である。

反対方向から歩いてくるその男に気づいた獣の男は問いかける。

「あぁーん?んだてめぇは」

少しニヤリと笑いながら自信満々に歩いていく上裸の男は答える。

「俺は"自由者"だよ。"囚われることを好まんな"」

「あぁ?」

上裸の男は止まると、手を広げ話す。

「あぁ、ごめんな。俺は"覇國士堂"だ。"死ぬ前に"それだけ教えといてやるよ」

獣の男は士堂のその言葉を聞き、ギラっと睨みつけると問う。

「"死ぬ"って"誰"のことだ」

士堂はすこし見下すような顔で話す。

「"お前以外に誰がいるんだ"」

士堂は手をグッと握ると、上に飛ぶ。
そして獣の男にめがけて上から殴る。

パシッ

時が一瞬止まる。

士堂の拳を軽々しく獣の男は掴んだのだ。

「はぁ?んだこのパンチは」

しかし、士堂はニヤリと笑う。

その時だった。

ズドーーーン

突如上から衝撃波のごとく大きなパワーが獣の男の手を中心に降りかかる。そのパワーは地面も丸く削るほど大きな衝撃。
獣の男は「なにっ!?」と驚くとそのまま地面に叩き潰される。

地面に着地した士堂は余裕そうにニヤリと笑うと、獣の男を見下し話す。

「まだくたばんじゃねーぞ。おい。じっくりいじめてじっくり殺ってやるからよぉ」

———7話 完——




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