立ちはだかるは魔獣の王から毒親まで⁉︎ 少年剣士と翼の少女と仲間たちの、絆と成長の物語 ー鋼魂戦記(こうごんせんき)ー

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キサラギの里編

第62章 キサラギの里の攻防6 覚醒

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キサラギ本家の研究室。
父バンは、『黒き十字架』のレプリカに自らの魂気を送りながら、同時に、機器の操作と出力調整をこなしていた。

元々武闘派ではないバンにとって、魂気を消耗しながらの精密作業は想像以上に神経のすり減るマルチタスクだった。
目の奥に鈍い重みを感じ、額には汗の粒が浮き立つ。

気を抜けば手元が狂いそうになる。気力で己を奮い立たせつつ、眠り続けるティルの顔に目を遣る。
痩せ細り、弱った姿にまた胸が締め付けられるが、同時に、小さい頃の娘の寝顔を見守っていた日々が甦る。
ジルは、ティルが幼少の頃も当主としての責務から完全に離れることは出来ず、バンも育児に追われる日々を送っていたが、寝かしつけは専らバンの割り当てだった。
寝かしつけはそれなりに上手くやれたが、寝起きがよろしくなかったのを不意に思い出す。

「(こんな時に何を思い出しているんだかな。もう時間だぞ、起きろ。)」

自らの稼働限界が近づく焦りを、思い出で無理矢理、塗り込める。

キサラギ一族の1人娘。
ジルの見立てでは、戦闘センスは悪くない。
幼い本人が知る由もなく、周囲からも注がれ期待。
訓練が辛くなり過ぎないよう、折を見て差し入れを持って行くと、ほろりと顔を綻ばせた。

『あなたは甘い。厳しい所は私に任せきりの、癖に』

というジルの視線を時折感じる時があるのは分かっていた。ジルとは違う形でティルの背中を押したかったのか、単なる溺愛だったのかは、今となっては自分でもよく分からない。

『辛くなったらいつでも帰ってくるんだよー。』

『今は、訓練の日々が辛いです!じゃあね!』

ティルが文字通り飛び出して行った日の会話が浮かぶ。
まさか、こんな形で帰って来るとは。

「(忍としての技術は母さんに任せきりだったけれども、こんな時だけでも力になってやりたい。帰って来るんだ、ティル。)」

目が眩むのは気のせいだと、自分に言い聞かせたその時、研究室の扉が荒々しく開け放たれた。

「オーバーテクノロジーが保管されているのは、ここだな?独特の気配で分かるぞ。」

闇よりも深い黒衣から覗く冷血な眼、ゲンジの姿がそこにあった。

「(あと、あと一息のハズなのに。ジルさんがしくじったとは思えないけど、どうする⁉︎)」

「ん⁉︎」

寝台の上で横たわるティルの姿を、ゲンジの視線がとらえる。同時に、彼女の治療に使われている、『黒き十字架』のレプリカを。

「(だいぶ弱っている様子だが、覚えがある風貌だ。ネオグライダーの戦闘記録に映っていた小娘だな。なるほど、軍属の戦士の蘇生を行っている最中か。好都合だ、トドメを刺してくれる。)」

ゲンジがティルに向けて手をかざし、赤黒い次元の断裂を放つ。

「(ティル・・・死なせない!)」

咄嗟に間に入り、身代わりとなったバンの脳裏に、産まれてから過ごして来たティルとの時間が駆け巡る。
産声、あどけない笑顔、成長を見せつける得意顔・・・。
それを上書きするかのように突きつけられる、か弱い寝顔。

バンは肩口を大きく斬り裂かれ、出血もおびただしいが、それでもまだ息はある。レプリカに魂気を送るための装置を執念で手放さず、力を振り絞る。

「魂気も微弱。明らかに非戦闘員のハズだが・・・斬り殺し切れない。くそ!」

ゲンジが苛立ちを露わにする。

魔獣形態になったにも関わらず、攻撃の出力が思うように上がらない。
ジルの的確な攻撃、バンの執念による粘りだけでは説明がつかない。

「(エクトプラズムから与えられたオレのこの力は、燃費が悪すぎる。)」

『ディメンションクラック』は、防御を無視し、格上にも通用するが、万能ではない。
破格の性能に見合うだけの、大量の魔力を消耗する。
さらに、ゲンジは『ディメンションクラック』以外の特殊攻撃を持ち合わせていなかった。
ジルとの戦闘では、空間転移で撹乱し、可能な限り空間の断裂を無駄撃ちしないようにしていたが、苦し紛れに斬撃の嵐を放ったことが仇となり、攻撃の出力がいよいよ落ち始めていた。

「(我ながら扱い辛い能力だ。豆腐を切るのにも、金剛石をも断つ魔剣をいちいち振るわなければいけないようなものだからな。)」

ゲンジは寝台に横たわるティルに近づき、そのか細い首に両手をかけ、締め上げる。奇妙に長い指先の鋭い爪が食い込み、弱々しかった呼吸音が、途切れる。

「直接この手で始末する。その後オーバーテクノロジーを回収したら、空間転移で撤収だ。」

「や・・・めろ!」

バンが声を振り絞るが、体に力が入らない。
傷口が焼けるように疼く。視界が霞み、呼吸が乱れる。

その時、天を引っ掻くような甲高い亀裂音と共に、研究室の天井が丸ごと切り取られ、視界に夜空が広がる。煌めく星々と共に飛び込んで来たのは、肉食獣と見紛うほどに眼に闘士の光を宿した、ジル・キサラギだった。

「どうせここを目指しているだろうからね。近道させてもらったよ。」

『エナジーファイバー』で、屋敷の屋根ごと研究室の天井を切り飛ばし、馳せ参じたのだった。

「く!渾身の攻撃を浴びせたのに、しつこいヤツめ。こいつがどうなってもいいのか!」

ゲンジはティルを盾に取り、ナイフを首に突き付けた。
ジルの動きが止まる。闘志がわずかに揺れる気配を、敏感に掬い取る。

「(しめた、こいつにとって、犠牲にし難い関係のようだ。『プランB』も仕込んだことだ。人質にとって、ここは一旦退却だ。)」

「!逃がさないよ。」

「動くな!」

異変を感じ取ったジルが前に出ようとするのを、ティルの首にナイフを押し込んで牽制し、そのまま空間転移の体勢に入る。しかし、自分の体の輪郭が、空間に溶け込む感覚を覚え始めた時、異変に気づく。

いつの間にか首筋に纏わりつく、魂気の帯。ジルの繊維とはまた異なる。
光の帯は、意識がないはずのティルの指先から伸びていた。

「これは⁉︎」

次の瞬間、帯を伝って撃ち込まれた魂気が顔面で炸裂し、火花を散らした。

「ぐああっ!こいつ、意識が戻ったというのか⁉︎」

ゲンジは思わずティルを放り出して、よろめいた。完全に予想外の攻撃に怯み、空間転移が中断される。

『黒き十字架』のレプリカによる治療は、ティルの魂に届いていた。

微かに意識が戻ると同時に、防衛本能でゲンジに一撃を見舞ったものの、頭はまだ霞みがかっており、力無く背中から倒れると、虚な瞳で天を仰ぐ。

「(触られるの嫌だったから、無意識に攻撃しちゃったけど、あいつ何だったんだろ・・・?私、今までどうなって・・・?)」

空いた天井から入り込み、頬を撫でる冷たい夜風。それに乗って、鼻腔に滑り込む、古い建物と森の匂い。

「(ああー、ここ、実家だわ・・・)」

意識を失う前の、曖昧になっている記憶を辿り切れずにいたが、何か大きなしくじりをして、運び込まれたんだろうということは、想像がついた。
こんな形で帰って来ることになるなんて。
心の中で、深いため息を吐く。

「あがくな!小娘が!」

ゲンジは体勢を立て直し、爪先に残り少ない魔力を纏わせ、空間の断裂を放つ構えをとる。

しかし、それよりも速くジルは魂気の繊維を目にも止まらぬ速度で振るい、ゲンジの右手を切り飛ばした。

「がああぁぁーー!」

絶叫と共に青黒い体液が吹き上がる。
それでも、残った左手をジルに向け、反撃を試みた。

「遅い!」

しかし、ジルは間髪入れずに今度は左手も切り飛ばす。
苦痛に耐えかね、ゲンジはその場にうずくまるが、最後の力を振り絞り、全身に魔力をみなぎらせる。

「おのれ・・・。こうなれば、全ての力を、オレの命をも捧げてお前らを斬り刻んでやる。1人では死なんぞ。」

その目には、『決死の覚悟』が宿る。
ティルが死を覚悟して『雀蜂の一刺し(ホーネットスパーク)』の威力を底上げしたのと同様、ゲンジもまた、最期の力を振り絞って、致死の刃を撒き散らした。

「・・・!やってくれたね!」

ジルは全ての神経を注ぎ、『ディメンションクラック』の軌道を注視する。

「(自分自身はどうにかかわし切れる。バンは、幸い狙われていない。もう動けないと判断したか。だが・・・!)」

一際大きな断裂が、赤く尾を引き揺らめきながら、ティルへと迫っていた。意識が混濁し、体も弱り切った今の状態では、避けようにも避けられない。

「(ダメだ・・・。体に全然、力が入らない。)」

ティルは身動きの取れないまま、迫る凶刃を虚な眼で捉えていたが、この後自分の身に起こる惨状が頭を過り、固く目を閉じる。

次の瞬間、覆い被さるように自身と刃の間に割り込む影を、気配で感じる。
肉の裂ける嫌な音。生々しい血の匂いと、微かなうめき声。
一体何が。

「ああ、ジルさん!」

「え?」

恐る恐る瞼を開けたティルの目に映ったのは、
夥しいまでの血を背中から噴き上げ、焦点の合わない瞳で自分の体を庇うように抱きしめる、ジルの姿だった。














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