立ちはだかるは魔獣の王から毒親まで⁉︎ 少年剣士と翼の少女と仲間たちの、絆と成長の物語 ー鋼魂戦記(こうごんせんき)ー

eggman

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キサラギの里編

第64章 行って来ます

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「(やだ!やだ!死なないで、母さん!)」

ティルの喉が小さく震え、声にならない悲痛な声が漏れ出した。
本当は大きな声を上げずにはいられないのだが、弱り切った体にはその力も残されていない。

深く切り裂かれたジルの背中から、命そのものが流れ出すかのように、血が次々と溢れ出し、みるみる床が赤く染まっていく。

視界が白く染まり、今までに味わったことのない寒気で体を震わせる。呼吸は浅く短い。肌は青白く、唇は、彼女が纏う忍装束のように、紫色に冷えている。
それでも、ジルは力を振り絞り、声を出した。

「あ・・・んた。あれを・・・持って来て、おくれ・・・。」

それは、バンに向けられた言葉だった。

「!分かった・・・!」

自身もまた、ゲンジの攻撃を受けて傷を負っていたバンが、必死の形相で身を引きずり起こし、よろめきながらも研究室の一角にある保管庫へと、向かう。
中から取り出したのは、独特の意匠を施された小瓶。眼球のような模様を中心に、交差する4本の時計の針が伸びており、瓶の中には毒々しい紫色の液体が収められている。

「(まだ完成していないし、どんな副作用が起きるか分からないけれど、今はこれに、賭けるしかない。)」

バンが手にしているのは、古文書を頼りに研究と試作を重ねて来た、キサラギの『秘薬』だった。

再生能力の高い魔獣の細胞から抽出した数々の成分に、時間に干渉する力を持つとされるオーバーテクノロジー『銀の歯車』の断片を粉末にして混ぜ、魂気を注いで反応させることで調合する。

理論上は、全身の細胞を急激に活性化させて傷を即座に修復し、同時に強力な向精神作用で魂気の出力をも底上げ出来る。

ただし、後に反動で大きく体を蝕まれることになるのが問題で、現れる症状の個人差も大きい。要は、生命力を前借りする薬だった。

バンは、ジルの体を仰向けに起こし、口元に小瓶を運ぶ。彼女の意思を確かめるように、一度だけ頷くと、液体を口に流し込んだ。

その成り行きを、ティルは祈るような目つきで、見守っていた。

ジルの喉が小さく揺れ、液体を飲み下すと、程なくして、彼女の体が銀色の輝きに包まれる。
メキメキと軋むような音が体の奥から響き、引き裂かれた筋肉や血管、神経が繋がれ、新たな血液が生み出される。
人の限界を超えた、急激な肉体の再構築。軋むような痛みに、かすかなうめき声が漏れる。

やがて、ジルの背中の流血は止み、顔色は元の赤みを取り戻す。
ゆっくりと立ち上がると、肩周りの筋肉や五指を、確かめるように動かす。

「これだけ動けるようになるなら、上出来だよ。後でツケは払うさ。」

血の気と共に、ジルの瞳にはすでに野生味に満ちた光が戻っていた。
纏う空気には、普段通りの当主の風格が立ち香る。

そんなジルの姿を見て、ティルは深く一息吐く。
呼吸をするのも忘れかけていたが、力の入らない体の眉を精一杯くしゃくしゃにして、安堵を噛み締める。
幾年ぶりかに見せた慈愛の笑みは、束の間の幻だったのかもしれない。ボタンの掛け違いの答え合わせは、始まったばかり。
それでも、時空を超えて小さな一歩を、互いに踏み出せたような気がしていた。

同時に、逞しい姿を取り戻した当主に、視線を投げかける。

「(・・・私も立ち上がらなきゃ。戦える体が、力が、欲しい!)」

まだ全ての事態は飲み込めないながらも、キサラギの里が、ただごとではない状況にあるのは、肌で感じていた。

秘薬のことは、それとなくバンから話を聞いたことがあった。生命力を前借りする、ハイリスクハイリターンの回復薬。

「(こんな所で寝ている場合じゃない。私も、戦わなきゃ。!)」

リスクは承知。

目で訴えるティルの言葉を汲み取ったかのように、彼女の上体を抱き起こすと、ジルは別の1本の小瓶の蓋を開け、差し出した。

「行けるかい?ティル。」

「ジルさん、ティルにはまだ早・・・」

バンが制止しかけたが、ティルはまっすぐジルに視線を向けながら、悪戯っぽい笑みを口元に浮かべ、一息に小瓶の中身を飲み下した。

「(うぇっ!何なの、この味⁉︎⁉︎)」

苦味と酸味、それによく分からない不快感がごちゃ混ぜになって口内と鼻腔に染み渡る。
毒々しい見た目そのままの、形容し難いほどの不味さの液体を、必死の形相で胃に流し込む。

「(薬の味で、死ぬかと思った。母さん、よく顔色変えずに飲めたなぁ。)」

それでも、寝たきり生活で失われていた筋肉に、力が入るようになったのが分かる。こわばっていた関節がしなやかさを、乾いていた肌は色艶を取り戻していく。
ただ、体のそこかしこがやたらと痛い。
何と言うか、スカーフェイスの『リペアボディ』と比べて、無理やり体を叩き起こしているような感じだ。

それでも、今は構わない。

互いの無事と覚悟を確かめ合うように、ティルとジルは視線を交わした。

「ティル、お前は鋼魂精鋭隊の仲間たちの所に行きなさい。お前と同い年くらいの連中だ。森の北の方だ、場所は戦闘の気配で分かるだろう。」

「!メタルたちも、ここに来てるのね?母さんは?」

「私は、里で暴れてる魔獣どもを殲滅したら、墓を荒らした不届きものに仕置きをしに行くさ。」

『決死の覚悟』で、強力な空間の断裂を乱発した
ゲンジは、力を使い果たし沈黙していた。

残る大きな戦闘の気配は、メタルたちがジグロと交戦する森の一角と、スカーフェイスがエプシロンと対峙する墓地の2箇所だった。

「分かった。」

短く確かめ合う。
互いに、それで十分だと言う感覚があった。

バンもまた、ほんの少しの寂しさを奥に隠し、
目を細めて見守る。

「あとは、そんな格好じゃ、様にならないだろう。せめて、これにしな。」

ジルは、ティルの身なりを指差した。
確かに、柔らかい検査着姿のままでは、心許ない。防御力は皆無だし、思い切り空を飛ぶことにも集中出来なさそうだ。

研究室の収納からジルが引っ張り出したのは、
ティルが好きなライトブルーの生地で織られた、ちょっぴり現代的な意匠をこらした、忍装束とプロテクター。

かつて、普通の忍装束を着るのは、どうしても嫌だと自己主張したティルが、街の古着屋で見つけて来た、自分らしさを忍ばせた一着だった。

「ありがとう。」

物陰で手早く袖を通す。

生地の冷たさが心地よい。

深く息を吸う。

背中が熱くなる。

翼を広げる。

体の周りで風が渦巻き、耳を揺らす。

家を飛び出したあの日、置いて行った台詞を思い返す。

『こんな家、もう出て行ってやる!』

『悪いけど、探さないでね!』

あの日と同じく、胸の高鳴りを感じながら、飛翔に備える彼女の口から飛び出した出立を告げる言葉は、力強さはそのままに、色味を変えていた。

「それじゃあ、行って来ます!」

天井はジルの手によって切り飛ばされ、空は開けている。

ティルは、迷いなく翼を羽ばたかせると、満天の星空へ吸い込まれるように、光の尾を引いて流星のごとく飛び立って行った。











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