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第9話:硝子の食卓 ―濡れた背徳と微笑の罠―
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第9話:硝子の食卓 ―濡れた背徳と微笑の罠―
雨に打たれ、中途半端な昂りを抱えたまま、僕は重い足取りでリビングへと戻った。
サッシを開けた瞬間、室内の暖気が僕を包む。だが、その温かさが逆に、僕が犯している罪の冷たさを際立たせた。
「……あら、パパ。ずいぶん濡れちゃって、どうしたの?」
妻が驚いた顔で駆け寄ってくる。その手に握られた清潔なタオルが、泥沼に浸かった僕には眩しすぎて直視できない。
「……ああ。急に降ってきたから。タバコを吸い終える前に、逃げ遅れたんだ」
僕は震える手でタオルを受け取り、顔を拭った。タオルの隙間から、ダイニングテーブルに座る二人の女の姿が見えた。
「この家の彼女」は、旦那に新しい酒を注ぎながら、僕を見て柔らかく微笑んでいる。
そして「眼鏡の彼女」は、ワイングラスの縁を指先でなぞりながら、値踏みするような冷徹な視線を僕の股間へと落としていた。
「風邪をひいちゃうわよ。……ねえ、着替えを貸してあげましょうか?」
「この家の彼女」が、事もなげに提案する。
「いや、悪いよ。すぐ近くだし、もう帰るから……」
「いいじゃない、遠慮しなくて。主人の部屋着でよければ、ちょうど洗いたてのがあるわ」
旦那が快活に笑い、僕の肩を叩く。
「そうですよ! 遠慮しないで。家内、掃除だけじゃなくて洗濯も得意ですから」
その言葉の端々に含まれる「掃除」という響きに、僕は内臓を抉られるような感覚を覚えた。
僕は促されるまま、脱衣所で服を着替えた。
貸し出されたのは、彼女の旦那がいつも着ているというスウェットだった。
鏡に映る自分を見る。
「この家の男」の服を着て、その「男の妻」と通じ、さらに「別の女」にまで弄ばれている男。
鏡の中の自分は、もはや見知らぬ化け物のように見えた。
リビングに戻ると、さらに残酷な時間が待っていた。
「お礼に」と、彼女たちが用意した食後のコーヒーを囲む時間だ。
僕は旦那の服を着て、妻の隣に座る。
「……お掃除、大変だったんですって?」
「眼鏡の彼女」が、不意に妻に向かって微笑みかけた。
「ええ。この前、主人がお邪魔したときに……」
「さっきも、お庭の物置のところで『汚れ』をチェックしてたみたいよ。ねえ?」
彼女たちの視線が、僕の体の上で交差する。
妻は「まあ、パパったら本当に凝り性ね」と苦笑しているが、僕の耳には彼女たちの声が別の意味にしか聞こえない。
(庭で何をしたか、全部知っている。全部共有している)
二人の女が、目配せひとつで僕を公開処刑しているのだ。
「……本当に、隅々まで綺麗にしてくださって。……今度は、私の家のお掃除もお願いしようかしら」
「眼鏡の彼女」が、テーブルの下で僕の足元に自分の足を伸ばしてきた。
今度はヒールではない。彼女のストッキング越しのアキレス腱が、僕の足首に絡みつき、そのままゆっくりとふくらはぎを這い上がってくる。
リビングの中央では、子供たちがアニメのキャラクターについて無邪気に語り合っている。
旦那は僕にゴルフの話を振っている。
妻は彼女たちから料理のレシピを教わっている。
そのすべてが、硝子細工のように脆い平穏の上に成り立っている。
「……っ」
僕はコーヒーカップを握りしめ、溢れ出しそうな喘ぎを喉の奥に押し込んだ。
「……あら、手が震えてるわよ? まだ寒いの?」
「この家の彼女」が、僕の正面から覗き込む。彼女の瞳には、慈しみなど欠片もなかった。そこにあるのは、獲物が罠にかかり、もがく様を愛でる残酷な好奇心だけだ。
僕は逃げられない。
この家を、この地域を、このコミュニティを抜け出さない限り。
いや、たとえ逃げ出したとしても、二人の女が共有した僕の「汚れた記憶」は、一生僕を追いかけてくるだろう。
(第10話へ続く)
雨に打たれ、中途半端な昂りを抱えたまま、僕は重い足取りでリビングへと戻った。
サッシを開けた瞬間、室内の暖気が僕を包む。だが、その温かさが逆に、僕が犯している罪の冷たさを際立たせた。
「……あら、パパ。ずいぶん濡れちゃって、どうしたの?」
妻が驚いた顔で駆け寄ってくる。その手に握られた清潔なタオルが、泥沼に浸かった僕には眩しすぎて直視できない。
「……ああ。急に降ってきたから。タバコを吸い終える前に、逃げ遅れたんだ」
僕は震える手でタオルを受け取り、顔を拭った。タオルの隙間から、ダイニングテーブルに座る二人の女の姿が見えた。
「この家の彼女」は、旦那に新しい酒を注ぎながら、僕を見て柔らかく微笑んでいる。
そして「眼鏡の彼女」は、ワイングラスの縁を指先でなぞりながら、値踏みするような冷徹な視線を僕の股間へと落としていた。
「風邪をひいちゃうわよ。……ねえ、着替えを貸してあげましょうか?」
「この家の彼女」が、事もなげに提案する。
「いや、悪いよ。すぐ近くだし、もう帰るから……」
「いいじゃない、遠慮しなくて。主人の部屋着でよければ、ちょうど洗いたてのがあるわ」
旦那が快活に笑い、僕の肩を叩く。
「そうですよ! 遠慮しないで。家内、掃除だけじゃなくて洗濯も得意ですから」
その言葉の端々に含まれる「掃除」という響きに、僕は内臓を抉られるような感覚を覚えた。
僕は促されるまま、脱衣所で服を着替えた。
貸し出されたのは、彼女の旦那がいつも着ているというスウェットだった。
鏡に映る自分を見る。
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鏡の中の自分は、もはや見知らぬ化け物のように見えた。
リビングに戻ると、さらに残酷な時間が待っていた。
「お礼に」と、彼女たちが用意した食後のコーヒーを囲む時間だ。
僕は旦那の服を着て、妻の隣に座る。
「……お掃除、大変だったんですって?」
「眼鏡の彼女」が、不意に妻に向かって微笑みかけた。
「ええ。この前、主人がお邪魔したときに……」
「さっきも、お庭の物置のところで『汚れ』をチェックしてたみたいよ。ねえ?」
彼女たちの視線が、僕の体の上で交差する。
妻は「まあ、パパったら本当に凝り性ね」と苦笑しているが、僕の耳には彼女たちの声が別の意味にしか聞こえない。
(庭で何をしたか、全部知っている。全部共有している)
二人の女が、目配せひとつで僕を公開処刑しているのだ。
「……本当に、隅々まで綺麗にしてくださって。……今度は、私の家のお掃除もお願いしようかしら」
「眼鏡の彼女」が、テーブルの下で僕の足元に自分の足を伸ばしてきた。
今度はヒールではない。彼女のストッキング越しのアキレス腱が、僕の足首に絡みつき、そのままゆっくりとふくらはぎを這い上がってくる。
リビングの中央では、子供たちがアニメのキャラクターについて無邪気に語り合っている。
旦那は僕にゴルフの話を振っている。
妻は彼女たちから料理のレシピを教わっている。
そのすべてが、硝子細工のように脆い平穏の上に成り立っている。
「……っ」
僕はコーヒーカップを握りしめ、溢れ出しそうな喘ぎを喉の奥に押し込んだ。
「……あら、手が震えてるわよ? まだ寒いの?」
「この家の彼女」が、僕の正面から覗き込む。彼女の瞳には、慈しみなど欠片もなかった。そこにあるのは、獲物が罠にかかり、もがく様を愛でる残酷な好奇心だけだ。
僕は逃げられない。
この家を、この地域を、このコミュニティを抜け出さない限り。
いや、たとえ逃げ出したとしても、二人の女が共有した僕の「汚れた記憶」は、一生僕を追いかけてくるだろう。
(第10話へ続く)
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