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3話:触れさせない距離
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3話:触れさせない距離
誠司が部屋に来るのも、気づけば三回目になった。
予想通り、プレゼントは来週中に届いた。
ブランドの財布。
麗奈が「そういうの、いいよ」と言った三日後に。
受け取り方も、計算した。
驚いたふりをして、でも素直に喜ばない。
「こんな高いの、もらえない」と言いながら、結局受け取る。
その一連の流れが、次の貢ぎを生む。
今夜は、もう少し近づかせる番だ。
食事を終えて、部屋に戻った。
誠司はもう、床への座り方が慣れてきた。
体の力が、少し抜けている。
いい兆候だ。
「今日、疲れた?」
麗奈は誠司の隣に座りながら、少しだけ近い距離を選んだ。
前回より、五センチ近い。
「まあ、仕事がちょっとな」
「大変だったの?」
「現場でトラブルがあって」
誠司が話し始めた。
麗奈は膝を抱えて、誠司の方に体を向ける。
聞いている、という姿勢を作る。
目を細めて、たまに頷く。
男は、話を聞いてもらえると思った相手に弱い。
「それは大変だったね」
「でも麗奈ちゃんの顔見たら、落ち着いた」
誠司が、照れたように笑った。
麗奈は何も言わずに、少しだけ微笑んだ。
言葉を返さない。
沈黙を、置く。
この沈黙が、想像を膨らませる。
誠司の視線が、麗奈の横顔に向いているのがわかった。
見ている。
麗奈はゆっくり誠司の方を向いた。
目が合った。
三秒間、そのままにした。
誠司が、少し前に体を傾けた。
近づいてくる。
麗奈はそのタイミングで、すっと立ち上がった。
「お茶、もう一杯入れてくる」
誠司が、止まった。
麗奈はキッチンに向かいながら、背中で誠司の息を感じた。
今、誠司の中で何かが渦巻いている。
届かなかった、という感覚。
その感覚が、次への渇望になる。
お茶を入れながら、麗奈はゆっくりと髪をかき上げた。
金髪が、キッチンの灯りを受けて揺れる。
誠司の視線が、背中に刺さっている。
わかっている。
でも振り返らない。
振り返らないから、見たくなる。
お茶を二つ持って、また誠司の隣に座った。
今度は、さっきより少し遠い距離を選んだ。
近づいたと思ったら、離れる。
この繰り返しが、男を狂わせる。
「ねえ、麗奈ちゃん」
「なに?」
「俺のこと、どう思ってる?」
直球だった。
麗奈はお茶を一口飲んで、少し間を置いた。
答えを出すのが、遅い方がいい。
「……どう、って?」
「好きか嫌いか、みたいな」
麗奈は誠司の目を見た。
本気の目だ。
「嫌いじゃない」
それだけ言って、また目を逸らした。
誠司が、息を吐いた。
安堵と、物足りなさが混じった息だ。
嫌いじゃない、は好きじゃない。
でも嫌いでもない。
その曖昧さが、希望になる。
希望があるから、また来る。
また来るから、また金を出す。
「もっと、はっきり言ってくれよ」
誠司が、少し笑いながら言った。
「はっきり言うのが苦手で」
麗奈は少しだけ俯いた。
金髪が、頬にかかる。
誠司の手が、動きかけた。
髪をかけてあげようとしたのだと、麗奈にはわかった。
でも触れなかった。
触れていいかどうか、まだわからないから。
麗奈は自分で髪をかき上げた。
誠司の手が届く前に。
わざと。
誠司が、小さく笑った。
悔しそうな笑い方だった。
その夜、誠司は帰り際にまた聞いた。
「何か欲しいものある?」
麗奈は少し間を置いてから、首を振った。
「……そういうの、いいよ」
「いいから言って」
「ほんとに、いい」
麗奈はドアを少しだけ開けて、誠司を見上げた。
「また来てくれる方が、嬉しい」
誠司の顔が、一瞬止まった。
それから、ゆっくりと笑った。
「来る。絶対来る」
エレベーターのドアが閉まった。
麗奈は部屋に戻って、スマホを確認した。
三分後、誠司からLINEが来た。
『今日も楽しかった。また来週』
麗奈は既読だけつけて、返信しなかった。
返信しない方が、気になるから。
気になるから、また来る。
翌朝、宅配の通知が来た。
誠司からだった。
箱を開けると、ブランドのバッグが入っていた。
麗奈は少しだけ目を細めた。
感謝のLINEは、三時間後に送った。
「気にしないでよ」
それだけ。
誠司から、すぐにハートのスタンプが来た。
麗奈はスマホを置いて、赤いマットを広げた。
開脚の姿勢で、ゆっくりと体を倒す。
金髪が、床に広がった。
今日も、順調だ。
―― 4話へ ―
誠司が部屋に来るのも、気づけば三回目になった。
予想通り、プレゼントは来週中に届いた。
ブランドの財布。
麗奈が「そういうの、いいよ」と言った三日後に。
受け取り方も、計算した。
驚いたふりをして、でも素直に喜ばない。
「こんな高いの、もらえない」と言いながら、結局受け取る。
その一連の流れが、次の貢ぎを生む。
今夜は、もう少し近づかせる番だ。
食事を終えて、部屋に戻った。
誠司はもう、床への座り方が慣れてきた。
体の力が、少し抜けている。
いい兆候だ。
「今日、疲れた?」
麗奈は誠司の隣に座りながら、少しだけ近い距離を選んだ。
前回より、五センチ近い。
「まあ、仕事がちょっとな」
「大変だったの?」
「現場でトラブルがあって」
誠司が話し始めた。
麗奈は膝を抱えて、誠司の方に体を向ける。
聞いている、という姿勢を作る。
目を細めて、たまに頷く。
男は、話を聞いてもらえると思った相手に弱い。
「それは大変だったね」
「でも麗奈ちゃんの顔見たら、落ち着いた」
誠司が、照れたように笑った。
麗奈は何も言わずに、少しだけ微笑んだ。
言葉を返さない。
沈黙を、置く。
この沈黙が、想像を膨らませる。
誠司の視線が、麗奈の横顔に向いているのがわかった。
見ている。
麗奈はゆっくり誠司の方を向いた。
目が合った。
三秒間、そのままにした。
誠司が、少し前に体を傾けた。
近づいてくる。
麗奈はそのタイミングで、すっと立ち上がった。
「お茶、もう一杯入れてくる」
誠司が、止まった。
麗奈はキッチンに向かいながら、背中で誠司の息を感じた。
今、誠司の中で何かが渦巻いている。
届かなかった、という感覚。
その感覚が、次への渇望になる。
お茶を入れながら、麗奈はゆっくりと髪をかき上げた。
金髪が、キッチンの灯りを受けて揺れる。
誠司の視線が、背中に刺さっている。
わかっている。
でも振り返らない。
振り返らないから、見たくなる。
お茶を二つ持って、また誠司の隣に座った。
今度は、さっきより少し遠い距離を選んだ。
近づいたと思ったら、離れる。
この繰り返しが、男を狂わせる。
「ねえ、麗奈ちゃん」
「なに?」
「俺のこと、どう思ってる?」
直球だった。
麗奈はお茶を一口飲んで、少し間を置いた。
答えを出すのが、遅い方がいい。
「……どう、って?」
「好きか嫌いか、みたいな」
麗奈は誠司の目を見た。
本気の目だ。
「嫌いじゃない」
それだけ言って、また目を逸らした。
誠司が、息を吐いた。
安堵と、物足りなさが混じった息だ。
嫌いじゃない、は好きじゃない。
でも嫌いでもない。
その曖昧さが、希望になる。
希望があるから、また来る。
また来るから、また金を出す。
「もっと、はっきり言ってくれよ」
誠司が、少し笑いながら言った。
「はっきり言うのが苦手で」
麗奈は少しだけ俯いた。
金髪が、頬にかかる。
誠司の手が、動きかけた。
髪をかけてあげようとしたのだと、麗奈にはわかった。
でも触れなかった。
触れていいかどうか、まだわからないから。
麗奈は自分で髪をかき上げた。
誠司の手が届く前に。
わざと。
誠司が、小さく笑った。
悔しそうな笑い方だった。
その夜、誠司は帰り際にまた聞いた。
「何か欲しいものある?」
麗奈は少し間を置いてから、首を振った。
「……そういうの、いいよ」
「いいから言って」
「ほんとに、いい」
麗奈はドアを少しだけ開けて、誠司を見上げた。
「また来てくれる方が、嬉しい」
誠司の顔が、一瞬止まった。
それから、ゆっくりと笑った。
「来る。絶対来る」
エレベーターのドアが閉まった。
麗奈は部屋に戻って、スマホを確認した。
三分後、誠司からLINEが来た。
『今日も楽しかった。また来週』
麗奈は既読だけつけて、返信しなかった。
返信しない方が、気になるから。
気になるから、また来る。
翌朝、宅配の通知が来た。
誠司からだった。
箱を開けると、ブランドのバッグが入っていた。
麗奈は少しだけ目を細めた。
感謝のLINEは、三時間後に送った。
「気にしないでよ」
それだけ。
誠司から、すぐにハートのスタンプが来た。
麗奈はスマホを置いて、赤いマットを広げた。
開脚の姿勢で、ゆっくりと体を倒す。
金髪が、床に広がった。
今日も、順調だ。
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