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5話:もう一人の獲物
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5話:もう一人の獲物
バーのカウンターで、康介と初めて会ったのは、誠司と会い始めて二ヶ月が経った頃だった。
共通の知人の集まり。
麗奈にとっては、新しい獲物を探す場でもあった。
店に入った瞬間、麗奈は部屋を一度だけ見渡した。
使えそうな男がいるか。
いつもの確認だ。
カウンターの端に、一人で座っている男がいた。
細身で背が高い。
グレーが混じった髪。
スーツの着方が、誠司と違う。
体に馴染んでいる。
値段が違う。
麗奈は少しだけ目を細めた。
格が、違う。
席につきながら、さりげなく観察した。
男は一人でグラスを傾けていた。
周りに気を配っていない。
でも何も見ていないわけじゃない。
静かに、全部見ている。
その目が、麗奈に向いた。
麗奈はいつもの笑顔を出した。
目を少し潤ませて、口角を少しだけ上げる。
儚く見える笑顔。
男が「守りたい」と思う笑顔。
男は笑わなかった。
ただ、見ていた。
値踏みされている。
麗奈はそれを感じた。
初めての感覚だった。
いつもは麗奈が値踏みする側だ。
共通の知人が紹介してくれた。
「西村康介さん。外資系のコンサルの方」
康介は軽く頷いた。
名刺も出さない。
愛想笑いもしない。
「橘麗奈です」
麗奈は少しだけ声をかすらせた。
「知ってる」
康介が、それだけ言った。
知ってる。
麗奈は一瞬だけ、表情が止まりそうになった。
止まらなかった。
でも、止まりかけた。
それを、康介は見ていた。
場が動いて、席が変わって、気づいたら康介の隣に座っていた。
流れるように、自然に。
麗奈が誘導したのか、康介が誘導したのか、わからないくらい自然に。
「何飲んでるの?」
麗奈はカウンターに肘をついて、少しだけ体を傾けた。
距離を詰める、いつもの動作。
「バーボン」
「強いね」
「麗奈さんは?」
名前を、もう使った。
さっき一度聞いただけなのに。
「白ワイン」
「似合わない」
麗奈は少し笑った。
「なんで?」
「もっと強いもの飲みそう」
康介がバーテンダーに何か言った。
しばらくして、麗奈の前に違うグラスが置かれた。
「なに、これ」
「飲んでみて」
一口飲んだ。
強い。
でも、甘い。
「……美味しい」
「だろ」
康介は麗奈を見ていた。
試している目だ。
麗奈はそれに気づきながら、気づいていないふりをした。
「康介さんって、こういうとこよく来るの?」
「たまに」
「一人で?」
「一人の方が、楽だから」
一人の方が楽。
その言葉を、麗奈は頭の中で転がした。
孤独を苦にしない男だ。
誠司とは、全然違う。
誠司は誰かに必要とされたい男だ。
だから麗奈の「守りたい」を引き出す戦略が効いた。
康介には、その戦略は通じない。
別の角度が必要だ。
「麗奈さんは、一人が好き?」
康介が聞いた。
「……どっちでもないかな」
「嘘だ」
麗奈は少し目を細めた。
「なんで?」
「一人が好きな人間は、そう聞かれたら即答する」
麗奈は何も言わなかった。
康介は続けた。
「一人が嫌いな人間も、即答する。どっちでもない、って言う人間は、本当のことを言いたくない人間だ」
静かな声だった。
責めているわけじゃない。
ただ、観察している。
麗奈はグラスを一口飲んだ。
「鋭いね」
「仕事柄」
それ以上、康介は追わなかった。
この男は、追い詰めない。
ただ、見る。
麗奈は少しだけ、警戒した。
帰り際、康介が外に出た。
麗奈も同じタイミングで出た。
偶然じゃない。
計算だ。
夜の空気が、冷たかった。
「送ろうか」
麗奈は少し首を振った。
「大丈夫、慣れてるから」
康介が、少しだけ笑った。
初めて笑った。
「慣れてる、か」
それだけ言って、康介はポケットに手を入れた。
小さな箱を取り出した。
袋も、包装もない。
ポケットから直接。
「これ」
「なに?」
「イヤリング。似合うと思って」
麗奈は箱を開けた。
シンプルな、金のイヤリング。
高い。
一目でわかる。
「なんで急に」
「似合うと思ったから」
それだけ言って、康介は先に歩き出した。
振り返らない。
麗奈は康介の背中を見ていた。
初めて、男の背中を見送る側になった。
いつもは麗奈が先に帰る。
いつもは男が麗奈の背中を見ている。
手の中の、小さな箱。
金のイヤリング。
これは罠だろうか。
それともただの気まぐれだろうか。
麗奈にはわからなかった。
わからない男に、初めて出会った。
夜の風が、金髪を揺らした。
――6話へ――
バーのカウンターで、康介と初めて会ったのは、誠司と会い始めて二ヶ月が経った頃だった。
共通の知人の集まり。
麗奈にとっては、新しい獲物を探す場でもあった。
店に入った瞬間、麗奈は部屋を一度だけ見渡した。
使えそうな男がいるか。
いつもの確認だ。
カウンターの端に、一人で座っている男がいた。
細身で背が高い。
グレーが混じった髪。
スーツの着方が、誠司と違う。
体に馴染んでいる。
値段が違う。
麗奈は少しだけ目を細めた。
格が、違う。
席につきながら、さりげなく観察した。
男は一人でグラスを傾けていた。
周りに気を配っていない。
でも何も見ていないわけじゃない。
静かに、全部見ている。
その目が、麗奈に向いた。
麗奈はいつもの笑顔を出した。
目を少し潤ませて、口角を少しだけ上げる。
儚く見える笑顔。
男が「守りたい」と思う笑顔。
男は笑わなかった。
ただ、見ていた。
値踏みされている。
麗奈はそれを感じた。
初めての感覚だった。
いつもは麗奈が値踏みする側だ。
共通の知人が紹介してくれた。
「西村康介さん。外資系のコンサルの方」
康介は軽く頷いた。
名刺も出さない。
愛想笑いもしない。
「橘麗奈です」
麗奈は少しだけ声をかすらせた。
「知ってる」
康介が、それだけ言った。
知ってる。
麗奈は一瞬だけ、表情が止まりそうになった。
止まらなかった。
でも、止まりかけた。
それを、康介は見ていた。
場が動いて、席が変わって、気づいたら康介の隣に座っていた。
流れるように、自然に。
麗奈が誘導したのか、康介が誘導したのか、わからないくらい自然に。
「何飲んでるの?」
麗奈はカウンターに肘をついて、少しだけ体を傾けた。
距離を詰める、いつもの動作。
「バーボン」
「強いね」
「麗奈さんは?」
名前を、もう使った。
さっき一度聞いただけなのに。
「白ワイン」
「似合わない」
麗奈は少し笑った。
「なんで?」
「もっと強いもの飲みそう」
康介がバーテンダーに何か言った。
しばらくして、麗奈の前に違うグラスが置かれた。
「なに、これ」
「飲んでみて」
一口飲んだ。
強い。
でも、甘い。
「……美味しい」
「だろ」
康介は麗奈を見ていた。
試している目だ。
麗奈はそれに気づきながら、気づいていないふりをした。
「康介さんって、こういうとこよく来るの?」
「たまに」
「一人で?」
「一人の方が、楽だから」
一人の方が楽。
その言葉を、麗奈は頭の中で転がした。
孤独を苦にしない男だ。
誠司とは、全然違う。
誠司は誰かに必要とされたい男だ。
だから麗奈の「守りたい」を引き出す戦略が効いた。
康介には、その戦略は通じない。
別の角度が必要だ。
「麗奈さんは、一人が好き?」
康介が聞いた。
「……どっちでもないかな」
「嘘だ」
麗奈は少し目を細めた。
「なんで?」
「一人が好きな人間は、そう聞かれたら即答する」
麗奈は何も言わなかった。
康介は続けた。
「一人が嫌いな人間も、即答する。どっちでもない、って言う人間は、本当のことを言いたくない人間だ」
静かな声だった。
責めているわけじゃない。
ただ、観察している。
麗奈はグラスを一口飲んだ。
「鋭いね」
「仕事柄」
それ以上、康介は追わなかった。
この男は、追い詰めない。
ただ、見る。
麗奈は少しだけ、警戒した。
帰り際、康介が外に出た。
麗奈も同じタイミングで出た。
偶然じゃない。
計算だ。
夜の空気が、冷たかった。
「送ろうか」
麗奈は少し首を振った。
「大丈夫、慣れてるから」
康介が、少しだけ笑った。
初めて笑った。
「慣れてる、か」
それだけ言って、康介はポケットに手を入れた。
小さな箱を取り出した。
袋も、包装もない。
ポケットから直接。
「これ」
「なに?」
「イヤリング。似合うと思って」
麗奈は箱を開けた。
シンプルな、金のイヤリング。
高い。
一目でわかる。
「なんで急に」
「似合うと思ったから」
それだけ言って、康介は先に歩き出した。
振り返らない。
麗奈は康介の背中を見ていた。
初めて、男の背中を見送る側になった。
いつもは麗奈が先に帰る。
いつもは男が麗奈の背中を見ている。
手の中の、小さな箱。
金のイヤリング。
これは罠だろうか。
それともただの気まぐれだろうか。
麗奈にはわからなかった。
わからない男に、初めて出会った。
夜の風が、金髪を揺らした。
――6話へ――
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