異世界ラーメン

さいとう みさき

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第1話うわさ:リシェルの場合

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「なあ、聞いたか異世界人がやっているって言う噂の屋台店の話」


 いつもの酒場で私はソロの冒険から帰って来てその成功を祝い一人楽しくお酒を飲んでいた。

 私はリシェル。
 冒険者をやっている。
 ソロで幾多のクエストを成功させているこの街でも数少ない上級冒険者。
 たまに女だからって鼻の下伸ばした新参者の馬鹿たちが寄って来るけど私を知っている奴はそんな馬鹿はしない。


「だがなぁ、あの屋台店って何処に有るか分からないんだろう?」

「ああ、ある時は森の深く、ある時は古代遺跡、またある時は巨大迷宮の奥底とおおよそ人が立ち寄れるような場所じゃ無いんだってよ」

「そんな所で客なんか来るのかよ?」

「そうだよな、でも冒険者はその屋台店に助けられてそこで食べたなんかスープに入った長い食いモンがとても美味かったと言ってるんだってよ。噂ではその味が忘れられなくてその屋台店を探す為に冒険に行くやつさえいると言われているらしいぞ」

「そんなに美味いもんあんのかねぇ?」


 後ろのテーブルで酒を飲んでいる連中の噂話が耳に入る。


 森の深く?
 古代遺跡?
 迷宮の奥深くだって??

 私は最初特に気にしていなかったのだがその辺が気になって聞き耳を立てる。


「まあどちらにしろその食いモンてのはこの世の物とは思えないほど美味いらしい。一度でいいから食ってみたいよな」

「異世界人がやってんだろ? 大丈夫なのか??」

「異世界人といやぁ、先日魔王を異世界人の勇者が倒したって話じゃないか。これで魔物たちも少しは大人しくなるかねぇ?」


 異世界人。
 この世界に何処か他の世界から召喚され、神の加護を受けた者たち。
 神殿や王宮で召喚をしているらしいが、それを行うには膨大な時間と金、そして上級魔導士や司祭級の神官たちが必要となる。

 神の加護を受けしその異世界人はまさに一騎当千と言われるほどの力を持つ。
 
 だから魔王復活の際にはその魔王を倒す為に異世界人を召喚したと伝え聞く。
 だが、その異世界人が魔王を倒したのか……

 私とは縁もゆかりもない話なので私は興味を無くし酒も無くなったので席を立つ。


「なあリシェル、お前さっきの噂話聞いてたろ? どうだ俺と組んでその屋台店を探さねぇか?」

「ボルド…… 言っただろう、私はソロでしか仕事はしない。それにそんな訳の分からない所に屋台店を出すなんてその異世界人は気が狂ってる」

「そうかもしれねぇが、気にならねぇか?」

「興味もないな」

 
 私はそう言って酒場を後にする。
 噂は噂。
 そんな事より明日行く予定の迷宮の方が今は気になっている。

「伝説の秘宝か…… ふっ、この情報が確かなら当分遊んで暮らせるな!」

 情報屋から高い金で買い取ったこの話、なにが何でも成功させたい。
 私はほろ酔い気分で明日の成功を確信していた。


「ふふふ、また私が独り占めしてやるよ!」


 空に浮かぶ二つの月は奇麗に丸くなっていたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 何故こうなった?
 何処で間違えた??


 情報屋から受け取ったこの秘密のルートの地図、こいつを使えば迷宮の魔物も回避して伝説のお宝があると言う宝物庫まで難なく行けるはずだったのに!


「畜生、なんで宝物庫の前にこんなボス部屋があるんだよ! しかもケルベロスが番犬だと!?」


 体中傷だらけで、もう手持ちのポーションも尽きる。
 巨大なケルベロスは三つの頭の真っ赤な瞳を私に向けて唸り声を上げている。
 正直もう手が無い。


「くそ、ここまでか……」


 私がそう覚悟を決めた時だった。
 この場に似つかわしくない気の抜けた声がした。


「ふん、犬じゃ出汁にもならん。じゃまだ退け」


 いきなり聞こえてきたその声に振り向くと、ここら辺では珍しい黒髪に黒い瞳、白っぽい服に頭にねじったバンダナを巻き付け、腰から下に垂れ下がるエプロンのような物をつけ包丁らしきナイフを持った男が立っていた。


「誰?」

「ん? なんだあんた冒険者か? こんな所で何してんだ? 俺は噂の秘宝の中に温度をずっと保てると言うマジックアイテムがあると聞いて来てみたんだが」


 その男はなんてことのない日常の会話でもするかのように言い放つ。
 目の前にケルベロスがいると言うのに!


『がるるるるるるぅ』

「うるさい犬だな、静かにしろ!」


 ぎんっ!


『きゃう~ん』


 その男がケルベロスを睨んだ瞬間、ケルベロスはまるで子犬かのように腹を出し服従のポーズを取る。


「なっ!?」


「よしいい子だ。大人しくしていれば残飯くらい食わせてやるぞ?」

 そう言いながらその男は巨大なケルベロスの頭をなでてやると、ケルベロスは尻尾を振りながらその男の手を舐める。
 まるで飼いならされた犬のようだ。

「さてと、それじゃぁお宝とご対面するか。これで煮込み時間が安定して確保出来るな」

 その男はそう言いながらニコニコと宝物庫の扉を開く。
 するとまばゆい金色の光が漏れ出し、扉の向こうに金銀財宝が見える。
 それは高く山に積まれ、まるでドラゴンが守っている財宝の様だった。

「さてと、何処だ?」

 そう言いながらその男は財宝の山の中から目的のアイテムを探し出す。
 金銀財宝には目もくれずに。


「あった! こいつだ、こいつ! 魔法のアイテム、長時間同じ温度で煮込む事が出来る寸胴鍋!!」


 シチューか何かを煮込む時に使うような深い鍋を掲げてその男は大喜びをしている。
 そんなに凄いマジックアイテムだと言うのか?
 目の前には金銀財宝があんなに有ると言うのに。


「あ、あんた一体何者なのよ?」

「あ? 俺か?? 俺はただのラーメン屋だ」


 その男は何事もなかったようにその鍋だけを引っ提げて宝物庫から出てきた。
 そして私の質問にそう答えふとある事を思い出したように聞く。


「そうだ、丁度仕込みも終わったし飯でも食わないか? サービスで味付け卵もつけてやるよ」

「はぁ?」


 傷だらけの私はそう言われながらその男に助け起こされるのだった。


 * * * * *


「へい、おまちぃっ!」


 どん。


 こんな迷宮に荷馬車を改造して人間でも引っ張れそうな位小さな荷車に色々と乗せた、変な出店のような物の前に座らさられ目の前にお椀が出された。

 その中には何やらシチューのような物が入っている。
 しかしそれは今まで嗅いだことが無いようなおいしそうな匂いがする。


「これは……」

「ラーメンだ。まあ食ってみてくれ!」


 そう言いながらその男は私にフォークを手渡して来る。
 なにやら「箸は使えないだろうからこれで麺を巻き取って食ってくれ」などと言っている。

 私はもう一度それを見る。
 お椀の中のシチューは白っぽい液体に何やら長細い物が入っていてその上に薄切りの肉や野菜、見た事の無い黒い紙のような物やへんてこな白いギザギザしたものに赤っぽい線が渦を巻いたものまで入っている。
 
 私はそれとその男の顔を見比べてから恐る恐るそのシチューにフォークを入れる。
 そして細長い物を巻き取って口に入れると……


「んむぅっ!?」


 驚いた。
 何と言う美味さだろう!

 今までに食べて来たものと全く違うこの味わいは私の脳を震わせる。


「な、なんだこれぇ! 美味しいっ!!」


「だろ? 今までにいろいろな食材を試してきたが、今のところこれが一番いい味出すんだよな」

 そう言いながらその男は異空間を広げ手を突っ込み何やら取り出す。
 そしてそれをケルベロスの方に放り投げて言う。


「それは食っても良いぞ」

『がうっ♪』


 途端にケルベロスは嬉しそうに尻尾を振りながらそれに飛びつく。
 しかし私はそれを見て大いに驚く。


「あ、あれはどう見てもミノタウロス……」

「ああ、牛の骨にはいい味出すエキスが詰まっている。だが普通の牛じゃ駄目だ。なのであれを使ったらこれがドンピシャよ! 豚骨とは違いさっぱりとしながらも良い出汁が出る」


 私は驚きながらもスプーンでこのスープを飲んでみる。


「本当だ、美味しい……」


 魔物を食材にするのは冒険者では当たり前のことだ。
 しかし普通はロックキャタピラーやオオトカゲなど弱い魔物を食料とする。
 ミノタウロスとか上級の魔物なんてとてもじゃないが歯が立たない。
 それどころか私辺たりがミノタウロスが相手なら食われるか犯されて子供を産まされるかだ。

「すると他の食材も?」

 そう言いながら上に乗ている薄切りの肉を食べてみる。
 そしてまたまた驚く。


「なにこれ!? 口の中に入れたら溶けるほど柔らかい!!」


「ギリギリまで煮込んだからな、脂身も脂が抜けてゼラチン質だから癖がないだろう?」

 更に野菜を食べるとこれまた茹で加減が抜群に良い。
 適度な歯触りを残しながらしっかりとシャキ感があり、全体の濃厚な味わいに程よい箸休めになる。


「これは……」

「『なると』って言う魚肉をすりつぶして作ったもんだ」


 聞いた事が無いそれを口に入れるとまたまた驚かされる。
 淡白な味わいなのにふわっと魚の旨味が出てそしてこの食感。
 ハムでもこうはならない。


「この黒いのは……」


 ここに載っていると言う事は食べられるはず。
 スープに接触している部分は少しふやけ溶け出している。
 私はそれをあの長い巻き付けるやつと一緒に口に運ぶ。


 その瞬間海の香りがした。


「な、なんなんだこれは? 口の中に海の香りがする??」

「ああ、それは海苔って言ってな、海の草を加工したもんだ。良い香りだろ?」


 そこからだ。
 私は無我夢中にこのシチューを食べる。
 いや、彼はこれを「らーめん」と言っていた。

 そして気付くとそのお椀は空っになっていた。


「はっ!? 私はいつの間にこれを平らげたんだ? これは一体何なんだ!?」


「うん? ただのラーメンだ。俺はこれを究極の味にするために世界を回っている。きっとまだ俺の知らない素晴らしい食材があるはずだからな!」

 そう言いながら彼は銅貨八枚の代金を取ってその屋台を引きずりこの迷宮を後にしようとする。


「ちょ、ちょっと待て、あんた一体何者なのよ?」

「俺か? 俺はただのラーメン屋だ。そうだな、『異世界ラーメン』とでも呼んでくれ」


 そう言って彼はその場から一瞬で消えていった。
 後に取り残された私はそれをただただ茫然と見ているだけだった。


 ◇ ◇ ◇


「おい、聞いたか? 噂の異世界人がやっているって屋台店が近くの迷宮に現れたんだとさ」

「だからか? 最近この町に上級冒険者が集まるのって?」

「噂ではその屋台店の食いモンを求めてみんな集まっているらしいぞ?」

 
 酒場で一人祝杯の酒を飲んでいる私だが心はここにあらず。
 私の頭の中にはあの「らーめん」とか言う食べ物で一杯だった。


「なあリシェル、聞いたか? この街の近くの迷宮に噂の異世界人の屋台店が現れたらしいぞ?」

「ん~、そうね……」

「リシェル、俺と組まないか? 俺も是非その異世界人の屋台店の食いモンを食ってみたいんだが」

「ん~、そうね…… あれは美味しかった……」

「へ? リ、リシェル、お前まさか……」

 
 がたっ

 私は席を立つ。
 そしてふらふらと店の戸口へと向かう。

「リシェル、お前……」

「ん~、ちょっと迷宮に行ってくる…… そしてもう一度あの『らーめん』が食べたい……」


 私はリシェル。
 冒険者だ。

 しかし今は一介の「らーめん」なる物を探し求める探究者。
 もう一度あの味を!


 そう思いながら私はまたあの迷宮へと向かうのだった。


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