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飛躍篇
第十五話:星々の集う場所
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ギデオンから運び込まれた、おびただしい数の資材。開拓民たちの集落は今、未来への希望と、何から手をつければいいのか分からない熱気に満ちていた。
その混沌に、秩序をもたらしたのは、カインが派遣した専門家たちだった。
ルシアンが作った最大の「生きた家」を仮設の集会所とし、各分野のリーダーたちによる最初の「評議会」が開かれた。
議長席には、長であるルシアン。その隣には、補佐役としてエリアナが座る。
集まったのは、開拓民代表として、獣人たちのまとめ役であるガルバと、元抵抗組織のリーダーで商人としての知識を持つクララ。護衛・実働部隊代表として、「蒼き隼」のリーダーであるバルト。そして、三人の専門家、建築家のコンラッド、農業家のフィアナ、鍛冶師のバルディン。
多様な出自を持つ者たちが、一つのテーブルを囲み、この地の未来を決めようとしていた。
最初に口火を切ったのは、建築家のコンラッドだった。彼は、興奮を隠せない様子で設計図を広げる。
「これだけの木材と石材があれば、ただの長屋(ロングハウス)ではない。将来的な拡張も見据えた、しっかりとした区画整理ができる! まずは全員の住居と、この村の顔となる集会所、そしてクロスロードにも負けない堅牢な防護柵を同時に建設するぞ!」
次に、届いたばかりの鉄インゴットを愛おしそうに撫でながら、バルディンが言った。
「ふむ、鉄の質も上々だ。これだけの量があれば、クワや斧といった開拓具はもちろん、いずれは民全員に行き渡るだけの武具も作れるだろう。まずは、この街一番の火力を誇る、ワシの最高傑作となる鍛冶炉を作る!」
最後に、様々な作物の種が入った袋を手に、フィアナが穏やかに微笑んだ。
「この土地の生命力は豊かです。これだけの種類の種があれば、一つがダメでも、必ずこの土地に根付く作物が見つかるはず。複数の畑を作り、長期的な視点で、この村だけの特産品となるような、新しい作物を育ててみせましょう」
専門家たちの希望に満ちた計画に、集落の未来は輝かしいものに感じられた。
数時間にわたる議論の末、ルシアンは皆の意見をまとめ、最初の具体的な取り組みを決定した。
「よし、決まりだ。まず、コンラッドさんには、全体の指揮を執ってもらい、長屋と防護柵の建設を最優先で進めてもらう。バルディンさんは、その建設に必要な釘や蝶番を供給しつつ、本格的な鍛冶炉の建設を。そしてフィアナさんは、複数の試験農地を開墾し、この土地に最適な作物の選定を開始してください。資材の管理と分配はクララさんに、集落の警備と労働力の采配はバルトさんにお願いします」
やるべきことが明確になり、全員が力強く頷いた。
その会議の最後に、バルトが腕を組みながら、ふと気づいたように言った。「で、だ。計画はいいが、この場所の名前はどうすんだ? いつまでも『開拓民たちの集落』じゃ、締まりがねえ」
その言葉に、それまで誰も考えていなかった事実に気づき、全員がきょとんとする。
ルシアンが、皆を見回して言った。「どんな過去を持つ者でも、ここで新しい始まりを迎えられる…。そんな場所にしたい」
その想いを受け、様々な案が出る中、エリアナが夜空を見上げるように、ぽつりと呟いた。「アステリア…というのはどうかしら」
「アステリア?」
「ええ、『星々』っていう意味。一つ一つは小さくても、たくさん集まって、暗い夜を照らす星のように。…ここにいるみんなみたいだなって」
その言葉に、それまで様々な出自を持つがゆえに、どこか遠慮があった者たちの間に、初めて確かな一体感が生まれる。
ルシアンは立ち上がり、高らかに宣言した。「決まりだ。今日から、俺たちの故郷の名前は『アステリア』だ!」
オオオオッ! という、地鳴りのような歓声が、まだ何もない荒野に響き渡った。
◇
『アステリア』と名付けられたその日から、村作りは飛躍的に進んだ。
ルシアンは、特定の仕事に就くのではなく、その万能な力で全ての作業をサポートして回る。コンラッドの指示で重い木材を運び、バルディンのために【星命創造】で火種を強力にし、フィアナの畑では、硬い土をその膂力で耕していく。
エリアナも、負けじと懸命に働いていた。自分にできることは少ないけれど、少しでも皆の、そしてルシアンの役に立ちたい。その一心で、彼女は資材置き場から、カットされた木材を両腕いっぱいに抱えて運んでいた。
「よいしょ、っと…!」
だが、思った以上に木材は重く、足元がおぼつかない。ふらついた拍子に、一番上に積んでいた板が滑り落ちそうになる。
「あっ…!」
咄嗟に体をひねって、板を支えようとした、その瞬間。
ぐらり、と視界が傾き、エリアナは後ろへ倒れそうになった。
――しかし、背中に衝撃は来なかった。
いつの間にか背後に立っていたルシアンが、彼女の腕ごと、木材の束を軽々と支えていたのだ。
「危ないぞ、エリアナ。俺が持つ」
(……また、守られた)
いつもこうだ。自分が危ない時、困っている時、いつの間にか、ルシアンがそばにいる。昔から、ずっと……。
その事実が、恋心を自覚した今のエリアナの胸に、不意打ちのように突き刺さる。心臓が、ドキリと大きく音を立てた。
「どうしたんだ? 顔が赤いぞ」
不思議そうに首を傾げるルシアンに、エリアナはブンブンと首を横に振ることしかできなかった。
「な、なんでもない! 暑いだけよ!」
慌てて背を向け、自分の仕事に戻る。しかし、ドキドキと鳴りやまない心臓を、彼女はしばらく両手で押さえているしかなかった。
◇
数日後、フィアナがルシアンの元へやってきた。
「ルシアン様、少しよろしいでしょうか。あなたのその、生命を操る力…大地の声を聞く上で、参考にさせていただきたいのです」
彼女は、ルシアンに大地に手を触れるよう促すと、その上から、そっと自分の手を重ねた。
その光景を、エリアナが遠くから目撃してしまう。
物静かで、神秘的で、美しいエルフの女性。自分にはないものを全て持っているように見える彼女。
(知らない……私の知らない、ルシアンの顔…)
フィアナと話すルシアンは、エリアナが見たこともないほど、真剣で、そして穏やかな表情をしていた。
(フィアナさんは、ルシアンの力のことを、私なんかよりずっと、深く理解しているんだ…)
自分だけが知っていると思っていた幼馴染の、自分では決して踏み込めない領域に、いとも容易く触れているフィアナの姿。それが、エリアナの胸を、針で刺すように痛ませた。
(……いや、仕事の話。分かってる。分かってる、けど…)
ガシャン!
エリアナは、持っていた木材を、大きな音を立てて落としてしまった。
「…っ、ご、ごめんなさい! また、取ってくる!」
誰に言うでもなく叫ぶと、彼女はその場から逃げ出すように、駆け出してしまった。
◇
その夜、ルシアンは一人、焚火の炎を見つめていた。
急に駆け出したエリアナを、心配していた。だが、自分の心は、不思議なほど冷静なままだった。彼は、その冷静さが、ミノタウロスから得た新しい能力【不屈の魂】――精神的な負荷を無効化する力――によるものであると気づく。それはリーダーとして強力な能力だが、同時に、他人の感情の機微に共感しづらくなる、という副作用も孕んでいた。
ルシアンは、エリアナがなぜ怒っていたのか、その理由は分からない。だが、「彼女が悲しんでいた」という事実だけは、痛いほど理解できた。
彼は、小さなの木の下で一人、膝を抱えているエリアナの元へ行くと、黙って隣に座った。彼女は、顔を上げようとしない。
ルシアンは、昼間に実らせた果実を一つ、そっと彼女の前に差し出した。
「……いらない」
か細い、拒絶の声。
しばらくの沈黙の後、ルシアンは、ただ一言、こう告げた。
「エリアナが、笑っていないのは、嫌だ」
その、どこまでもまっすぐな言葉に、エリアナの肩が、小さく震えた。
ゆっくりと顔を上げると、その瞳は涙で潤んでいる。
(ずるい…)
自分の心の内の、複雑な悩みも、嫉妬も、何もかもを飛び越えて、ただ純粋な想いだけを伝えてくる。そんな彼だから、自分は――。
エリアナは、何も言わずに、差し出された果実を、そっと、小さな手で受け取った。
◇
それから、数週間が過ぎた。『アステリア』と名付けられたその土地は、もはやただの荒野ではなかった。
コンラッドの指揮のもと、屈強な男たちが切り出した木材を組み上げ、巨大な長屋の骨組みが日に日に姿を現していく。その槌音は、村の希望の鼓動そのものだった。
フィアナが開墾した試験農地では、彼女が選んだ作物の緑の芽が、力強く列をなして風にそよいでいる。獣人の子供たちが、彼女に教わりながら、楽しそうに水やりを手伝っていた。
そして、数日前。バルディンの工房から、カン!カン!という、魂を揺さぶるような金属音が初めて響き渡った。彼が作り上げた最初の逸品――一本の、頑丈なクワ。それは、この村が自らの手で未来を切り拓いていく、その象徴となった。
そして、ついにその日が来た。村の最初の建造物である、巨大な長屋が完成したのだ。人々は、自分たちの手で建てた、初めての「家」に、歓声を上げながら荷物を運び込む。もう、夜風に怯える必要はない。
その夜。完成したばかりの長屋では、盛大な宴が開かれていた。中央の長いテーブルには、フィアナの畑で採れた芋を使った、温かいシチューの大鍋が並ぶ。
様々な過去を持つ者たちが、種族の垣根なく、一つのテーブルを囲んで笑い合っている。獣人の子供たちが、人間の大人にじゃれつき、ドワーフのバルディンが、戦士のバルトと酒を酌み交わす。そこには、一つの大きな「家族」の姿があった。
ルシアンは、その光景を、壁際に立って静かに見つめていた。
そんな彼の元へ、一杯のスープ皿を持ったブレンナが、優しく微笑みながらやってきた。彼女は、数日前にクロスロードの宿を引き払い、この村に移り住んできていた。今では、クララと共に、村の炊事場を切り盛りする、皆の「お母さん」のような存在となっている。
「ルシアン。あんたも食べなさい」
「うん」
ルシアンは、スープを受け取ると、目の前の喧騒に、そしてブレンナの顔に視線を移した。
ブレンナは、何も言わなかった。ただ、幸せそうに笑う人々を、そして、その中心にいる誇らしい我が子を、愛おしそうに見つめていた。その顔に浮かんでいたのは、ルシアンがずっと取り戻したかった、貧民街で見た、あの頃の太陽のような笑顔だった。
その、最高の笑顔を見て、ルシアンの胸に、温かい光が満ちていくのを感じた。
(……ああ、そうか)
絶望も、苦しみも、辛い戦いも、全て、この笑顔に繋がっていたんだ。
彼のやってきたこと、これからやろうとしていること、その全てが、この瞬間に肯定された気がした。
ルシアンは、この幸せを絶対に守り抜くと、改めて誓った。
その混沌に、秩序をもたらしたのは、カインが派遣した専門家たちだった。
ルシアンが作った最大の「生きた家」を仮設の集会所とし、各分野のリーダーたちによる最初の「評議会」が開かれた。
議長席には、長であるルシアン。その隣には、補佐役としてエリアナが座る。
集まったのは、開拓民代表として、獣人たちのまとめ役であるガルバと、元抵抗組織のリーダーで商人としての知識を持つクララ。護衛・実働部隊代表として、「蒼き隼」のリーダーであるバルト。そして、三人の専門家、建築家のコンラッド、農業家のフィアナ、鍛冶師のバルディン。
多様な出自を持つ者たちが、一つのテーブルを囲み、この地の未来を決めようとしていた。
最初に口火を切ったのは、建築家のコンラッドだった。彼は、興奮を隠せない様子で設計図を広げる。
「これだけの木材と石材があれば、ただの長屋(ロングハウス)ではない。将来的な拡張も見据えた、しっかりとした区画整理ができる! まずは全員の住居と、この村の顔となる集会所、そしてクロスロードにも負けない堅牢な防護柵を同時に建設するぞ!」
次に、届いたばかりの鉄インゴットを愛おしそうに撫でながら、バルディンが言った。
「ふむ、鉄の質も上々だ。これだけの量があれば、クワや斧といった開拓具はもちろん、いずれは民全員に行き渡るだけの武具も作れるだろう。まずは、この街一番の火力を誇る、ワシの最高傑作となる鍛冶炉を作る!」
最後に、様々な作物の種が入った袋を手に、フィアナが穏やかに微笑んだ。
「この土地の生命力は豊かです。これだけの種類の種があれば、一つがダメでも、必ずこの土地に根付く作物が見つかるはず。複数の畑を作り、長期的な視点で、この村だけの特産品となるような、新しい作物を育ててみせましょう」
専門家たちの希望に満ちた計画に、集落の未来は輝かしいものに感じられた。
数時間にわたる議論の末、ルシアンは皆の意見をまとめ、最初の具体的な取り組みを決定した。
「よし、決まりだ。まず、コンラッドさんには、全体の指揮を執ってもらい、長屋と防護柵の建設を最優先で進めてもらう。バルディンさんは、その建設に必要な釘や蝶番を供給しつつ、本格的な鍛冶炉の建設を。そしてフィアナさんは、複数の試験農地を開墾し、この土地に最適な作物の選定を開始してください。資材の管理と分配はクララさんに、集落の警備と労働力の采配はバルトさんにお願いします」
やるべきことが明確になり、全員が力強く頷いた。
その会議の最後に、バルトが腕を組みながら、ふと気づいたように言った。「で、だ。計画はいいが、この場所の名前はどうすんだ? いつまでも『開拓民たちの集落』じゃ、締まりがねえ」
その言葉に、それまで誰も考えていなかった事実に気づき、全員がきょとんとする。
ルシアンが、皆を見回して言った。「どんな過去を持つ者でも、ここで新しい始まりを迎えられる…。そんな場所にしたい」
その想いを受け、様々な案が出る中、エリアナが夜空を見上げるように、ぽつりと呟いた。「アステリア…というのはどうかしら」
「アステリア?」
「ええ、『星々』っていう意味。一つ一つは小さくても、たくさん集まって、暗い夜を照らす星のように。…ここにいるみんなみたいだなって」
その言葉に、それまで様々な出自を持つがゆえに、どこか遠慮があった者たちの間に、初めて確かな一体感が生まれる。
ルシアンは立ち上がり、高らかに宣言した。「決まりだ。今日から、俺たちの故郷の名前は『アステリア』だ!」
オオオオッ! という、地鳴りのような歓声が、まだ何もない荒野に響き渡った。
◇
『アステリア』と名付けられたその日から、村作りは飛躍的に進んだ。
ルシアンは、特定の仕事に就くのではなく、その万能な力で全ての作業をサポートして回る。コンラッドの指示で重い木材を運び、バルディンのために【星命創造】で火種を強力にし、フィアナの畑では、硬い土をその膂力で耕していく。
エリアナも、負けじと懸命に働いていた。自分にできることは少ないけれど、少しでも皆の、そしてルシアンの役に立ちたい。その一心で、彼女は資材置き場から、カットされた木材を両腕いっぱいに抱えて運んでいた。
「よいしょ、っと…!」
だが、思った以上に木材は重く、足元がおぼつかない。ふらついた拍子に、一番上に積んでいた板が滑り落ちそうになる。
「あっ…!」
咄嗟に体をひねって、板を支えようとした、その瞬間。
ぐらり、と視界が傾き、エリアナは後ろへ倒れそうになった。
――しかし、背中に衝撃は来なかった。
いつの間にか背後に立っていたルシアンが、彼女の腕ごと、木材の束を軽々と支えていたのだ。
「危ないぞ、エリアナ。俺が持つ」
(……また、守られた)
いつもこうだ。自分が危ない時、困っている時、いつの間にか、ルシアンがそばにいる。昔から、ずっと……。
その事実が、恋心を自覚した今のエリアナの胸に、不意打ちのように突き刺さる。心臓が、ドキリと大きく音を立てた。
「どうしたんだ? 顔が赤いぞ」
不思議そうに首を傾げるルシアンに、エリアナはブンブンと首を横に振ることしかできなかった。
「な、なんでもない! 暑いだけよ!」
慌てて背を向け、自分の仕事に戻る。しかし、ドキドキと鳴りやまない心臓を、彼女はしばらく両手で押さえているしかなかった。
◇
数日後、フィアナがルシアンの元へやってきた。
「ルシアン様、少しよろしいでしょうか。あなたのその、生命を操る力…大地の声を聞く上で、参考にさせていただきたいのです」
彼女は、ルシアンに大地に手を触れるよう促すと、その上から、そっと自分の手を重ねた。
その光景を、エリアナが遠くから目撃してしまう。
物静かで、神秘的で、美しいエルフの女性。自分にはないものを全て持っているように見える彼女。
(知らない……私の知らない、ルシアンの顔…)
フィアナと話すルシアンは、エリアナが見たこともないほど、真剣で、そして穏やかな表情をしていた。
(フィアナさんは、ルシアンの力のことを、私なんかよりずっと、深く理解しているんだ…)
自分だけが知っていると思っていた幼馴染の、自分では決して踏み込めない領域に、いとも容易く触れているフィアナの姿。それが、エリアナの胸を、針で刺すように痛ませた。
(……いや、仕事の話。分かってる。分かってる、けど…)
ガシャン!
エリアナは、持っていた木材を、大きな音を立てて落としてしまった。
「…っ、ご、ごめんなさい! また、取ってくる!」
誰に言うでもなく叫ぶと、彼女はその場から逃げ出すように、駆け出してしまった。
◇
その夜、ルシアンは一人、焚火の炎を見つめていた。
急に駆け出したエリアナを、心配していた。だが、自分の心は、不思議なほど冷静なままだった。彼は、その冷静さが、ミノタウロスから得た新しい能力【不屈の魂】――精神的な負荷を無効化する力――によるものであると気づく。それはリーダーとして強力な能力だが、同時に、他人の感情の機微に共感しづらくなる、という副作用も孕んでいた。
ルシアンは、エリアナがなぜ怒っていたのか、その理由は分からない。だが、「彼女が悲しんでいた」という事実だけは、痛いほど理解できた。
彼は、小さなの木の下で一人、膝を抱えているエリアナの元へ行くと、黙って隣に座った。彼女は、顔を上げようとしない。
ルシアンは、昼間に実らせた果実を一つ、そっと彼女の前に差し出した。
「……いらない」
か細い、拒絶の声。
しばらくの沈黙の後、ルシアンは、ただ一言、こう告げた。
「エリアナが、笑っていないのは、嫌だ」
その、どこまでもまっすぐな言葉に、エリアナの肩が、小さく震えた。
ゆっくりと顔を上げると、その瞳は涙で潤んでいる。
(ずるい…)
自分の心の内の、複雑な悩みも、嫉妬も、何もかもを飛び越えて、ただ純粋な想いだけを伝えてくる。そんな彼だから、自分は――。
エリアナは、何も言わずに、差し出された果実を、そっと、小さな手で受け取った。
◇
それから、数週間が過ぎた。『アステリア』と名付けられたその土地は、もはやただの荒野ではなかった。
コンラッドの指揮のもと、屈強な男たちが切り出した木材を組み上げ、巨大な長屋の骨組みが日に日に姿を現していく。その槌音は、村の希望の鼓動そのものだった。
フィアナが開墾した試験農地では、彼女が選んだ作物の緑の芽が、力強く列をなして風にそよいでいる。獣人の子供たちが、彼女に教わりながら、楽しそうに水やりを手伝っていた。
そして、数日前。バルディンの工房から、カン!カン!という、魂を揺さぶるような金属音が初めて響き渡った。彼が作り上げた最初の逸品――一本の、頑丈なクワ。それは、この村が自らの手で未来を切り拓いていく、その象徴となった。
そして、ついにその日が来た。村の最初の建造物である、巨大な長屋が完成したのだ。人々は、自分たちの手で建てた、初めての「家」に、歓声を上げながら荷物を運び込む。もう、夜風に怯える必要はない。
その夜。完成したばかりの長屋では、盛大な宴が開かれていた。中央の長いテーブルには、フィアナの畑で採れた芋を使った、温かいシチューの大鍋が並ぶ。
様々な過去を持つ者たちが、種族の垣根なく、一つのテーブルを囲んで笑い合っている。獣人の子供たちが、人間の大人にじゃれつき、ドワーフのバルディンが、戦士のバルトと酒を酌み交わす。そこには、一つの大きな「家族」の姿があった。
ルシアンは、その光景を、壁際に立って静かに見つめていた。
そんな彼の元へ、一杯のスープ皿を持ったブレンナが、優しく微笑みながらやってきた。彼女は、数日前にクロスロードの宿を引き払い、この村に移り住んできていた。今では、クララと共に、村の炊事場を切り盛りする、皆の「お母さん」のような存在となっている。
「ルシアン。あんたも食べなさい」
「うん」
ルシアンは、スープを受け取ると、目の前の喧騒に、そしてブレンナの顔に視線を移した。
ブレンナは、何も言わなかった。ただ、幸せそうに笑う人々を、そして、その中心にいる誇らしい我が子を、愛おしそうに見つめていた。その顔に浮かんでいたのは、ルシアンがずっと取り戻したかった、貧民街で見た、あの頃の太陽のような笑顔だった。
その、最高の笑顔を見て、ルシアンの胸に、温かい光が満ちていくのを感じた。
(……ああ、そうか)
絶望も、苦しみも、辛い戦いも、全て、この笑顔に繋がっていたんだ。
彼のやってきたこと、これからやろうとしていること、その全てが、この瞬間に肯定された気がした。
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