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飛躍篇
第二十三話:解き放たれた翼と囚われた心
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施術の翌朝。シルヴァンヘイムの訓練場には、生まれ変わったエリアナの姿があった。
レンの指導のもと、彼女は枷から解放された力で、初めて自分の意志で魔法を使う。
「怖がらないで。ただ、心に浮かべるのです。あなたが、本当に創りたいものを」
エリアナは、静かに目を閉じ、集中する。彼女がそっと手のひらを差し出すと、そこに生まれたのは、以前のような不安定な光の玉ではない。まるで生きているかのように、美しく、そして力強く燃え盛る、一羽の「炎の鳥」だった。
エリアナは、自分のイメージ通りに、炎の鳥を意のままに空中で舞わせる。その光景に、彼女自身が一番驚き、そして涙ぐんだ。
「…できた…私にも、できた…!」
レンは、その規格外の才能の開花に驚嘆しつつも、厳しい表情を崩さない。「喜ぶのは早いですよ。それは、あなたの才能の、ほんの入り口に過ぎません」
その日から、本格的な魔法修練の日々が始まった。
最初の数日は、ただ炎を灯し、消すことの繰り返し。次に、炎の大きさを自在に変える訓練。一週間も経つ頃には、エリアナは複数の炎の鳥を同時に生み出し、複雑な軌道で飛ばせるようになっていた。その成長速度は、師であるレンですら目を見張るほどだった。
数週間後。エリアナが、訓練の総仕上げとして放った炎の矢が、百メートル先の的のど真ん中を正確に射抜いた時、レンは初めて穏やかな笑みを向けた。
「素晴らしい才能です。では、次の段階へ進みましょう。あなたの力を実践で試すための、模擬戦です」
エリアナは、自信に満ちた顔で頷くと、一つの提案をした。「はい! あの…もしよろしければ、ルシアンにも参加してもらえませんか? 私、彼に見せたいんです。今の私の力を」
レンは、少し考える素振りを見せた後、承諾した。(星の子の実力…私も見てみたいですからね)
◇
一方、ルシアンは大賢者の指導のもと、【星見の瞳】の本格的な訓練を重ねていた。
「ただ見るでない、星の子よ。聞くのじゃ。大地が何を欲し、木々が何を歌っておるのかを」
大賢者に促され、ルシアンは瞳を閉じ、意識を研ぎ澄ます。最初の数日、彼の脳内に流れ込んでくるのは、ただ混乱したマナの奔流だけだった。しかし、一週間が経つ頃には、彼はその流れの中から、乾いた土の、水を求めるかすかな呻きや、若木の、陽の光を求める喜びの歌といった、個別の「声」を聞き分けられるようになっていった。
彼がその声に応えるように、そっと【星命創造】の力を向けると、奇跡が起きた。
これまでのように、直接触れる必要はなかった。彼の意志だけで、数十メートル離れた場所にある若木が芽吹き、泉から分かれた小さな小川が、乾いた畑へとその流れを変えたのだ。
(触れなくても、力が届く…! しかも、前よりずっと少ない消耗で…)
マナとの「対話」は、彼の力の可能性を、新たな次元へと飛躍させた。
ルシアンの成長を確かめるため、大賢者は彼を一本の枯れ木の前へ連れて行く。「この木の声を聞いてみよ」
ルシアンは、その枯れ木と対話し、その内部に、たった一つだけ眠っている小さな種を見つけ出すと、その種にだけマナを注ぎ、枯れた幹から一本の若々しい芽を芽吹かせてみせた。
その光景に満足げに頷いた大賢者は、宝物庫から一つの古びた剣の柄を取り出した。
「これは、遥か昔からこのルナリアに保管されてきたもの。しかし、どんな名工が打った刀身とも合わず、どんな金属とも馴染まなかった。誰も使うことができなんだ、ただの柄よ。だが、星の子たる汝になら、あるいは…」
ルシアンが、柄とマナとの対話を試みる。すると、柄の奥底から、永い渇きに苦しむような、微かな声が聞こえた。星の息吹(マナ)を求める、魂の声が。
ルシアンが、その声に応えるように、自身のマナを静かに流し込むと――柄が、まばゆい光の奔流を放った! 光は、ルシアンの手の中で収束し、星の光そのものを固めたような、半透明で美しい光の剣身を形作る。それは、まるで宇宙の静寂を切り取ったかのように、静かな音楽を奏でていた。ルシアンが意識を向けると、光の剣身はすうっと消え、再び念じると、瞬時に現れる。自在に出し入れが可能だった。
それまで静かに成り行きを見守っていた大賢者の、常に全てを見通しているかのような瞳が、初めて、純粋な驚愕に見開かれた。
◇
数日後、シルヴァンヘイムの訓練場に、三人と一匹の姿があった。
第一戦:レン vs エリアナ
「始めます!」
レンの宣言と共に、まずは師弟による模擬戦が開始された。
「行けっ!」
エリアナが両手を突き出すと、二羽の炎の鳥が、複雑な軌道を描きながらレンに襲いかかる。レンは、それを風の魔術で作り出した気流で、軽くいなす。
「素晴らしい軌道です。ですが、動きが単調ですよ!」
風の刃が、エリアナの頬を掠める。エリアナは即座に炎の壁を展開して身を守り、さらに追撃の炎の矢を放った。
数週間の修練の成果は、確かに現れていた。しかし、ルナリア有数の魔法の使い手であるレンとの実力差は、まだ大きい。
「素晴らしい。ですが、まだ実戦では足りませんね」
レンが杖を軽く振るうと、突風がエリアナの足元を払い、彼女は体勢を崩して尻餅をついた。
第二戦:レン vs ネロ
「次」と、レンはネロの前に立つ。「あなたの番ですよ、小さな守護者さん」
しかし、戦闘が始まっても、レンは構えたまま動かない。その目は真剣そのもので、一切のブレなく、ただネロの一点だけを射抜くように見つめている。
(可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い触りたい可愛い可愛い可愛い……!)
その、あまりにも純粋で、しかし殺気にも似た強すぎる「圧」に、ネロは本能的な恐怖を感じ、シュバッと音を立ててエリアナの後ろに逃げ込んでしまった。
第三戦:レン vs ルシアン
気を取り直したレンが、最後にルシアンと対峙する。「では、星の子。あなたの力、見せてもらいましょう」
「始め!」
合図と共に、レンは最大級の風の魔術を放った。無数の風の刃が、嵐のようにルシアンを襲う。
しかし、ルシアンは動かない。ただ静かに、その場に佇んでいるだけ。
(なぜ、動かない!?)
レンがそう思った瞬間、風の刃は、まるでそこだけ時空が歪んだかのように、ルシアンの体を避けて通り過ぎていった。
【星見の瞳】で魔力の流れを完璧に読み切り、最小限の動きで全てを回避していたのだ。
「…っ、ならば!」
レンは、さらに魔力を高め、ルシアンの全方位を囲む、風の牢獄を編み上げた。
だが、ルシアンは静かに光の剣を抜き放つと、牢獄が完成する、まさにその寸前、魔力が集束する一点を、軽く突いた。
パリン、とガラスが割れるような音を立てて、レンの魔術は霧散した。
次の瞬間、ルシアンの姿が消えた。
「しまっ…!」
レンが背後に気配を感じた時には、全てが終わっていた。抜き放たれた光の剣が、彼女の首筋、寸前のところで、ピタリと止められていた。
「…参りました」
レンが、震える声で呟く。完膚なきまでに敗北した。だが、彼女の心を満たしたのは、悔しさではなかった。
ルシアンは、剣を収めると、彼女に手を差し伸べた。
「あなたの風は、とても綺麗だった。だけど、その流れが、俺には見えてしまった」
その、あまりにも絶対的で、美しく、そしてどこまでも実直な強さ。そして、敗者にかける、その優しい言葉。
レンは、差し出された彼の手を取りながら、自分の心が、これまで感じたことのない熱を帯びていくのを感じていた。
その光景を、エリアナは少し離れた場所から見ていた。(…ん?)彼女は、小さく首を傾げる。レンの、ルシアンを見つめるその瞳。それは、ただの敗者が勝者に向ける、悔しさや賞賛の眼差しとは、どこか違う、熱っぽい何かが宿っているように見えたのだ。
◇
大賢者の間。
大賢者は、二人の成長を認め、ルナリアでの修練の完了を告げる。そして、餞別として、一枚の葉の形をしたブローチをルシアンに手渡した。「それは『シルヴァンの道標』。それを持つ者は、いつでも『嘆願の道』を通り、我らの都を訪れることができる。また、いつでも参れ」
「ありがとうございます、大賢者様。このご恩は、決して忘れません」
「本当にお世話になりました」
ルシアンとエリアナが深々と頭を下げ、アステリアへと帰還の途につこうとした、その時だった。
ドドドドドドッ!
静謐な大樹の通路に、何かが凄まじい勢いで走ってくる音が響き渡る。
「はぁ…っ、はぁ…! ま、待ちなさい!」
息を切らし、肩で大きく息をしながら、旅支度を整えたレンが駆けつけた。
「私も行きます!」
驚く二人に、彼女は毅然と言い放つ。「エリアナの才能は、まだ開花の途上。…はぁ…師として、その成長を最後まで見届ける責任があります。これは、大賢者様の弟子としての、私の…っ、『任務』です」
(待って、待って! このまま行かせちゃダメ! あの強さ、あの眼差し…考えただけで、胸が…っ。そ、それに、あのもふもふの黒い玉! あんな可愛い生き物を、このまま野に放っていいわけがない! そうよ、エリアナ! 彼女の修行はまだ途中…これは師としての責任! 決して、ルシアンの隣にもう少しいたいとか、ネロを毎日撫でたいとか、そんな邪な気持ちじゃないんだから!)
その、あまりにも必死な形相に、エリアナは小さく首を傾げる。
(『任務』、ねぇ…。さっきルシアンを見ていた時の、あの顔。絶対、それだけじゃない…)
大賢者は、全てを見透かしたように、面白そうに笑ってそれを許可した。
こうして、ルシアン、エリアナ、そして、建前と本音を胸に秘めた新たな同行者レンという、三人(と一匹)が、アステリアへと帰還する。
レンの指導のもと、彼女は枷から解放された力で、初めて自分の意志で魔法を使う。
「怖がらないで。ただ、心に浮かべるのです。あなたが、本当に創りたいものを」
エリアナは、静かに目を閉じ、集中する。彼女がそっと手のひらを差し出すと、そこに生まれたのは、以前のような不安定な光の玉ではない。まるで生きているかのように、美しく、そして力強く燃え盛る、一羽の「炎の鳥」だった。
エリアナは、自分のイメージ通りに、炎の鳥を意のままに空中で舞わせる。その光景に、彼女自身が一番驚き、そして涙ぐんだ。
「…できた…私にも、できた…!」
レンは、その規格外の才能の開花に驚嘆しつつも、厳しい表情を崩さない。「喜ぶのは早いですよ。それは、あなたの才能の、ほんの入り口に過ぎません」
その日から、本格的な魔法修練の日々が始まった。
最初の数日は、ただ炎を灯し、消すことの繰り返し。次に、炎の大きさを自在に変える訓練。一週間も経つ頃には、エリアナは複数の炎の鳥を同時に生み出し、複雑な軌道で飛ばせるようになっていた。その成長速度は、師であるレンですら目を見張るほどだった。
数週間後。エリアナが、訓練の総仕上げとして放った炎の矢が、百メートル先の的のど真ん中を正確に射抜いた時、レンは初めて穏やかな笑みを向けた。
「素晴らしい才能です。では、次の段階へ進みましょう。あなたの力を実践で試すための、模擬戦です」
エリアナは、自信に満ちた顔で頷くと、一つの提案をした。「はい! あの…もしよろしければ、ルシアンにも参加してもらえませんか? 私、彼に見せたいんです。今の私の力を」
レンは、少し考える素振りを見せた後、承諾した。(星の子の実力…私も見てみたいですからね)
◇
一方、ルシアンは大賢者の指導のもと、【星見の瞳】の本格的な訓練を重ねていた。
「ただ見るでない、星の子よ。聞くのじゃ。大地が何を欲し、木々が何を歌っておるのかを」
大賢者に促され、ルシアンは瞳を閉じ、意識を研ぎ澄ます。最初の数日、彼の脳内に流れ込んでくるのは、ただ混乱したマナの奔流だけだった。しかし、一週間が経つ頃には、彼はその流れの中から、乾いた土の、水を求めるかすかな呻きや、若木の、陽の光を求める喜びの歌といった、個別の「声」を聞き分けられるようになっていった。
彼がその声に応えるように、そっと【星命創造】の力を向けると、奇跡が起きた。
これまでのように、直接触れる必要はなかった。彼の意志だけで、数十メートル離れた場所にある若木が芽吹き、泉から分かれた小さな小川が、乾いた畑へとその流れを変えたのだ。
(触れなくても、力が届く…! しかも、前よりずっと少ない消耗で…)
マナとの「対話」は、彼の力の可能性を、新たな次元へと飛躍させた。
ルシアンの成長を確かめるため、大賢者は彼を一本の枯れ木の前へ連れて行く。「この木の声を聞いてみよ」
ルシアンは、その枯れ木と対話し、その内部に、たった一つだけ眠っている小さな種を見つけ出すと、その種にだけマナを注ぎ、枯れた幹から一本の若々しい芽を芽吹かせてみせた。
その光景に満足げに頷いた大賢者は、宝物庫から一つの古びた剣の柄を取り出した。
「これは、遥か昔からこのルナリアに保管されてきたもの。しかし、どんな名工が打った刀身とも合わず、どんな金属とも馴染まなかった。誰も使うことができなんだ、ただの柄よ。だが、星の子たる汝になら、あるいは…」
ルシアンが、柄とマナとの対話を試みる。すると、柄の奥底から、永い渇きに苦しむような、微かな声が聞こえた。星の息吹(マナ)を求める、魂の声が。
ルシアンが、その声に応えるように、自身のマナを静かに流し込むと――柄が、まばゆい光の奔流を放った! 光は、ルシアンの手の中で収束し、星の光そのものを固めたような、半透明で美しい光の剣身を形作る。それは、まるで宇宙の静寂を切り取ったかのように、静かな音楽を奏でていた。ルシアンが意識を向けると、光の剣身はすうっと消え、再び念じると、瞬時に現れる。自在に出し入れが可能だった。
それまで静かに成り行きを見守っていた大賢者の、常に全てを見通しているかのような瞳が、初めて、純粋な驚愕に見開かれた。
◇
数日後、シルヴァンヘイムの訓練場に、三人と一匹の姿があった。
第一戦:レン vs エリアナ
「始めます!」
レンの宣言と共に、まずは師弟による模擬戦が開始された。
「行けっ!」
エリアナが両手を突き出すと、二羽の炎の鳥が、複雑な軌道を描きながらレンに襲いかかる。レンは、それを風の魔術で作り出した気流で、軽くいなす。
「素晴らしい軌道です。ですが、動きが単調ですよ!」
風の刃が、エリアナの頬を掠める。エリアナは即座に炎の壁を展開して身を守り、さらに追撃の炎の矢を放った。
数週間の修練の成果は、確かに現れていた。しかし、ルナリア有数の魔法の使い手であるレンとの実力差は、まだ大きい。
「素晴らしい。ですが、まだ実戦では足りませんね」
レンが杖を軽く振るうと、突風がエリアナの足元を払い、彼女は体勢を崩して尻餅をついた。
第二戦:レン vs ネロ
「次」と、レンはネロの前に立つ。「あなたの番ですよ、小さな守護者さん」
しかし、戦闘が始まっても、レンは構えたまま動かない。その目は真剣そのもので、一切のブレなく、ただネロの一点だけを射抜くように見つめている。
(可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い触りたい可愛い可愛い可愛い……!)
その、あまりにも純粋で、しかし殺気にも似た強すぎる「圧」に、ネロは本能的な恐怖を感じ、シュバッと音を立ててエリアナの後ろに逃げ込んでしまった。
第三戦:レン vs ルシアン
気を取り直したレンが、最後にルシアンと対峙する。「では、星の子。あなたの力、見せてもらいましょう」
「始め!」
合図と共に、レンは最大級の風の魔術を放った。無数の風の刃が、嵐のようにルシアンを襲う。
しかし、ルシアンは動かない。ただ静かに、その場に佇んでいるだけ。
(なぜ、動かない!?)
レンがそう思った瞬間、風の刃は、まるでそこだけ時空が歪んだかのように、ルシアンの体を避けて通り過ぎていった。
【星見の瞳】で魔力の流れを完璧に読み切り、最小限の動きで全てを回避していたのだ。
「…っ、ならば!」
レンは、さらに魔力を高め、ルシアンの全方位を囲む、風の牢獄を編み上げた。
だが、ルシアンは静かに光の剣を抜き放つと、牢獄が完成する、まさにその寸前、魔力が集束する一点を、軽く突いた。
パリン、とガラスが割れるような音を立てて、レンの魔術は霧散した。
次の瞬間、ルシアンの姿が消えた。
「しまっ…!」
レンが背後に気配を感じた時には、全てが終わっていた。抜き放たれた光の剣が、彼女の首筋、寸前のところで、ピタリと止められていた。
「…参りました」
レンが、震える声で呟く。完膚なきまでに敗北した。だが、彼女の心を満たしたのは、悔しさではなかった。
ルシアンは、剣を収めると、彼女に手を差し伸べた。
「あなたの風は、とても綺麗だった。だけど、その流れが、俺には見えてしまった」
その、あまりにも絶対的で、美しく、そしてどこまでも実直な強さ。そして、敗者にかける、その優しい言葉。
レンは、差し出された彼の手を取りながら、自分の心が、これまで感じたことのない熱を帯びていくのを感じていた。
その光景を、エリアナは少し離れた場所から見ていた。(…ん?)彼女は、小さく首を傾げる。レンの、ルシアンを見つめるその瞳。それは、ただの敗者が勝者に向ける、悔しさや賞賛の眼差しとは、どこか違う、熱っぽい何かが宿っているように見えたのだ。
◇
大賢者の間。
大賢者は、二人の成長を認め、ルナリアでの修練の完了を告げる。そして、餞別として、一枚の葉の形をしたブローチをルシアンに手渡した。「それは『シルヴァンの道標』。それを持つ者は、いつでも『嘆願の道』を通り、我らの都を訪れることができる。また、いつでも参れ」
「ありがとうございます、大賢者様。このご恩は、決して忘れません」
「本当にお世話になりました」
ルシアンとエリアナが深々と頭を下げ、アステリアへと帰還の途につこうとした、その時だった。
ドドドドドドッ!
静謐な大樹の通路に、何かが凄まじい勢いで走ってくる音が響き渡る。
「はぁ…っ、はぁ…! ま、待ちなさい!」
息を切らし、肩で大きく息をしながら、旅支度を整えたレンが駆けつけた。
「私も行きます!」
驚く二人に、彼女は毅然と言い放つ。「エリアナの才能は、まだ開花の途上。…はぁ…師として、その成長を最後まで見届ける責任があります。これは、大賢者様の弟子としての、私の…っ、『任務』です」
(待って、待って! このまま行かせちゃダメ! あの強さ、あの眼差し…考えただけで、胸が…っ。そ、それに、あのもふもふの黒い玉! あんな可愛い生き物を、このまま野に放っていいわけがない! そうよ、エリアナ! 彼女の修行はまだ途中…これは師としての責任! 決して、ルシアンの隣にもう少しいたいとか、ネロを毎日撫でたいとか、そんな邪な気持ちじゃないんだから!)
その、あまりにも必死な形相に、エリアナは小さく首を傾げる。
(『任務』、ねぇ…。さっきルシアンを見ていた時の、あの顔。絶対、それだけじゃない…)
大賢者は、全てを見透かしたように、面白そうに笑ってそれを許可した。
こうして、ルシアン、エリアナ、そして、建前と本音を胸に秘めた新たな同行者レンという、三人(と一匹)が、アステリアへと帰還する。
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