星を継ぐ少年 ~祈りを受け継ぎし救世主、星命創造の力で世界を変え、星の危機に挑む~

cocososho

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飛躍篇

第二十八話:決闘の代償

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シルベリア王国の王都。その一角に、ボーモン侯爵家は、まるで王城の一部であるかのように、壮麗な屋敷を構えていた。

その主、レジナルド・ボーモンは、執務室で一通の手紙に目を通していた。差出人は、彼の甥、アルバート。ドゥヴェリュー男爵家に婿入りした、実の弟の息子からだった。

レジナルドは、その稚拙で、自慢と侮蔑に満ちた文章を読み進めるうちに、内心で深いため息をついた。
(…どこまでも詰めの甘い男だ。ただの視察で、私的な決闘騒ぎを起こすとは)

彼は、アステリアの急成長の報告を、既に独自のルートで掴んでいた。
(貧民街のヴァレリウス、クロスロードのギデオン…我が嫡男、ユリウスが家督を継いだ後の、安定した「収益源」とするために、長年かけて育ててきた駒が、立て続けに潰された。その背後に、このアステリアと「ルシアン」という名の、魔力を持たない銀髪の少年がいることも)

レジナルドにとって、弱者とは搾取するための存在に過ぎない。アステリアは、その搾取の対象となるはずの「あぶれ者」どもを集め、自立させようとしている。それは、ボーモン家が未来に得るはずだった莫大な利権を、根底から脅かす存在だった。

だが、とレジナルドは口の端を吊り上げた。アルバートの愚行は、むしろ好機と言えた。
(決闘で負けることなど、万に一つもありえん。弟のところの騎士団長は、腕は立つ。念のため、魔法を封じる魔道具も貸し与えておけば、あの小娘がどれほどの才能を秘めていようと、赤子の手をひねるようなもの)

彼の頭の中では、既に完璧な筋書きが完成していた。
まず、決闘で圧勝する。そして、約束通り、あの生意気な女を手に入れる。
長であるルシアンとかいう小僧は、民の前で仲間を奪われ、さぞ悔しがることだろう。そこで、アルバートがその女をダシに、挑発を繰り返すのだ。
辺境の、血気盛んな若造だ。必ず、その挑発に乗って手を出してくる。

(貴族に刃向かった、その瞬間が奴の終わりだ。クロスロードも、公式な決闘の結果と、その後の『暴挙』には口出しできまい。アステリアを王国への反逆者として断罪し、攻め入る大義名分が、これで立つ)

彼は、アルバートの幼稚な「余興」に、喜んで参加の返事を書くことにした。
全ては、ボーモン家の、そして自らの野望のために。レジナルドは、ペンを手に取ると、上質な羊皮紙に、流麗な文字を走らせ始めた。



決闘当日。王都の中央演習場は、貴族たちのための私的な舞台と化していた。観覧席には、ふんぞり返って座るアルバートと、その隣で静かに戦場を見下ろす、父であるドゥヴェリュー男爵。そして、その招待を受け、現ボーモン家当主であるレジナルド侯爵も、表情の読めない顔で席に着いていた。

決闘場に現れたのは、歴戦の風格を漂わせる、ドゥヴェリュー家の私兵騎士団長だった。その屈強な体躯は鋼の鎧に包まれ、手にした剣は幾多の戦場を潜り抜けてきたであろう凄みを放っている。そして、その左腕には、魔力の流れを阻害するという、高価な魔道具の腕輪が鈍い光を放っていた。

対するエリアナは、レンが王都で用意した、魔力伝導率の高い白樺の杖を手に、静かに相手を見据える。その姿は、あまりにも華奢で、場違いに見えた。

「始め!」

開始の合図と共に、騎士団長は即座に魔道具を発動させた。彼の腕輪から、目には見えない不協和音のような波動が放たれる。
「行けっ!」
エリアナは、修練の成果である炎の鳥を創ろうとする。しかし、練り上げた魔力が、杖の先で形を結ぶ前に霧散し、小さな火花となって消えてしまった。

(この感覚…! まるで、あの『枷』がまだ体にあるみたい…!)

以前の自分が感じていた、あの忌まわしい閉塞感。その記憶が、エリアナの心に一瞬の動揺を生んだ。
「小娘が!」
好機と見た騎士団長が、一気に距離を詰めてくる。エリアナは、咄嗟に後方へ飛び退き、その鋭い剣戟を紙一重で躱した。

観客席で、ルシアンはその光景を【星見の瞳】で捉えていた。
彼の視界には、騎士団長の腕輪から放たれる、澱んだ黒い魔力の波紋が、エリアナの周りのマナの流れを乱し、彼女の魔法を霧散させていく様が、はっきりと見えていた。
「レンさん」と、ルシアンは隣に座るレンに静かに告げた。「あの腕輪…エリアナの中にあった魔道具と、同じ類のものです」

その言葉に、レンの表情が、怒りで氷のように凍りついた。

決闘場では、エリアナが防戦一方に追い込まれていた。動揺から、さらに魔法が安定しない。
その、焦る彼女の脳裏に、レンの厳しい声が響く。
『冷静になりなさい。敵は常に、あなたの想定通りには動かない。まず、生き残ることだけを考えなさい!』

エリアナは、一度大きく息を吸うと、攻撃を完全に諦め、回避に専念した。騎士団長の剣は重く、速い。だが、レンとの過酷な模擬戦を経験した彼女の目には、その軌道がはっきりと見えていた。
彼女は、ひたすら踊るように剣戟を躱し続け、距離を保つ。魔力が封じられた今、彼女に勝ち筋は見えない。だが、その瞳から、もう焦りの色は消えていた。
このままでは、じり貧だ。誰もがそう思った。しかし、エリアナの心の中では、静かに、反撃の炎が燃え上がろうとしていた。



防戦一方のエリアナ。騎士団長の重い剣戟が、彼女の体力を確実に削っていく。
「どうした、小娘! その程度の火遊びが貴様の魔法か! 終わりだ!」
騎士団長は、勝利を確信した笑みを浮かべ、さらに猛攻を仕掛ける。

エリアナの脳裏に、ある記憶が蘇っていた。
(この感覚…魔力が乱されて、うまく形にならない…。まるで、あの『枷』がまだ体にあるみたい…)

その時、彼女は気づいた。
ルナリアで枷を付けられていた時も、レンとの修練で感情が昂った時も、魔法は発動した。正常なルートが塞がれているのなら、別の道を通るしかない。
(そうか…私の力は、いつも、心の叫びに答えてくれた…!)

観客席のレンが、その気配の変化を敏感に感じ取る。
「まさか…! エリアナ、やめなさい! 今のあなたに、あの力は制御できない!」

しかし、レンの叫びは、もうエリアナには届いていなかった。
彼女は、意を決した。制御が効かなくなるかもしれない、危険な賭け。だが、これしか、勝つ方法はない。
エリアナは、瞳を閉じた。脳裏に、アステリアで受けたアルバートからの侮蔑の言葉、そして、自分を「忌み子」として捨て、その存在すらもみ消そうとしたであろう、ボーモン家への静かな怒りを燃え上がらせる。

ゴオオオオオ…!
彼女の足元から、空気が揺らめくほどの熱が発生し、魔力が渦を巻いていく。

「おおおおおおっ!」

感情の爆発と共に、エリアナの全身から、これまでにないほどの膨大な魔力が溢れ出す。魔道具の阻害を、魂の奔流が無理やりこじ開ける。
彼女の背後に現れたのは、もはや炎の鳥などではない。演習場の空を覆い尽くすほどの巨大な翼を持つ、荒ぶる巨鳥の形をした、太陽そのものだった。

「な…なんだ、あれは…!?」
歴戦の騎士団長ですら、その神話のごとき光景に、本能的な恐怖で体が凍りついた。熱波が鎧を灼き、呼吸すらままならない。
(勝てぬ…! あんなもの、人間が相手にしていい力ではない!)
彼は、あまりの格の違いに絶望し、ただその身が焦がされるのを待つしかなかった。

太陽の巨鳥が、騎士団長に裁きを下さんと急降下する、まさにその寸前。
ズンッッ!
突如、騎士団長の足元から、巨大な土壁が、天を衝くかのように出現した。

ドゴォォォンッ!!

太陽の巨鳥が土壁に激突し、凄まじい爆発音と共に、壁は粉々に砕け散った。そのおかげで騎士団長は無傷だった。しかし、彼の心は、完全に折れていた。カラン、と乾いた音を立てて、手から剣が滑り落ちる。彼は、ただ呆然と、その場に膝から崩れ落ちた。

勝負は、決した。



静まり返った演習場。その中央で、エリアナは、まだ魔力の余韻で揺らめく陽炎の向こうに、膝をついた騎士団長を見下ろしていた。

観客席では、二人の男が、それぞれの驚愕に支配されていた。
アルバートは、そのあり得ない光景に、ただ顎が外れんばかりに唖然としている。
(馬鹿な…あんな紛い物の炎が、これほどの威力だと…? それに、我が騎士団長が、あの小娘一人に、負けた…?)
見下していた相手からの、想像を絶する一撃。そして、絶対の信頼を置いていた部下の、完膚なきまでの敗北。二つの信じがたい事実が、彼のちっぽけなプライドを粉々に打ち砕いていた。

一方、その隣に立つレジナルド・ボーモン侯爵の驚愕は、質が違った。
あの輝き、あの色、あの熱量。間違いなく、ボーモン家に代々受け継がれてきた、『太陽の炎』。
彼の脳裏に、十数年前の、封印したはずの記憶が鮮明に蘇る。

――第二夫人が産んだ、赤子。生まれた直後に、その揺り籠を太陽そのもののような魔力で包み込み、王宮の魔術師たちを震撼させた、あの娘。
当時、正室である第一夫人は、涙ながらに彼に訴えた。「あの子の力は、あまりに強すぎます。このままでは、先に生まれた我が子、ユリウスの立場が…」と。
だが、レジナルドを真に戦慄させたのは、別の事実だった。あの赤子の魔力量は、嫡男ユリウスどころか、自分自身をも遥かに凌駕していたのだ。
能力こそが全てのボーモン家において、自らの立場すら脅かしかねない、規格外の才能。それは、彼にとって祝福ではなく、排除すべき脅威でしかなかった。
レジナルドは、非情な決断を下した。赤子のこめかみに、その力を永遠に封じ込めるための魔道具を埋め込ませ、そして、第二夫人もろとも、「不慮の事故」を装って、歴史の闇に葬り去ったはずだった。

(まさか…あの時の娘か…!? 封印したはずでは…生きていたというのか…!)

エリアナは、杖を地面に突き立てると、観客席のアルバートを高らかに見据えた。
「勝負はつきました。アルバート様、私と、アステリアの民への非礼を、今ここで詫びていただきます」

その言葉に、アルバートは屈辱に顔を歪ませるが、隣に座る侯爵の、氷のような視線に気づき、逆らうことはできなかった。彼は、震える足で立ち上がると、決闘場に降り立ち、エリアナの前に、不本意ながらも膝をついた。
「…申し訳、なかった」

エリアナは、その姿を一瞥すると、静かに言い放つ。
「二度と、アステリアに近づかないでください」
彼女は、そう言い残し、ルシアンたちの元へと去っていく。

一人残されたアルバートは、立ち上がると、その顔を憎悪に満ちた表情で歪めていた。
(殺す…あの女…)

一方、レジナルドは、静かにその場を立ち去るエリアナの後ろ姿を、冷徹な瞳で見つめていた。
(生きていたか、あの娘が。そして、あの忌まわしき封印を解き放ち、これほどの力を…。まずい。非常に、まずい)
彼の心に宿ったのは、アルバートのような幼稚な憎悪ではない。
(あの忌み子が生きていると知れれば、私の計画に支障が、いや、そればかりか、この私自身が…)
自らの地位と過去の罪が暴かれることへの、底知れぬ恐怖。
(二度と過ちは犯さん。今度こそ、完全に息の根を止めてくれる)
それは、自らの保身のためだけに、静かに、そして確実に標的を仕留めるための、氷のように冷たい殺意だった。

エリアナは、自らの手で勝利を掴み取った。
しかし、ボーモン家という、一人は公然と憎悪を燃やし、もう一人は静かに暗殺の刃を研ぐ、二つの歪んだ執着を、その身に引き受けてしまった瞬間でもあった。
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