星を継ぐ少年 ~祈りを受け継ぎし救世主、星命創造の力で世界を変え、星の危機に挑む~

cocososho

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飛躍篇

第二十九話:仕組まれた晩餐

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王都、ボーモン侯爵家の応接室。その空気は、氷のように冷え切っていた。
上座に座るレジナルド・ボーモン侯爵の視線を受け、彼の弟であるドゥヴェリュー男爵と、その息子アルバートは、まるで罪人のように床に膝をついていた。

「…この無様な醜態、よくもボーモン家の名に泥を塗ってくれたな」

レジナルドの、静かで、しかし底冷えのする声が響き渡る。
「責任は、どう取るつもりだ?」

「も、申し訳ありません、兄上…!」
男爵は、ひたすら頭を下げ続ける。その隣で、アルバートは屈辱に顔を歪め、震える声で叫んだ。
「申し訳ありません、伯父上! ですが、次は必ず…! あの女を、この手で!」

レジナルドは、その言葉を鼻で笑うと、テーブルの上に、一つの豪奢な首飾りを置いた。中央には、闇を吸い込んだかのような、黒い宝石が嵌め込まれている。
「ならば、これを使え。これは魔力を吸収するものだ。うまく使え」

レジナルドは、アルバートに告げる。
「あの女を呼び出し、これを使い、殺してしまえ。後のことは、私が『事故』として処理してやる。安心しろ」

その言葉を、アルバートは額面通りに受け取った。伯父が、自分の復讐に力を貸してくれるのだと。
「ははっ! ありがとうございます、伯父上! 必ずや、この手で!」
彼は、ありがたく魔道具を受け取ると、歪んだ笑みを浮かべた。ドゥヴェリュー男爵もまた、安堵の表情で深く頭を下げる。

二人が恭しく退出した後、レジナルドは一人、執務室に残った。
(全く馬鹿なやつめ…視察も碌に出来ないばかりか、失態まで犯すとは。だが、まぁよい。お前の命ごと利用させてもらおう)

彼は、これから起こるであろう光景を、愉悦と共に思い浮かべた。
アルバートが、あの女を誘い出し、戦いを挑む。女の強大な魔力を、首飾りが限界まで吸収した時、それは凄まじい爆発を引き起こすだろう。あの愚かな甥も、生意気な小娘も、二人まとめて塵となって消える。

(そして、それを『辺境の民による、王国貴族襲撃事件』として、私が王家に報告する。激昂したアルバートが、自らの命と引き換えに、反逆者を道連れにした、とな。そうすれば、クロスロードも黙るしかない。アステリアを完全に殲滅するための、大義名分が立つ)

全てが、完璧な筋書きだった。
ただ、ふと、彼の脳裏に一つの些細な事実がよぎった。
(…そういえば、あの魔道具にまだ刻印がついたままだったな…まぁ良い。どうせ塵となって消えるのだから)
レジナルドは、その小さな懸念を、すぐに思考の隅へと追いやった。



その頃、王都の一角にある宿屋の一室。
ルシアン、エリアナ、レン、そしてネロは、静かに、しかし緊張感に満ちた中で、今後の対策を練っていた。

「このまま、すんなり終わるとは思えない」
ルシアンが、重い口調で切り出した。「決闘で、エリアナの強大な魔法を見てしまった以上、ボーモン家が黙っているはずがない。必ず、エリアナを消しに来るはずだ」

レンも、厳しい表情で頷く。
「ええ。あの決闘で見た、一番偉そうだった男…おそらく、あれがボーモン家の当主でしょう。感じた魔力は強大でしたが、それ以上に、底の知れない冷徹さを感じました。アルバートのような、分かりやすい悪党とは違う」

「じゃあ、どうするの…?」
エリアナが、不安げに問いかける。

「だからこそ、逆手に取る」
ルシアンは、仲間たちを見回した。「奴らが仕掛けてくるなら、その舞台の上で、俺たちが踊ってやればいい。今から、作戦を説明する」
彼の声には、絶対的な自信が宿っていた。

数日後。ルシアンの予測通り、アルバートからエリアナの元へ、一通の招待状が届けられた。上質な羊皮紙に、流麗な文字でこう綴られている。

・・・・・・・・
エリアナ様

先日の非礼、心よりお詫び申し上げます。
つきましては、改めて謝罪の意を表し、今後の我々の関係について、穏やかにお話し合いの場を設けていただきたく存じます。
ささやかながら、晩餐の席をご用意いたしましたので、ぜひお越しいただきたく。

アルバート・ド・ドゥヴェリュー
・・・・・・・・

「…来たわね」
エリアナは、その見え透いた罠に、静かに呟く。
彼女は、ルシアンの言葉を信じ、すぐに承諾の返事を書いた。

そして、約束の夜。
エリアナは、少し大きめのショルダーバッグを肩にかけると、心配そうに見送るルシアンとレンに向き直った。
ルシアンは、ただ一言、力強く頷く。
「任せておけ」

その言葉を胸に、エリアナは一人、敵の巣窟へと向かった。



アルバートの屋敷は、貧民街の喧騒が嘘のような、静かで壮麗な地区に建っていた。
豪華な食事と、お詫びの証として贈られる高価な宝飾品の数々。エリアナは、アルバートの丁重なもてなしを、穏やかな笑みで受け流していた。表面上は、友好的なやり取りが続く。

食事が終わる頃、アルバートは「ぜひ、見せたいものがある」と、エリアナを地下へと誘った。
「我が家に代々伝わる、美しい絵画がありましてね。あなたに、ぜひ見ていただきたい」

長い廊下を抜け、冷たい空気が漂う石の階段を、二人きりで降りていく。
「ずいぶん、深くまで行くのね」
エリアナが、訝しげに尋ねる。
「ああ、なにぶん、貴重なものですからな。厳重に保管しているのです」
アルバートは、そう言って、意味ありげに笑った。

たどり着いたのは、重厚な鉄の扉の前だった。アルバートが鍵を開け、扉を押し開ける。
「さあ、どうぞ」
彼は、エリアナを先に通すように、恭しく手を差し伸べた。
扉の奥は、薄暗く、だだっ広い石造りの倉庫だった。壁には、何の装飾もかかっていない。

エリアナが、その異様さに気づき、アルバートの方へ振り返った、その瞬間だった。
ゴォッ!
背後から、灼熱の炎の球が、彼女を襲った。

間一髪、エリアナが横へ飛び退くと、炎の球は彼女が立っていた場所の壁に激突し、爆散した。
振り返った彼女の目に映ったのは、憎悪の表情でこちらを見つめる、アルバートの歪んだ顔だった。その首元には、レジナルドから渡された、不気味な黒い宝石の首飾りが、鈍い光を放っている。

「私もボーモンの血を引く者。貴様のような紛い物とは違う! ここで死ね!」

アルバートが次々と魔法を放つ。エリアナは、咄嗟に炎の壁を展開するが、彼の首元の魔道具に全て吸収され、霧散してしまう。
「また、魔道具ね…」
彼女は、半ば想定していたかのように呟くと、素早く肩にかけていたショルダーバッグを地面に置き、戦闘態勢を取った。

アルバートは、攻撃の勢いを増し、次々と魔法を放ってくる。エリアナは、防戦に徹し、ひたすらその攻撃を躱し続ける。
(ただ守っているだけじゃ、ジリ貧になる…! どこかに、必ず隙があるはず…!)
彼女は、騎士団長の剣戟を思い出しながら、冷静に相手の動きを観察する。そして、アルバートの魔法の合間に生まれた、ほんの一瞬の隙を突いた。
「そこっ!」
エリアナの手のひらに、極限まで密度を高めた、槍のような鋭い炎が形成される。しかし、その一撃もまた、魔道具の黒い宝石へと、むなしく吸い込まれていった。その後も隙を見ては高密度の魔法で攻撃を繰り返すが、同じことの繰り返しだった。

数分が経過した頃、アルバートの首元の魔道具が、チカッ、と一度、強く明滅した。
「な…なんだ、これは…?」
アルバートも、その異常な反応に一瞬、動きを止める。明滅は、次第にその間隔を短くしていった。

その、一瞬の隙。
「――今よ!」

エリアナの叫び声に応え、ショルダーバッグから、黒い弾丸のようにネロが飛び出した!
動揺するアルバートが放った魔法を、ネロは紙一重で躱しながら、その足元に鋭い爪を叩き込む。体勢を崩したアルバートは、無様に床へと転がった。



エリアナは、転倒したアルバートに追い打ちをかけるように、杖の先を向けた。
「観念なさい!」

しかし、アルバートはまだ諦めていなかった。彼は、憎悪に顔を歪ませながら、最後の悪態をつく。
「くそっ、化け物め…!」

その言葉を合図にしたかのように、彼の首元で激しく明滅していた魔道具が、ひときわ強い光を放った。限界まで吸収された魔力が、暴走を始めたのだ。
「な…なんだ、これは…?」
アルバート自身、何が起きているのか分からず、その首元で輝く黒い宝石を、恐怖と混乱の表情で見つめている。

エリアナも、その光の正体は分からない。だが、肌を焼くほどの熱量と、魂が震えるほどのプレッシャーが、彼女の本能に叫んでいた。
(何かわからない、でも、これはまずい!)

エリアナが咄嗟に身構える。だが、その光が爆発するよりも早く、ネロが動いた。

主を守るという、ただ一つの本能。その黒い体から、光はおろか、音すらも吸い込んでしまいそうな、禍々しい闇の渦が発生する。そして、魔道具から放たれた凄まじい光の奔流を、まるでブラックホールのように、一滴残らず吸い込んでしまった。

一瞬の間の出来事だった。闇の渦が消え去ると、そこには何事もなかったかのように、静けさが漂っていた。

エリアナは、呆然とするアルバートに改めて詰め寄ると、ネロと共に、事のいきさつを話すように迫った。
「さあ、全部話しなさい。なぜこんなことをするのか」

気力も、最後の切り札も失ったアルバートは、もはや抵抗しなかった。彼は、決闘で生意気な女に負けたことが許せず、その憎しみから、伯父であるレジナルド侯爵に泣きつき、この魔道具を授けられたこと、そして、この場でエリアナを殺そうと思ったこと、その全てを、力なく白状した。

その、自白が終わった瞬間だった。
突如、屋敷の上階から、複数の足音と怒号が響き渡った。その音は、まるで雪崩のように、地下へと続く階段を駆け下りてくる。
何事かと、エリアナとアルバートが扉を見つめた、その時。

凄まじい音を立てて、地下倉庫の扉が蹴破られ、武装した王国騎士団が、雪崩のように駆け込んできた。

先頭に立つ騎士団の隊長アランは、アルバートに剣を向けると、冷徹な声で言い放った。
「アルバート・ド・ドゥヴェリュー! 貴殿を、国家反逆罪の容疑で拘束する!」

「な…!?」
唖然とするアルバートが、騎士たちによって荒々しく取り押さえられる。
「連れて行け!」
アランがそう指示を出し、アルバートが引きずられていく、その時だった。アランの目が、彼の首元に残された、不活性化した魔道具に気づき、鋭く細められた。

「…待て。その首飾りを調べさせろ」

部下から手渡された魔道具を検分した騎士団長は、その裏に刻まれた微細な刻印を見て、息を呑んだ。

「…この刻印は…まさか…」
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