星を継ぐ少年 ~祈りを受け継ぎし救世主、星命創造の力で世界を変え、星の危機に挑む~

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飛躍篇

第三十話:盤上の駒、盤外の王

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アルバートの屋敷で起きた事件の前日。王都の一角にある宿屋の一室では、ルシアンが仲間たちに作戦の全貌を明かしていた。テーブルの上には、アルバートからエリアナに宛てられた、丁重な言葉で綴られた晩餐会への招待状が置かれている。

「やはり、誘ってきたか」
ルシアンは、その見え透いた罠に、静かに呟いた。

「どうするの、ルシアン?罠だって分かってるのに、本当に行くの?」
エリアナが、不安げに問いかける。

「ああ、行く。だが、ただ行くだけじゃない。奴らが仕掛けてくるなら、その舞台の上で、俺たちが踊ってやればいい」
ルシアンの声には、絶対的な自信が宿っていた。彼は、仲間たちを見回し、作戦を説明し始める。

「まず、作戦は三段階だ」

「① 潜入と切り札。 エリアナは、ネロと一緒に晩餐会へ向かう。ネロは、俺との感覚共有で状況を伝える斥候役。そして、万が一、魔法を封じられた時のための、攻撃の切り札だ」

「② 証拠の確保。 アルバートを追い詰め、今回の件の経緯と、その背後にいるであろう黒幕について、喋ってもらう」

「③ 伝達。 そして、ここからが本番だ」
ルシアンは、そう言うと、手のひらをそっとテーブルの上にかざした。
彼の意志に応え、淡い光の粒子がその掌に集い、一本の美しい植物へと姿を変えていく。それは、閉じた蕾を持つ、月見草に似た銀色の植物だった。

「これは、俺が創り出した『響草(ひびきそう)』。ネロが聞いたアルバートの自白は、リアルタイムで俺に伝わる。そして、俺がマナを通じて送るその音を、この響草が増幅し、スピーカーのように外部へ中継する」

響草を創り終えたルシアンは、ふらり、とわずかに体を揺らし、テーブルに手をついた。
「ルシアン!?」
エリアナが、心配そうに駆け寄る。
「…大丈夫だ。少し、力を使っただけだ」
ルシアンはそう言って彼女を安心させたが、内心では冷や汗をかいていた。
(やはり、新たなものを無から創り出すのは、ごっそり力を持っていかれるな…)

彼は、息を整えると、話を続けた。
「そして、俺はこれから王国騎士団に接触する。貧民街での彼らの行いを見る限り、貴族の横暴を見過ごす者たちではないはずだ」
「騎士団には、アルバートがアステリアに危害を加えようとしていることを伝え、協力を要請する。そして、響草が中継する自白を『証拠』として、現場を押さえてもらう」

その、あまりにも大胆で、しかし緻密な作戦に、エリアナとレンは息を呑んだ。
全ては、この時のために仕組まれた、ルシアンの描いた絵図だったのだ。



王国騎士団の詰め所。その一室で、特務監査隊を率いる隊長、アラン・フェルザーは、山のような書類に目を通していた。
そこへ、一人の伝令兵が駆け込んでくる。
「隊長! 『ルシアン』と名乗る少年が、隊長との面会を求めております!」

「…ルシアン、だと?」
アランの眉が、ピクリと動いた。その名前には、聞き覚えがあった。
かつて貧民街を腐敗の渦に巻き込んでいた、ヴァレリウスの巨大組織。騎士団ですら手を出せずにいたその腐敗の根を、一夜にして断ち切ったとされる、謎の少年。その重要参考人こそが、「ルシアン」だった。
(…ようやく、尻尾を掴んだか)
「すぐに応接室へ通せ。私も向かう」

アランは、応接室の扉を開け、そこに座る少年を見て、わずかに息を呑んだ。
年の頃は、まだ十五、六。しかし、その銀髪の少年が纏う空気は、とても子供のものとは思えなかった。幾多の死線を越えてきた者だけが持つ、静かな、しかし揺るぎない光が、その瞳の奥に宿っている。
(…これが、あのヴァレリウスを? にわかには信じがたいな)

アランは、ルシアンの対面に腰を下ろした。
「君が、ルシアンか。私が、特務監査隊隊長のアラン・フェルザーだ。君の名前は、以前から少しばかり、耳にしていてね」

その言葉に、ルシアンは表情を変えず、ただ静かに本題を切り出した。
「アラン隊長。本日は、王国貴族による、許されざる横暴について、ご相談に上がりました」

ルシアンは、ドゥヴェリュー家のアルバートが、王国からの公式な視察官という立場を利用し、クロスロードの開拓地であるアステリアに理不尽な難癖をつけ、その代表である自分と、仲間のエリアナに危害を加えようとしていることを、包み隠さず話した。

アランの表情が、険しくなる。
「…クロスロードの開拓地の代表に、だと? それが真実であれば、ただの貴族の横暴では済まされん。アステリアは、クロスロードの庇護下にある。王国が公式に認めた視察をきっかけに、その代表者に危害を加えるなど、国家間の問題に発展しかねない、国益を著しく害する行為だ。それは、もはや反逆に等しい」

アランは、その鋭い瞳でルシアンを見据えた。
「話は分かった。だが、相手はドゥヴェリュー家、そしてその背後にはボーモン侯爵家がいる。確たる証拠もなしに、我々も動くことはできん」
「証拠なら、今夜、俺が用意します」
ルシアンは、そう言って、自らの作戦の概要をアランに伝えた。

アランは、そのあまりにも大胆な計画に、しばし黙考した。
(この少年…一体、何者なのだ? だが、もし彼の言うことが真実なら、これは貴族の腐敗を断ち切る、またとない好機…)
アランは、決断した。
「よかろう。それが真実であると証明できるのなら、王国騎士団として、動くことを約束しよう」

かくして、全ての駒は、盤上に揃った。



決闘の翌日。王国騎士団の馬車が、王都の壮麗な貴族街を静かに進んでいた。
その中で、アラン・フェルザーは、昨夜の出来事を静かに振り返っていた。

(…とんでもない少年だ)

ルシアンと名乗る少年の作戦は、正直、荒唐無稽なものだった。アルバートの屋敷近くで待機せよと言われ、渡されたのは、手のひらに乗るほどの、蕾を閉じた奇妙な植物だけ。
『時間になれば、これが真実を告げるはずです』
そう言って、少年は闇の中へと消えていった。

半信半疑のまま待機していたアランたちの耳に、やがて、その植物から微かな音が響き始めた。そして、それは驚くべきことに、地下倉庫でのアルバートとエリアナの会話を、一言一句違わずに中継し始めたのだ。
見たこともない植物の効果と、全てを読み切っていたかのような少年の知略。アランは、自分がとてつもない存在と関わってしまったことを、改めて感じていた。

やがて、馬車は壮麗なボーモン侯爵家の屋敷の前で止まった。

その頃、主であるレジナルドは、執務室で何事もなかったかのように、窓の外を流れる雲を眺めていた。そこへ、控えめなノックの音と共に、執事が恭しく入室する。
「旦那様。王国騎士団、特務監査隊隊長のアラン・フェルザー様が、謁見を求めておられます」

(アランが…? このタイミングで、何の用だ…)
レジナルドは、内心でわずかに眉をひそめたが、すぐにいつもの冷静さを取り戻し、短く応じた。
「…通せ」

鎧を纏ったまま、アランは執務室へと入ってきた。その表情は、鋼のように硬い。
彼は、貴族への礼儀もそこそこに、単刀直入に切り出した。
「アルバート殿の一件、お聞き及びでしょうか。彼の自白によれば、あなた様から支援を受け、エリアナ殿を襲撃したとのこと。これは、真ですかな」

レジナルドは、内心で舌打ちした。
(また、あの馬鹿がしくじったか…! だが、なぜ魔道具が発動しなかった? まさか…!)
その動揺を、完璧なポーカーフェイスの裏に隠し、彼はあくまで冷静に応じる。
「初耳だな。決闘の後、二度とあのような真似はするなと諌めたつもりだったが…。逆に、それが彼の未熟な自尊心を傷つけ、暴走させてしまったのかもしれんな。若気の至りとはいえ、嘆かわしいことだ」

その、あまりにも白々しい返答に、アランは表情を変えない。
彼は、静かに、押収した黒い首飾りを、レジナルドの目の前のテーブルに置いた。
「アルバート殿は、あなた様からこれを受け取った、とも証言していますが」

レジナルドは、その魔道具を一瞥すると、まるで初めて見るかのように、不思議そうな顔で問い返した。
「…それが、何か?」



アランは、レジナルドの目の前のテーブルに置かれた、黒い首飾りの裏側を指し示した。そこには、微細ながらも、確かな紋様が刻まれている。
「この刻印…ボーモン家の物でも、シルベリア王国の物でもない」

アランは、氷のように冷たい声で、最後の一撃を放った。

「これは、東のヴァルカス帝国の紋様です。…侯爵、あなた様は、我が国と敵対する帝国と、どのような繋がりが?」

その言葉を合図にしたかのように、それまでアランの背後に石像のように控えていた騎士たちが、一斉に剣を抜いた。抜身の刃が、執務室の空気を切り裂く。

レジナルドの、完璧なまでに作り上げられていた仮面が、初めて、音を立てて崩れ落ちた。
その瞳から、貴族としての冷静さも、策士としての計算高さも消え失せ、代わりに、純粋な、そして底なしの殺意の炎が宿った。

ゴオオオオオオオオッ!

次の瞬間、レジナルドの全身から、部屋の全てを灼き尽くさんばかりの、膨大な太陽の炎が爆発的に噴き出した。豪華な調度品は一瞬で融解し、アランたちが咄嗟に展開した魔力障壁が、悲鳴を上げて軋む。

「――知ってしまったか」

その、地獄の業火の中心で、レジナルドは静かに、そして絶望的に呟いた。

---  
その夜、王都の一角は、天を焦がす巨大な火柱に包まれた。
壮麗を誇ったボーモン侯爵家の屋敷は、主が放った太陽の炎によって、断末魔の叫びを上げるかのように、激しく燃え上がっていた。
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