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動乱篇
第三十四話:冬の告白
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アステリアの集会所には、再び評議会のメンバーが集まっていた。議題は、王都で起きた一連の事件の報告と、村の未来を左右する、今後の大きな方針についてだった。
ルシアンは、静かに、しかし力強く、シルベリア王国の王都で起きた一件の全てを語った。レジナルド・ボーモンという、国を裏で蝕んでいた巨悪の存在。エリアナの出自に関わる悲しい過去。そして、国王アラルディスとの謁見で交わされた、賠償と報奨の約束。
最後に、彼は隣に座るユリウスへと、穏やかな視線を向けた。
「そして、彼がユリウスだ。ご存知の通り、レジナルド・ボーモンの息子だが、父の罪を憎み、王国貴族としての責務を全うしようとした、誇り高き男だ。今日から、俺たちの新しい仲間として、このアステリアで暮らすことになった」
そして、ブレンナに向き直る。
「母さん。ユリウスは、王都で最高の教育を受けてきたと聞いている。あなたの下で、これまでの経験を活かし、この村の計画推進の助けとなってくれるはずだ」
その言葉を受け、ルシアンは本題を切り出した。
「そして、王国から受け取った、十億ゴールドの賠償金。これは、俺個人へのものではない。アステリアの民が、理不尽に耐えたことへの対価だ。だから、この金は、全てアステリアの未来のために使いたい」
その言葉に、バルトが待ったをかけた。
「おいおい、ルシアン! そりゃねえだろ! あんたが命懸けで勝ち取ってきた金だ。俺たちが口を出すことじゃねえ!」
クララも、静かに頷く。「ええ。それは、あなたの個人の財産ですわ」
その時、ブレンナが、呆れたように、しかしどこまでも優しく言った。
「あんた達、まだ分からないのかい。この子は、昔からそうだ。自分のことより、誰かのために無理ばかりする。…それが、この子の幸せなんだよ」
彼女は、ルシアンの頭を優しく撫でた。「いいんだね、ルシアン」
「うん」
その、民への深い慈愛に満ちたやり取りに、もはや誰も異を唱える者はいなかった。
評議会は、その莫大な資金を元にした、新たな村の発展計画へと移行する。
「ならば、話は早い!」と、建築家のコンラッドが興奮気味に立ち上がった。「これだけの資金があれば、まずは用水路と道路の整備を完了させ、村全体の生活基盤を盤石にできる! その上で、クロスロードの外壁にも匹敵する、堅牢な石壁を築くことも夢ではない!」
「うむ!」と、鍛冶師のバルディンも続く。「最新式の溶鉱炉を導入し、この村でしか作れぬ、特別な武具を生み出すこともできるぞ!」
フィアナもまた、目を輝かせた。「大規模な灌漑用水路を建設し、この荒野全てを、緑豊かな大農園に変えてみせましょう!」
しかし、その熱気の中、ブレンナが冷静に指摘する。
「素晴らしい計画だね。でも、コンラッドさん。その石壁、一体、誰が建てるんだい?」
その一言に、評議会は水を打ったように静まり返った。そうだ、計画が壮大になればなるほど、さらに多くの人手が必要になる。
その沈黙を破ったのは、再びルシアンだった。
「それも、問題ない。クロスロードのギルドに依頼し、外部から労働者を雇うというのはどうだろうか」
その提案に、それまで黙って話を聞いていたユリウスが、初めて静かに口を開いた。
「…ルシアン殿。その案、素晴らしいと思います。ですが、一つだけ。彼らをただの労働者としてではなく、『アステリアへの移住希望者』として、一定期間の労働を条件に、正式な住民として受け入れる、という形にしてはいかがでしょう。そうすれば、彼らの士気も上がり、我々も、真に信頼できる仲間を増やすことができるかと」
その、あまりにも的確で、思慮深い助言に、評議会の誰もが目を見張った。
ルシアンは、静かに頷くと、決断を下した。
「…分かった。その方向で進めよう。まずは、彼らが暮らすための仮設住居を、大急ぎで建設する。アステリアは、今日から、次のステージへと進むんだ」
その号令一下、アステリアは、再び希望に満ちた、飛躍的な発展の槌音を響かせ始めたのだった。
◇
冬が、アステリアに最初の雪を運んできた。
夜の間に薄っすらと積もった新雪が、朝の光を浴びてきらきらと輝いている。肌を刺すような冷たい空気の中、ルシアンとエリアナは、村の外れにある泉のほとりを、二人きりで歩いていた。
「わ、見てルシアン! 泉の水面に、氷が張ってる!」
エリアナが、子供のようにはしゃぎながら、薄氷を指でつつく。その横顔を、ルシアンは穏やかな笑みで見つめていた。
「ああ。貧民街にいた頃は、冬はただ寒くて、辛いだけだったのにな」
「うん。今は、バルディンさんの作ったストーブがあるから、みんな温かいしね」
「コンラッドさんの建てた家も、隙間風一つない」
「フィアナさんの畑で採れたお芋のシチューも、美味しかった!」
二人は、顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。
一年前には、想像もできなかった光景。絶望の森で、生きるだけで精一杯だったあの頃。それが今、こんなにも穏やかで、温かい日常に変わっている。
ふと、エリアナは立ち止まった。
新雪を踏みしめる音だけが、静かに響く。
彼女は、ルシアンへと、ゆっくりと向き直った。
降り始めた粉雪が、彼女の金色の髪をきらめかせる。その姿は、まるで太陽のようで、凍えるような冬の空気の中で、そこだけが温かい光に満ちているようだった。
彼女は、はにかみながらも、これ以上ないほどの、最高の笑顔を向けた。
「ルシアンが、好き!」
その、あまりにもまっすぐな言葉に、ルシアンは時が止まったかのように、呆然とする。
【不屈の魂】も、この心の高鳴りだけは抑えられない。ドクン、ドクンと、自分の心臓の音が、頭の中に直接響き渡る。
彼は、初めてはっきりと自覚した。エリアナは、ただ大切なだけじゃない。かけがえのない、愛する人なのだと。
意識した途端、彼女の顔をまともに見られなくなり、自分の顔が熱くなっていくのが分かった。ルシアンは、その赤い顔を隠すように、思わず俯いてしまう。
その反応に、エリアナの笑顔が、さっと不安の色に変わった。
「…もしかして、嫌だった…? ごめ…」
「違う! 嫌なんかじゃない…!」
エリアナの言葉を、ルシアンは遮るように叫んでいた。
一瞬の静寂。
彼は、か細い声で、しかしはっきりと告げた。
「…エリアナ。俺も、好きだ…」
今度は、二人そろって、照れくさそうに俯いてしまう。
その、あまりにも初々しい光景を、少し離れた木の影から、真顔の一人と一匹が、じっと見つめていた。
◇
クロスロードからの労働者も加わったアステリアは、一層の喧騒と活気に満ちていた。村の至る所で、急ピッチで各作業が進められている。
その全体を取り仕切っているのは、今や、すっかりその役目が板についたユリウスだった。ブレンナは、彼に実務のほとんどを任せ、自身は村の皆の相談役となる、温かい「お母さん」的な役割に落ち着いていた。
ルシアンが、建設中の用水路の進捗を確認していると、ユリウスが数枚の羊皮紙を手にやってきた。
「ルシアン殿。全体の進捗ですが、このペースでいけば、あと半年もかからずに、計画したことは全て完了するでしょう。そうなれば、この村も、今の五倍の住民は十分に養えるようになります。産業が安定し、クララ殿が進めている交易が活性化すれば、一つの都市として、全く恥ずしくないほどの場所になりましょう」
出来上がっていく故郷の姿と、頼もしい仲間たちの働きに、ルシアンは深い充実感を覚えていた。
ドンッ!
背後から、柔らかな、しかし確かな衝撃がルシアンを襲った。レンが、彼に体当たりしてきたのだ。彼女は、そのままルシアンの背中に、少しだけ顔を擦り付ける。
「え?」
ルシアンが驚いて振り返ると、レンは既に距離を取り、真顔で告げた。
「…隙あり」
そして、「訓練が足りません」とだけ言い残し、静かに去っていく。ルシアンは、また訳がわからないという様子で、その背中を見送るしかなかった。
レンは、誰にも見られないように、小さな涙を一粒だけ、そっとこぼした。
(…胸が、痛いな。分かっていたことだ。ルシアンの心には、私は入れない。それでも、この想いは、どうすれば…)
翌日。ルシアンが集会所の前でコンラッドと話していると、今度はふわりと、レンがその背中に寄りかかるようにぶつかってきた。
昨日とは違い、その表情はどこか晴れやかだった。
「訓練が足りません」
「昨日から何なんだ? それに、今日は何か嬉しいことでもあったのか?」
ルシアンが尋ねると、レンは少しだけはにかみ、彼から離れて言った。
「自分の気持ちに、素直になることに決めただけです」
そして、今度は、吹っ切れたような、美しい笑顔で去っていった。ルシアンは、また不思議そうな顔をしている。
(気持ちは変わらない。でも、別にいいじゃないか。これが私だ。エリアナとルシアンが幸せなら、それで。私も、私に嘘はつかない。最後まで、進むだけだ)
レンの心は、静かに、しかし確かに、一つの覚悟を決めていた。
◇
クロスロードの冒険者ギルド、ギルドマスター室。
机の上に置かれた一通の手紙
(…ついに、来たか)
手紙に記されていたのは、たった一言。
『――帝国、動く』
東の地平線の向こうから、全てを飲み込む動乱の地響きが、すぐそこまで迫っていた。
ルシアンは、静かに、しかし力強く、シルベリア王国の王都で起きた一件の全てを語った。レジナルド・ボーモンという、国を裏で蝕んでいた巨悪の存在。エリアナの出自に関わる悲しい過去。そして、国王アラルディスとの謁見で交わされた、賠償と報奨の約束。
最後に、彼は隣に座るユリウスへと、穏やかな視線を向けた。
「そして、彼がユリウスだ。ご存知の通り、レジナルド・ボーモンの息子だが、父の罪を憎み、王国貴族としての責務を全うしようとした、誇り高き男だ。今日から、俺たちの新しい仲間として、このアステリアで暮らすことになった」
そして、ブレンナに向き直る。
「母さん。ユリウスは、王都で最高の教育を受けてきたと聞いている。あなたの下で、これまでの経験を活かし、この村の計画推進の助けとなってくれるはずだ」
その言葉を受け、ルシアンは本題を切り出した。
「そして、王国から受け取った、十億ゴールドの賠償金。これは、俺個人へのものではない。アステリアの民が、理不尽に耐えたことへの対価だ。だから、この金は、全てアステリアの未来のために使いたい」
その言葉に、バルトが待ったをかけた。
「おいおい、ルシアン! そりゃねえだろ! あんたが命懸けで勝ち取ってきた金だ。俺たちが口を出すことじゃねえ!」
クララも、静かに頷く。「ええ。それは、あなたの個人の財産ですわ」
その時、ブレンナが、呆れたように、しかしどこまでも優しく言った。
「あんた達、まだ分からないのかい。この子は、昔からそうだ。自分のことより、誰かのために無理ばかりする。…それが、この子の幸せなんだよ」
彼女は、ルシアンの頭を優しく撫でた。「いいんだね、ルシアン」
「うん」
その、民への深い慈愛に満ちたやり取りに、もはや誰も異を唱える者はいなかった。
評議会は、その莫大な資金を元にした、新たな村の発展計画へと移行する。
「ならば、話は早い!」と、建築家のコンラッドが興奮気味に立ち上がった。「これだけの資金があれば、まずは用水路と道路の整備を完了させ、村全体の生活基盤を盤石にできる! その上で、クロスロードの外壁にも匹敵する、堅牢な石壁を築くことも夢ではない!」
「うむ!」と、鍛冶師のバルディンも続く。「最新式の溶鉱炉を導入し、この村でしか作れぬ、特別な武具を生み出すこともできるぞ!」
フィアナもまた、目を輝かせた。「大規模な灌漑用水路を建設し、この荒野全てを、緑豊かな大農園に変えてみせましょう!」
しかし、その熱気の中、ブレンナが冷静に指摘する。
「素晴らしい計画だね。でも、コンラッドさん。その石壁、一体、誰が建てるんだい?」
その一言に、評議会は水を打ったように静まり返った。そうだ、計画が壮大になればなるほど、さらに多くの人手が必要になる。
その沈黙を破ったのは、再びルシアンだった。
「それも、問題ない。クロスロードのギルドに依頼し、外部から労働者を雇うというのはどうだろうか」
その提案に、それまで黙って話を聞いていたユリウスが、初めて静かに口を開いた。
「…ルシアン殿。その案、素晴らしいと思います。ですが、一つだけ。彼らをただの労働者としてではなく、『アステリアへの移住希望者』として、一定期間の労働を条件に、正式な住民として受け入れる、という形にしてはいかがでしょう。そうすれば、彼らの士気も上がり、我々も、真に信頼できる仲間を増やすことができるかと」
その、あまりにも的確で、思慮深い助言に、評議会の誰もが目を見張った。
ルシアンは、静かに頷くと、決断を下した。
「…分かった。その方向で進めよう。まずは、彼らが暮らすための仮設住居を、大急ぎで建設する。アステリアは、今日から、次のステージへと進むんだ」
その号令一下、アステリアは、再び希望に満ちた、飛躍的な発展の槌音を響かせ始めたのだった。
◇
冬が、アステリアに最初の雪を運んできた。
夜の間に薄っすらと積もった新雪が、朝の光を浴びてきらきらと輝いている。肌を刺すような冷たい空気の中、ルシアンとエリアナは、村の外れにある泉のほとりを、二人きりで歩いていた。
「わ、見てルシアン! 泉の水面に、氷が張ってる!」
エリアナが、子供のようにはしゃぎながら、薄氷を指でつつく。その横顔を、ルシアンは穏やかな笑みで見つめていた。
「ああ。貧民街にいた頃は、冬はただ寒くて、辛いだけだったのにな」
「うん。今は、バルディンさんの作ったストーブがあるから、みんな温かいしね」
「コンラッドさんの建てた家も、隙間風一つない」
「フィアナさんの畑で採れたお芋のシチューも、美味しかった!」
二人は、顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。
一年前には、想像もできなかった光景。絶望の森で、生きるだけで精一杯だったあの頃。それが今、こんなにも穏やかで、温かい日常に変わっている。
ふと、エリアナは立ち止まった。
新雪を踏みしめる音だけが、静かに響く。
彼女は、ルシアンへと、ゆっくりと向き直った。
降り始めた粉雪が、彼女の金色の髪をきらめかせる。その姿は、まるで太陽のようで、凍えるような冬の空気の中で、そこだけが温かい光に満ちているようだった。
彼女は、はにかみながらも、これ以上ないほどの、最高の笑顔を向けた。
「ルシアンが、好き!」
その、あまりにもまっすぐな言葉に、ルシアンは時が止まったかのように、呆然とする。
【不屈の魂】も、この心の高鳴りだけは抑えられない。ドクン、ドクンと、自分の心臓の音が、頭の中に直接響き渡る。
彼は、初めてはっきりと自覚した。エリアナは、ただ大切なだけじゃない。かけがえのない、愛する人なのだと。
意識した途端、彼女の顔をまともに見られなくなり、自分の顔が熱くなっていくのが分かった。ルシアンは、その赤い顔を隠すように、思わず俯いてしまう。
その反応に、エリアナの笑顔が、さっと不安の色に変わった。
「…もしかして、嫌だった…? ごめ…」
「違う! 嫌なんかじゃない…!」
エリアナの言葉を、ルシアンは遮るように叫んでいた。
一瞬の静寂。
彼は、か細い声で、しかしはっきりと告げた。
「…エリアナ。俺も、好きだ…」
今度は、二人そろって、照れくさそうに俯いてしまう。
その、あまりにも初々しい光景を、少し離れた木の影から、真顔の一人と一匹が、じっと見つめていた。
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「え?」
ルシアンが驚いて振り返ると、レンは既に距離を取り、真顔で告げた。
「…隙あり」
そして、「訓練が足りません」とだけ言い残し、静かに去っていく。ルシアンは、また訳がわからないという様子で、その背中を見送るしかなかった。
レンは、誰にも見られないように、小さな涙を一粒だけ、そっとこぼした。
(…胸が、痛いな。分かっていたことだ。ルシアンの心には、私は入れない。それでも、この想いは、どうすれば…)
翌日。ルシアンが集会所の前でコンラッドと話していると、今度はふわりと、レンがその背中に寄りかかるようにぶつかってきた。
昨日とは違い、その表情はどこか晴れやかだった。
「訓練が足りません」
「昨日から何なんだ? それに、今日は何か嬉しいことでもあったのか?」
ルシアンが尋ねると、レンは少しだけはにかみ、彼から離れて言った。
「自分の気持ちに、素直になることに決めただけです」
そして、今度は、吹っ切れたような、美しい笑顔で去っていった。ルシアンは、また不思議そうな顔をしている。
(気持ちは変わらない。でも、別にいいじゃないか。これが私だ。エリアナとルシアンが幸せなら、それで。私も、私に嘘はつかない。最後まで、進むだけだ)
レンの心は、静かに、しかし確かに、一つの覚悟を決めていた。
◇
クロスロードの冒険者ギルド、ギルドマスター室。
机の上に置かれた一通の手紙
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