星を継ぐ少年 ~祈りを受け継ぎし救世主、星命創造の力で世界を変え、星の危機に挑む~

cocososho

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動乱篇

第三十五話:守るべきもののために

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アステリアにカインからの緊急の使者が訪れたのは、冬の厳しい寒さが少しだけ和らぎ始めた、ある晴れた日のことだった。
ルシアンは、ただ事ではない気配を察知し、クロスロードへと急いだ。ギルドマスター室には、カインと共に、シルベリア王国騎士団長ガウェインが、鋼のような厳しい表情で待っていた。

「…帝国が、動く」

カインのその一言で、部屋の空気は氷のように張り詰めた。
ガウェインが、机の上に広げられた地図を指し示しながら、具体的な情報を伝える。
「帝国に放っている密偵から連絡があった。この数ヶ月、帝国内の貴族たちの動き、そして馬や食糧、武器といった軍需物資の動きが、異常なほど活発化しているとのことだ。それに、不気味なことに、あれほど頻繁にあった国境付近での小競り合いが、ぱったりと止んだ」

カインが、その言葉を引き継ぐ。
「我々は、諸々の情報から、これを本格的な戦争準備と断定した。おそらく、侵攻は雪解けを待って、次の春先だろう」

ルシアンは、真剣な眼差しでその話を聞いていた。
カインは、クロスロードの立場を明確にする。「我らは自由都市だ。戦争に加担はせん。だが、シルベリアは国交のある友好国。後方支援の協力は惜しまん」
ガウェインは、その言葉に深く頭を下げた。「感謝する。交渉の詳細は、後日改めて」

そして、ガウェインは、シルベリアの孤立した状況を語り始めた。
「現在、ルナリアとは使者を通じて情報を交換しているが、基本は無干渉を貫くだろう。西のリベラポリスは、金を積めば動くかもしれんが、借りは作りたくない相手だ。したがって…」

ガウェインの、強い意志を宿した視線が、ルシアンをまっすぐに射抜いた。
「今、ここにいる貴殿こそが、我らシルベリアが、この件について具体的に話をしたい相手ということになる」

「…アステリアが、協力すると?」
ルシアンが、静かに問い返す。

「いや」と、ガウェインは首を振った。「アステリアの、ではない。率直に言おう。ルシアン殿。君と、君が率いる仲間たちの、純粋な戦力が借りたい」
「戦力…?」
「君は、自分が何者なのか、まだ分かっていないのか。王国最強の魔術師を、赤子の手をひねるように退け、未だその能力の底が見えない存在。そして、君の傍らには、ボーモン家の血を引く、太陽の炎の末裔が二人。素性は分からぬが、只者ではない風の魔術師もいる。一国に一人いるかというレベルの戦力が、君の元には集っているのだ。いや…君自身は、世界に一人と言っても過言ではないやもしれん」

その、あまりにも露骨な言葉に、ルシアンの表情が、わずかに険しくなった。
「俺は、仲間を戦の道具だとは思っていない」

その静かな拒絶に、ガウェインはぐっと押し黙ってしまう。
重い沈黙が、部屋を支配した。

やがて、ルシアンは、ゆっくりと口を開いた。
「…だが、俺は、大事なものは守りたい」
彼の脳裏に浮かぶのは、王の嘆願、エリアナの悲しい過去、そして、貧民街で見た、虐げられる人々の顔だった。
「シルベリアには、大切な人の家族がいる。大事な思い出もある。そして、大事な想いを共にした人もいる。俺は、その場所が踏みにじられるのを、許しはしない」

「では…!」
ガウェインが、期待に顔を上げる。

「まず、戦闘への参加は、一度考えさせてほしい。だが、アステリアとして何ができるかは、村へ持ち帰り、仲間たちと考えよう」

それは、長の言葉だった。
ガウェインは、その若き長の器の大きさに、改めて畏敬の念を抱きながら、深く、深く頭を下げた。
「…分かった。感謝する」



アステリアに帰還したルシアンは、その足で、完成したばかりの集会所の前にある広場へと向かった。そして、彼が創り出した『響草(ひびきそう)』を使い、集まった全ての民に、クロスロードで聞かされた事実を、包み隠さず説明した。

東のヴァルカス帝国が、シルベリア王国への侵攻を準備していること。春先には、大規模な戦争が始まるであろうこと。
その知らせに、ようやく手に入れた平穏な日常が、再び脅かされようとしていることを知り、広場は重い沈黙と、言葉にならない不安に包まれた。獣人の老婆は、そばに立つ孫の肩を固く抱きしめ、元傭兵の男は、苦々しく地面を睨みつけた。

その沈黙を破ったのは、エリアナだった。彼女は、皆の不安を代弁するかのように、震える声でルシアンに尋ねた。
「…どうしても、避けられないの? 話し合いは、できないの…?」

ルシアンは、何も言わない。ただ、強い眼差しでエリアナを見つめ、そして、広場にいる一人一人の顔を、その目に焼き付けるように、ゆっくりと見渡した。
「戦争なんて、嫌だ…」
誰かが、ぽつりと呟いた。その声は、戦争という理不尽な暴力への、素直な恐怖の表れだった。

「聞いてくれ」

ルシアンは、落ち着いた、しかし信念に満ちた声で語り出す。響草を通して、その声は広場の隅々まで響き渡った。

「この戦いは理不尽だ。俺たちが、直接、戦争に参加する理由はない。だが、もしシルベリアが戦火に飲まれれば、その炎は必ずクロスロードに、そして俺たちのこのアステリアにまで及ぶだろう。俺たちがようやく手に入れたこの平穏は、あまりにも脆い均衡の上にあるんだ」
彼は、一度、アステリアの土を強く踏みしめた。

「俺たちは、ここで何を手に入れた? 行き場をなくした者たちが、肩を寄せ合える家を。飢えに苦しむ子供たちが、腹一杯食べられる畑を。そして何より、明日を信じて笑い合える、仲間をだ」
彼の声に、徐々に熱がこもっていく。

「俺は、それを許さない。誰にも、この場所を、俺たちの未来を、奪させはしない!」

彼の魂の叫びに、俯いていた民の顔が、一人、また一人と上がっていく。その目に、恐怖の色はもうない。

「だから、頼む! 俺は、お前たちの長として、戦えとは言わない。ただ、この村を守るために、俺たちの未来を守るために、どうか、俺に力を貸してくれ!」

最初に雄叫びを上げたのは、元傭兵の、顔に傷跡を持つ男だった。
「当たり前だ、長! 俺たちの命は、あんたに救われたもんだ! 今こそ、その恩を返す時だ!」

その声を皮切りに、歓声が地鳴りのように響き渡る。
「そうだ!」「工房の火を絶やすな! 最高の武具を作ってやる!」「畑の作物を、一つも無駄にはしねえ!」
古参の民も、新たな移民も、種族の垣根なく、その意志は一つだった。

「ありがとう、みんな」
ルシアンは、深く頭を下げた。
「必ず守ろう。俺たちの未来を」

アステリアは、未曽有の危機を前に、一つの共同体として、固く、強く結束した。



その夜、アステリアの集会所には、再び評議会のメンバーが集っていた。広場での熱狂とは打って変わり、そこには来るべき動乱に向けた、静かで、しかし確かな覚悟が満ちていた。

「皆の気持ちは、嬉しかった。だが、俺たちは感情だけで動くべきじゃない」
ルシアンは、まず後方支援という形で、アステリアがシルベリア王国に協力する具体的な方針を提案した。

「戦争が始まるのは、春先。それまでの数ヶ月が勝負だ。フィアナさんとセーラさんには、薬草の生産量を最大まで引き上げてもらう。バルディンさんには、農具だけでなく、防具の量産体制を。コンラッドさんは、物資を運ぶための荷車の製造。そして、クララさんとブレンナには、それら全ての物資をクロスロード経由で、滞りなくシルベリアへ届けるための交易路の管理をお願いしたい」

それぞれの専門家たちが、力強く頷く。しかし、評議会で最も重い議題は、まだ残されていた。
「…そして、戦闘への参加についてだ」

ルシアンは、端的な、しかし残酷な事実を告げる。
「シルベリアの戦力は、正直、帝国に及ばないと聞いている。いくら俺たちが後方から支援しても、前線が瓦解すれば、その後に蹂躙されるのはクロスロードであり、俺たちのこのアステリアだ」

その言葉に、メンバーは息を呑んだ。

「だが」と、ルシアンは続ける。「ここにいる、俺と、エリアナ、レン、そしてユリウス。俺たちの力なら、戦局を覆す突破口を開ける可能性がある」
「待ってくれ、ルシアン!」と、バルトが声を上げた。「俺たち『蒼き隼』もいる! 防衛隊の連中だって、戦える!」

「他のメンバーは、ここを守ってくれ」
ルシアンの言葉は、冷たい響きを持っていた。「冷たい言い方になってしまうが、無駄死にはさせたくない。今回の戦いは、対軍隊だ。魔物とは違う。俺自身、個人としての戦闘はできても、圧倒的多数を相手にするには限界がある。そこで、エリアナやレンのような、魔術師の殲滅力が鍵となるんだ」

その、あまりにも冷静な戦術分析に、皆は反論の言葉を見つけられなかった。
しかし、ブレンナだけは、その完璧なリーダーの仮面の下にある、息子の苦悩を見抜いていた。
「ルシアン」
彼女の、静かで、しかし有無を言わさぬ声が、張り詰めた空気を震わせた。

「あんたの言ってることは、正しいんだろうね。頭では、みんな分かってる。だけどさ、あんたは、本当はどうしたいんだい? 私たちは、アステリアの長の、完璧な作戦を聞きたいんじゃない。ルシアン、あんたの、心の底からの言葉が聞きたいんだよ」

その、母親の言葉に、ルシアンの表情が、初めて揺らいだ。
「俺は…」
彼は、一度、強く拳を握りしめた。脳裏に、血を吐いて倒れたブレンナの姿、何もできずに涙を流した自分の無力さが、灼けつくように蘇る。

「本当は、誰も戦わせたくなんてない…!」

それは、これまで押し殺してきた、本音の叫びだった。
「怖いんだ! 俺の決断で、また誰かが傷つくのが…! この村が、みんなの笑顔が、俺が守れなかったあの日のように、奪われてしまうのが…!」

「だけど、この戦いに負けて、大切なものが奪われるのは…もう嫌なんだ! だから、頼む! 弱い俺に、臆病な俺に、力を貸してくれ…! 一緒に、戦ってくれ!」

16歳になったばかりの少年が、初めて見せた、魂からの慟哭。
その姿に、最初に立ち上がったのは、バルトだった。彼は、ゴツン、と自分の胸を拳で叩いた。
「…ったりめえだろ、長。俺たちは、あんたのそういうところに惚れたんだ」
クララも、静かに頷く。「ええ。あなたの民であることを、誇りに思いますわ」
そして、ブレンナが、涙を浮かべながら、最高の笑顔で言った。「よく言ったね。それでこそ、あたしの息子だよ」

彼らは、ただ強いだけの長に従うのではない。この、誰よりも優しく、そして誰よりも重い責任を背負う、一人の少年を支えるために戦うのだと、評議会の誰もが、その胸に、熱い決意を刻み込んだ。



その夜、アステリアの外れにある岩場。
冬の空気は刃のように澄み渡り、天蓋には、まるでダイヤモンドの塵を撒いたかのように、無数の星が瞬いていた。新雪が、その星明かりを静かに反射している。

ルシアンとエリアナは、二人きりで、その星々を見上げていた。聞こえるのは、時折、風が岩を撫でる音と、二人の静かな息遣いだけ。

エリアナは、そっとルシアンの肩に頭を乗せた。

「…みんなを、戦争に巻き込むのが辛い?」

その、全てを見透かしたような優しい問いに、ルシアンは静かに頷いた。
「ああ。最悪だよ。俺の決断で、皆を危険に晒すなんて」

「あなたの決断、なの?」

「そうだよ。俺が、決断した」

「違うよ」

エリアナは、静かに首を振ると、肩から顔を上げて、ルシアンの瞳をまっすぐに見つめた。その濡れた瞳に、満点の星空が映り込んでいる。


「あなたは、皆や、大切な人たち、大切なものを基準にして判断したんだよ。自分のためじゃないよね?」


「……」
ルシアンは、何も言えなかった。

「自分の決断だなんて、ちょっとカッコつけすぎ」
彼女は、ふふ、と悪戯っぽく笑った。

「っそ、そんなつもりじゃ…」

「照れてるの?」

「……」


「たまには、ちゃんと人に甘えなさい」
エリアナは、そう言うと、再び彼の肩に、今度はより強く、自分の重みを預けるように、こてん、と頭を乗せた。


「あなたは一人じゃない。私たちにとって、大切な人なんだから」


ルシアンは、何も言えなかった。ただ、隣にある温もりと、自分を信じてくれる仲間の存在を、強く、強く感じていた。
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