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動乱篇
第四十二話:帝国の算盤
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ヴァルカス帝国、帝都の作戦司令室。その空気は、来るべき戦争を前に、鋼のように冷たく張り詰めていた。
巨大な円卓を囲む将校たちを前に、帝国軍を率いるダリウス将軍が、部下からの報告を静かに聞いていた。
「報告します。先のシルベリア王国内での騒乱により、ボーモン侯爵レジナルドは討伐されました。これにより、シルベリアの魔術師戦力は、推定で兵力五千に相当する弱体化を確認」
ダリウスは、その報告に表情一つ変えず、静かに頷いた。
「ふむ。こちら側に引き込めれば良かったが…まあ、最低限の結果か。続けろ」
報告は、そのレジナルドを討ったという、新たな脅威へと移る。
「はっ。最大の懸念事項は、クロスロードの開拓地アステリアの長、ルシアンと名乗る銀髪の少年です。彼らは現在シルベリア王都に滞在しており、十中八九、シルベリア側に加担するものと想定されます」
「これを踏まえ、シルベリア側の総戦力を再計算しました。まず、ルシアン個人の戦力。一個人でレジナルドを圧倒したとの情報から、その戦闘能力は未知数ですが、最悪のケースを想定し、兵力一万に相当すると仮定」
その言葉に、将校たちの間にわずかな動揺が走る。
「さらに、彼の仲間にはボーモン家の血を引く者が二人、ルナリア公国出身のエルフが一人が確認されており、それぞれが国家戦力級である可能性を考慮。これらを合わせ、アステリアの戦闘集団は、最大で兵力二万五千に匹敵する脅威となり得ます」
「結果、シルベリアの現有戦力二万五千と合わせ、敵の総戦力は、最大でおよそ五万と結論いたしました」
ダリウスは、その報告を黙って聞くと、別の将校に視線を移した。
「対する、我が方の準備状況は?」
「はっ! 第一軍団、重装歩兵六万。第二軍団、重装騎馬兵二万。後方支援及び攻城兵器部隊は五万。そして、我が帝国が誇る魔術師団五百名。いつでも出撃可能です」
報告官は、胸を張って続ける。
「魔術師一人を兵士百人に換算すれば、魔術師団だけで兵力五万。歩兵、騎馬兵と合わせた直接戦闘部隊八万と合わせ、前線に投入可能な総戦闘力は、およそ十三万。後方部隊を含めれば、十五万を超える大軍です。敵の三倍の戦力と申し上げて、差し支えないかと」
「結構」
ダリウスは、満足げに頷いた。
「シルベリアの三倍か。…たとえ未知の英雄が加わろうと、我らの優位は揺るがん。予定通り、一ヶ月後に侵攻を開始する。各自、抜かりなく準備を進めろ」
その声には、絶対的な自信が満ち溢れていた。
◇
軍議が終わった後、ダリウス将軍は帝国の玉座の間へと向かい、皇帝ザハールに戦況を報告していた。
玉座に座す皇帝は、その壮年の顔に一切の感情を浮かべず、ただ冷たい瞳でダリウスの言葉に耳を傾けている。
「対シルベリア侵攻の準備は、着々と進んでおります」
「分かった。この侵攻で、シルベリアを完全に沈める」
玉座から響く声は、鋼のように冷たい。ダリウスは、深く頷いた。
「はっ。ですが、恐れながら陛下。なぜ、このタイミングなのでしょうか? 我らは元より、シルベリアに対して戦力では十分に上回っておりました」
その問いに、ザハールは初めて、その口元に愉悦の笑みを浮かべた。
「かねてより、魔道具の開発を進めていた理由は知っておろう。我が帝国の貴重な兵を、奴らの魔術師ごときに危険に晒すわけにはいかんからな。先日、兵器開発局から、その最終報告が上がってきたのだ」
「…と、申しますと?」
「新型の魔導兵器…その名も『ネメシス』。敵の魔法、魔力を根こそぎ吸収し、それを我が力として、全てを消し飛ばす魔力砲撃を放つ。これまで、魔力の吸収と放出は、個別の魔道具でしか実現できなかった。だが、これは違う。ついに、二つの機能を併せ持つ、完成形となる『兵器』が完成したのだ」
「なんと…!」
ダリウスは、その恐るべき性能に、思わず息を呑んだ。
「レジナルドごときがどうなろうと、我が帝国の計画には些細なこと。シルベリアの愚か者どもは、あれがきっかけで我らが動いたと信じ込んでいるようだがな」
「それでは、これまでは…」
「ただの時間稼ぎよ。あの男に長年横流ししていた魔道具は、全てこの兵器の小型試作品。奴の戦闘データは、ネメシス完成までの、良い時間稼ぎになったわ」
その、あまりにも冷酷な真実に、歴戦の将軍であるダリウスですら、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
「…そういうことでありましたか。では、軍議で報告が上がった、新たな脅威…ルシアンとかいう者たちは」
皇帝は、心底つまらなそうに言い放った。
「人間の魔術師など、この兵器の前では、何の意味もなさん。特に、魔法という殲滅力に頼る者など、ただの餌だ。そして、個人戦闘しかできぬ冒険者など、我が軍隊の前では塵芥と変わらん」
彼は、指を二本立てて見せる。
「ネメシスは、戦場に二基投入する。一基で、兵力四万から五万に相当すると思えばよい」
「まさか、それほどとは…」
ダリウスは、戦慄した。軍議で報告された、シルベリアとの圧倒的な戦力差。それに加え、この常軌を逸した新兵器。帝国の勝利は、もはや揺るぎない。
彼は、玉座の間を退出すると、込み上げてくる笑いを抑えきれなかった。
(シルベリアは、我々がこれまでと同じ、兵士の数と力で圧倒してくると信じ込んでいる。そして、レジナルドを失った穴を埋めるため、ルシアンとかいう得体の知れない若造に、一縷の望みを託しているのだろうが…)
ダリウスの高笑いが、帝国の冷たい廊下に響き渡った。
(哀れなものよ。そもそも、我らはもう、同じ盤上では戦っていないのだ)
◇
帝国の圧倒的な軍事力。その根源は、数十年前のある発見に遡る。
帝国の北方を探索していた一人の魔術師が、偶然にも、漆黒の鉱脈を発見したのだ。男が不用意に近づくと、自らの魔力が、まるで砂が水を吸うように、その黒い鉱石に吸収される感覚に襲われた。彼は、その不思議な鉱物について、すぐさま帝国に報告した。
後日、帝国の兵器開発局による、大規模な調査と実験が開始された。そして、その鉱物が持つ、恐るべき特性が次々と明らかになっていく。
第一に、それは一定量の魔力を吸収し、内部に貯蔵する性質を持っていた。
第二に、鉱石の密度によって貯蔵できる量に差があり、限界量を超えて魔力を注ぎ込むと、鉱石そのものが甚大な爆発を引き起こすこと。
そして第三に、最も高濃度な鉱石は、魔力を貯蔵したまま一定期間を置くと、その内部で歪みしもの(魔物)を生成し、何らかの外的要因をきっかけに、それを顕現させるということ。
この発見は、帝国の魔道具開発を飛躍的に進化させた。レジナルドやアルバートが使っていた、魔力を吸収・阻害する道具も、この鉱石を応用して作られたものに過ぎない。
そして、十数年前。皇帝ザハールの勅命により、この鉱石を戦争兵器へと転用する、極秘の計画がスタートした。
魔法の無効化と、蓄積した魔力による超々距離砲撃。その二つの機能を両立させた、対国家用決戦兵器。
――『ネメシス』の誕生である。
帝国北部の特殊な鉱脈は、今も枯れることなく、その黒い輝きを放ち続けている。尽きることのない資源と、最強の兵器。帝国が、世界の覇権を握るための全ての駒は、もう揃っていた。
今が、まさにその時だったのだ。
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「結果、シルベリアの現有戦力二万五千と合わせ、敵の総戦力は、最大でおよそ五万と結論いたしました」
ダリウスは、その報告を黙って聞くと、別の将校に視線を移した。
「対する、我が方の準備状況は?」
「はっ! 第一軍団、重装歩兵六万。第二軍団、重装騎馬兵二万。後方支援及び攻城兵器部隊は五万。そして、我が帝国が誇る魔術師団五百名。いつでも出撃可能です」
報告官は、胸を張って続ける。
「魔術師一人を兵士百人に換算すれば、魔術師団だけで兵力五万。歩兵、騎馬兵と合わせた直接戦闘部隊八万と合わせ、前線に投入可能な総戦闘力は、およそ十三万。後方部隊を含めれば、十五万を超える大軍です。敵の三倍の戦力と申し上げて、差し支えないかと」
「結構」
ダリウスは、満足げに頷いた。
「シルベリアの三倍か。…たとえ未知の英雄が加わろうと、我らの優位は揺るがん。予定通り、一ヶ月後に侵攻を開始する。各自、抜かりなく準備を進めろ」
その声には、絶対的な自信が満ち溢れていた。
◇
軍議が終わった後、ダリウス将軍は帝国の玉座の間へと向かい、皇帝ザハールに戦況を報告していた。
玉座に座す皇帝は、その壮年の顔に一切の感情を浮かべず、ただ冷たい瞳でダリウスの言葉に耳を傾けている。
「対シルベリア侵攻の準備は、着々と進んでおります」
「分かった。この侵攻で、シルベリアを完全に沈める」
玉座から響く声は、鋼のように冷たい。ダリウスは、深く頷いた。
「はっ。ですが、恐れながら陛下。なぜ、このタイミングなのでしょうか? 我らは元より、シルベリアに対して戦力では十分に上回っておりました」
その問いに、ザハールは初めて、その口元に愉悦の笑みを浮かべた。
「かねてより、魔道具の開発を進めていた理由は知っておろう。我が帝国の貴重な兵を、奴らの魔術師ごときに危険に晒すわけにはいかんからな。先日、兵器開発局から、その最終報告が上がってきたのだ」
「…と、申しますと?」
「新型の魔導兵器…その名も『ネメシス』。敵の魔法、魔力を根こそぎ吸収し、それを我が力として、全てを消し飛ばす魔力砲撃を放つ。これまで、魔力の吸収と放出は、個別の魔道具でしか実現できなかった。だが、これは違う。ついに、二つの機能を併せ持つ、完成形となる『兵器』が完成したのだ」
「なんと…!」
ダリウスは、その恐るべき性能に、思わず息を呑んだ。
「レジナルドごときがどうなろうと、我が帝国の計画には些細なこと。シルベリアの愚か者どもは、あれがきっかけで我らが動いたと信じ込んでいるようだがな」
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「ただの時間稼ぎよ。あの男に長年横流ししていた魔道具は、全てこの兵器の小型試作品。奴の戦闘データは、ネメシス完成までの、良い時間稼ぎになったわ」
その、あまりにも冷酷な真実に、歴戦の将軍であるダリウスですら、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。
「…そういうことでありましたか。では、軍議で報告が上がった、新たな脅威…ルシアンとかいう者たちは」
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第二に、鉱石の密度によって貯蔵できる量に差があり、限界量を超えて魔力を注ぎ込むと、鉱石そのものが甚大な爆発を引き起こすこと。
そして第三に、最も高濃度な鉱石は、魔力を貯蔵したまま一定期間を置くと、その内部で歪みしもの(魔物)を生成し、何らかの外的要因をきっかけに、それを顕現させるということ。
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そして、十数年前。皇帝ザハールの勅命により、この鉱石を戦争兵器へと転用する、極秘の計画がスタートした。
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