星を継ぐ少年 ~祈りを受け継ぎし救世主、星命創造の力で世界を変え、星の危機に挑む~

cocososho

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立国篇

第五十話:王の器

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翌日の早朝。祝賀会の喧騒が嘘のように静まり返った、王城の豪華な客室。ルシアンは、カインに促されるまま、中庭に面した東屋の椅子に腰を下ろした。まだ、昨夜の疲労が抜けきっていない。

カインは、ルシアンから少し離れると、朝日に照らされた美しい庭園を眺めながら、静かに、しかしあまりにも唐突に告げた。
「お前に、クロスロードを任せたい」

「え…?」

その言葉に、ルシアンの眠気は一気に吹き飛んだ。
「…どういう、意味ですか?」

「言葉通りの意味だ」
カインは、振り返ることなく続ける。「既に、冒険者ギルドと商人ギルド、双方の合意は取り付けてある。シルベリアの国王陛下にも、この話は通してある。おそらく、反対はされんだろう」

カインは、初めてルシアンと会った時のことを、感慨深げに語り始めた。
「最初は、ただ面白い小僧だと思った。魔力もなく、しかし、その瞳の奥には、底知れぬ何かを宿している、と。だが、お前は仲間を集め、行き場のない民を導き、ついには国を滅亡の危機から救った」

彼は、ゆっくりとルシアンに向き直った。その瞳には、いつもの食えない笑みではなく、真摯な光が宿っている。
「お前こそが、クロスロードを、いや、この時代の潮目を変える男だ。俺は、そう確信している」

その、あまりにも大きな期待。ルシアンは、静かに問い返した。
「俺がやれば、みんなが幸せになれると、カインさんは?」

「お前がそうするんだ」
カインは、断言した。「それができると俺は見込んだ。いや、現に、もうそうなっているではないか。アステリアを見れば、分かるだろう」

その言葉を考える。しかし、心には以前の迷いは出てこず、ただ自分がそうしたいと思う純粋な気持ちが芽生えていた。



「…分かりました。俺は、皆が幸せになれる場所を作りたい。いや、作ると決めている。この話、俺から皆に説明させてください」



カインは、頷いた。
「ああ。お前がどうしたいのかを、ちゃんとお前の口で、仲間たちに話してこい」



ルシアンたちが、王都で束の間の休息を得ていた、その数日間のことである。
ギルドマスター・カインは、一人、静かに、しかし迅速に動いていた。

彼が最初に向かったのは、王城の奥深く、国王アラルディス陛下の私室だった。
「――ルシアン殿を、クロスロードの新たな長に」

カインの言葉に、アラルディスは驚きもせず、ただ静かに問い返した。
「…それが、お主の答えか、カイン」

「はっ。陛下、私は彼を試しました」
カインは、先日アステリアへ送り込んだ移民たちの件を語り始めた。
「クロスロードで最も厄介な、居場所のない荒くれ者どもを五十名、彼の元へ送り込んだのです。力でねじ伏せるか、あるいは持て余して追い返すか。私はそう見ておりました。しかし、彼は違った。言葉ではなく、奇跡で応えたのです」

カインは続ける。
「何もない荒野に、一夜にして豊かな農地と泉を創り出し、彼らに『希望』を与えた。結果、荒くれ者どもは、恐怖ではなく、心からの畏敬の念で、彼に膝をついたと聞いております。…あれほどの力を持ちながら、それを民を豊かにするために使う。これほどまでに信頼できる指導者が隣国の長となる。これ以上の安全保障が、ありましょうか」

その言葉に、アラルディスは静かに頷いた。
「…分かった。シルベリア王国としては、その提案に異存はない。だが、最終的に決めるのは、クロスロードの民であり、そして、ルシアン殿自身だ」
「御意」

王の了承を得たカインの動きは、早かった。
その足で、王都に滞在していたクロスロード商人ギルドの新代表の元を訪れる。
「話は聞かせてもらった。ボーモン家から譲渡されたグレイロック鉱山…あれを本格的に稼働させるには、アステリアの協力が不可欠だ。ルシアン殿が長となるのなら、我ら商人ギルドとしても、これ以上の話はない」

次に、カインは騎士団の詰め所にいるガウェインを訪ねた。
「軍人として、俺は強い者を信じる。あの少年とその仲間たちは、もはや一個人の戦力ではない。一つの軍隊だ。彼らがクロスロードの盾となるのなら、シルベリアにとっても、これほど頼もしいことはない」

最後に、カインはアステリアの評議会のメンバーが滞在する宿を、それとなく訪れた。
酒場で談笑するバルトやクララ、そして、その中心で穏やかに微笑むブレンナ。彼は、ルシアンがただ強いだけでなく、彼を支える、温かく、そして有能な仲間たちに恵まれていることを、その目で確かめた。

王の承認、商人の期待、騎士の信頼。ルシアンがクロスロードの長となるための、地ならしは済んだ。
カインは、宿屋の窓から、仲間たちと語らうルシアンの姿を遠くに眺めながら、静かに呟いた。
「盤面は、整えた。さあ、ルシアン。次の一手は、お前が指す番だ」



昼過ぎ、王都に滞在しているアステリアの関係者が、王宮の一室に集められていた。窓から差し込む柔らかな光が、部屋の中の緊張した空気を、わずかに照らし出している。
ルシアンは、集まった仲間たち――ブレンナ、クララ、バルト、コンラッド、フィアナ、バルディン、そしてユリウス、レン、エリアナ――を前に、静かに切り出した。
「今朝、カインさんと話した。その中で、また急な話になるが、皆に聞いてほしいことがある」

そのただならぬ雰囲気に、ブレンナやクララたちは息を呑み、大欠伸をしていたバルトも、思わず口を閉じる。



「俺は、クロスロードとアステリア、両方のリーダーになる」
「いや、ならせてほしい」



一同が、その言葉の意味を測りかねて静まり返る中、エリアナが、これまでとは違う、鋭い視線でルシアンに問いかけた。



「…あなたが、そうしたいのね?」

「そうだ。俺が、皆が幸せになる場所を作る。そのために、国を預かりたい」

「今までは、誰かを守るためだった。でも、これは違う。あなた自身の『野心』なの?」



まるでルシアンを問い詰めるようなその物言いに、レンが「エリアナ…?」と戸惑いの声を漏らし、ユリウスも心配そうに二人を見つめる。

しかし、ルシアンは怯まなかった。彼は、エリアナの目をまっすぐに見つめ返し、はっきりと告げた。
「そうだ。皆、俺に、俺のやりたい事についてきてほしい」

一瞬の、静寂。



「カッコよくなったね! ルシアン!」
エリアナは、その表情をぱあっと花が咲くように輝かせ、ルシアンを見つめる。



彼女は、彼が誰かのためだけでなく、初めて自分の意志で未来を掴もうとしていることが、心の底から嬉しかったのだ。
その言葉を皮切りに、それまで固唾を飲んで見守っていた仲間たちから、歓声が上がる。

「そうだ、それでこそ俺たちのリーダーだ!」バルトが、拳を力強く握りしめる。

クララもまた、その言葉を商人として冷静に分析し、そして、一人の仲間として静かに頷いた。
「ええ。その未来、投資する価値は十分にあります。我々の全てを、あなたに懸けましょう」

「ふん、ようやく王の器になったか」バルディンもまた、満足げに頷いていた。

周囲を優先し、時に自分の決断に苦悩していた少年は、もうそこにはいない。自らの信念のために仲間を牽引し、その道を示す、真のリーダーが、そこにいた。

ルシアンは、そんな仲間たちの顔を見回すと、深く、そして晴れやかな表情で頭を下げた。
「ありがとう、みんな。俺に、任せてくれ。必ず、皆で幸せになろう」

その言葉に、一同は地鳴りのような雄叫びで応えた。



翌日。王城の一室は、歴史が動く瞬間の、重厚な静寂に包まれていた。
部屋に置かれた巨大なオーク材のテーブルには、昨日の祝宴の華やかさとは対照的な、張り詰めた空気が流れている。そのテーブルを挟んで座るのは、シルベリア国王アラルディス、ギルドマスター・カイン、そして、アステリアの長ルシアン。三つの勢力の未来を決定づける、歴史的な会談が、今、始まろうとしていた。

国王アラルディスが、厳かに口を開いた。
「カインの提案について、シルベリア王国は全面的に支持する。これより、ルシアン殿を、クロスロードの新たな執政官として、公式に認知する」

その言葉を受け、カインがルシアンに向き直る。
「ルシアン、これから正式な手続きを進める。クロスロードはアステリアと共に、『クロスロード=アステリア連邦共和国』として、新たな第一歩を踏み出す。正式な就任は二ヶ月後。それまでに、新たな国の体制を詰めていこう」

ルシアンは、その言葉を静かに受け止めると、ゆっくりと立ち上がった。
その瞳には、もはや少年らしい戸惑いの色はない。若きリーダーの威厳だけが宿っていた。
彼は、国王とカイン、二人の顔をまっすぐに見つめると、深く、そして力強く頷いた。


「その重責、謹んでお受けします」


それは、彼がもはやただの村の長ではなく、一つの国家を背負う存在となった、その瞬間だった。
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