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[その1] 医師と少年

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『昔々、森に迷った若者が、怪我をして動けなくなり困っていました。
そこへ、美しいエルフの娘が現れて、若者を助けます。
二人は恋に落ち、やがて、可愛い男の子を授かったのでした。めでたし、めでたし』

一見、ありがちな(?)物語も、現実となると複雑で…。


7歳の少年ミューは、小川に映る自分の顔を見て「はぁ」と溜息をついた。

「どう見たって、エルフではないし…祖人でもない…よね」

この大陸の『人類』と呼ばれる者には、様々な種族がいる。
「エルフ」「ドワーフ」「小人」「獣人」…そして一番最後に誕生したのが「羽根人」という翼を持つ者たち。
どの種族も、「祖人」を元に誕生したと言われ、特殊な能力に秀でている。
「祖人」は特徴的な外見や能力はないが、その強い心と豊富な知識は人類の『祖』であり、どの種族からも敬われていた。

ミューはエルフと祖人の間に産まれた半エルフ。
肌はエルフのような透明感はないが、耳はエルフの特徴を持ち、瞳は祖人の父親譲り…。

通い始めた学校の自己紹介では、エルフとも祖人とも言えず、級友たちに変な目で見られてしまった…。
そのせいか、エルフの里から、このクエナの町に越してきて、もう半年が過ぎようとしているのに、未だに仲の良い友達ができない。
かといって、6歳まで過ごしたエルフの里に未練はなかった。
そこでは友達すらできなかったのだから。

「…やっぱり、半エルフ…っておかしいのかな…」

エルフの里で半エルフは自分だけだった。
祖人の父親も里ではかなり浮いていた。
表向き、エルフ族は皆、優しくしてくれていたが、『よそ者』感はずっと拭えなかった。
子供たちに至ってはもっと残酷で、ミューは何度もはっきりと「お前は俺たちと違う」と言われたものだ。
そしてここ、クエナの町でも、半エルフは今のところ見かけない…。

ミューは、盛大な溜息とともに立ち上がった。
小川まで来たのは、町の外れにある林に、薬草が生えている場所があると聞いたからだ。
喉が渇いて小川の水を飲んでいたのだが、川に映る自分の顔を見て、考えたくもないことを考えてしまっていた。

「いけない。遅くなっちゃうな」

歩を進めて薬草がありそうな場所を探す。
オオバコ、ハマスゲ…何種類か生えそろっているが、目的の草が見当たらない。
もう少し先に行ってみようか…そう思って顔を上げると、小さな小屋が目に入った。
木を組んだ建物は、エルフの里にあった家に似ており、懐かしさを感じさせる。

「確か、林の中に診療所があるって言ってた…これがそうなのかな…」

町外れの林に、若い頃は剣士だったという、祖人の医者が居るのは聞いていた。

(こんな場所で診療所を開くなんて、相当な変わり者とか…?)

低い立木の影から、想像を膨らませながら診療所を見ていると、その扉が開かれ、背の低い初老の男性が現れた。
男性はぎこちない歩き方をしながら、診療所の裏手に回る。
その様子から、もとは剣士だったとは想像しがたかった。

(もしかしたら、助手の人…かな?)

気になって、診療所の裏手が見える場所にミューは移動した。

男性は納戸から小ぶりの斧を取り出し、手作りの低い腰掛けに座る。
その傍らにある厚い麻布をまくり上げ、積んであった木材を取り出すと、斧を片手に割り始めた。

小ぶりの斧だが、片手で振るのはきついはず…。
なのに、その男性の腕を見れば、それは容易いことのように見えた。
普通の医者がそんなことが出来る筈もなく…。

「…昔、剣士だったっていうなら、あの人がここの医者か…」

その時、割った木材が大きく弾けて、遠くへ飛んでしまった。
男性は立ち上がりにくそうにして身を起こすと、それを取りに行く。
よく見ると足は義足のようだった。
ミューは思わず駆け出していた。

「あの…ボク…いや、オレで良ければ手伝います」

その声に、男性は顔を上げた。
不意な申し出と共に現れた小さな少年。
人称を「オレ」と訂正するのは、背伸びをしたい年頃なのか…。

「…ほぉ。見慣れん子だな…。手伝ってくれるとは助かるが…これが振れるかな?」

男性が片手で持ち上げる斧を見て、ミューは「う」と声を詰まらせた。
普段自分が使う斧より少し大きい気がする。
それでも両手を使えば…そう思って斧を受け取ると、男性が見守る前で大きく振り上げる。

「…!」

振り上げた瞬間、そのまま後ろに体が持っていかれそうになり、踏み留まった。
体勢を立て直し、何とか斧を振り下ろすも、狙いが少しずれる。
結果、薪の太さは均等にならず、「あぁ」と落胆した声がもれた。
それを見て男性が笑う…が、その笑いは馬鹿にするものではなかった。

「なかなか筋はいい。だが、お前さんにはこっちの方がいいだろうな」

そう言って、小枝落とし用の鉈を取りだした。
ミューはそれを受け取り、太すぎた薪を補正する。

「まだ小さいのに慣れたもんだな…家の手伝いを良くしている証拠だ」

「ボク…オレはもう7つです。小さくなんかありません。…エルフの里ならこれくらいできて当然…です…」

言葉を噤んだ少年の隣に座り直すと、男性は割った薪を拾い上げた。

「エルフの里から来たのか…そういえば、数か月前にそんな家族が越してきたというのは聞いていたな…。名前は何という?」

「…ミュー、です」

「ミューか。わしはメルクロ。ここで医者をやっている」

メルクロはそれ以上何も言わない。聞いてこない。
エルフの里から、祖人の父と、エルフの母と、その子供が越してきた、というと、大抵の人は興味本位でいろいろ聞いてくるのに。
ミューは思わず問いかけた。

「メルクロ…先生?」

「ん?」

「先生は、…半エルフ…って、珍しくないんですか?たくさん見たことあります?」

「…いや、そう何人も会ったことはないな。…ミューで3人目くらいか」

あっけらかんと返してくる様子に、妙な拍子抜けをする。
ミューは作業の手を止めて、俯き加減に言葉を続けた。

「…オレ…自分が何なのか…よく、分からなくて…。先生は祖人、ですよね?…オレは、エルフにもなれないし、祖人にもなれないから…どうやって生きて、どうやって死んで行くのがいいのかな…って」

「どうやって生きて、どうやって死んでいく…?」

「…はい。この間、父さんの方の親戚が亡くなったことで、珍しく父さんと母さんが喧嘩したんです。…母さんはエルフだから、『人生を全うしたら人は森に還るものよ』って言うし、父さんは祖人だから『先祖から伝わる墓標にその骨を埋めるものだ』って言うし…」

子供らしくない悩みを聞いて、メルクロは目を丸くする。
この子は頭がいいのだろう。その分、難しく考えすぎるのだ。

「…ふむ…。わしは確かに祖人で、ミューよりも遥かに大人だが…自分が何なのか、どこに向かっていくべきなのか、悩むこともあるぞ?」

「え。そうなんですか?」

「そう悩むときは、必ず他の何かと自分を比べている時が多い。もちろん、そういうことも必要なんだがな…。だが、そうなってしまうと立ち往生だ。何も進まない」

「…はい…」

メルクロは素直なミューに微笑むと、懐からパイプを出して火を入れた。
こんな話をしていると、数年前まで、ここで暮らしていた黒髪の少年を思い出す。
悩み、もがき、そして今も答えを見つけられないでいるであろう少年。
今頃どうしているのか…。
メルクロは、空を見上げるようにして、煙を口から吐き出した。

「ミューは、何か得意なことは無いのか?夢中になれるものでもいい」

言われて、ミューは考える。
父親はかつて、大きな都で自然界を研究する学者だったという。
エルフの里で暮らすようになり、学者としての地位はほぼ無くなってしまったが、ミューは幼い頃から父と勉強をするのが好きだった。

「得意…というか…、勉強が、好きです。いつかオレも父さんみたいな学者になれたら…って…」

「そうか。なら、それを大事にしなさい。その夢を追ううちに、もしくはその先に、自分が何なのか、何をするべきなのか、答えも出てくるはずだ…死ぬことについては…まだ考えなくても良かろう。いずれそれも答えが出る」

「…はい!」

メルクロの言葉に、ミューの心は少し晴れやかになった。
作業を再び始め、その日に必要な薪を用意し終わると、薪を纏めるメルクロに向かって一礼した。

「ん?どうした?」

メルクロの声に、紅潮させた顔を上げると、ミュー思い切ったように話し出す。

「先生、また来ていいですか?…オレ、さっきみたいな話は父さんや母さんにもできないし…。それに、友達とかいなくて…もちろん、いろいろお手伝いもします」

ミューの申し出に、嬉しそうにメルクロは笑った。



「それは構わんさ。手伝いもしてくれるなら大助かりだ。…そもそも、この辺に来たのは何か用事があったんじゃないのか?」

「あ!そうだ…薬草を探してたんだ…。血止めになる葉っぱを…。うち、薬は全て母さんの手作りなんです」

「ほほう。エルフの薬は効能もいいからな…。チドメグサなら在庫がある。それを持っていきなさい」

「え、いいんですか?」

「薪割の駄賃だ」

「…!ありがとうございます!」

ミューは薬草を分けてもらうと、すっかり陽も暮れる頃に家に着いた。


そしてその夜は、林で出会った医者の話を両親にした。
珍しく、他人の事を嬉しそうに話す息子の様子を見て両親は驚いたが、それは良いことだと思った。

そもそもクエナの町に越してきたのは、ミューのためでもあった。
この町は祖人が中心だが、他の種族も共に暮らし、皆が支えあっているという噂を聞いた。
エルフの里ですっかり孤立してしまったミューに、友達を作ってほしいと思ったのだ。

それなのに、ミューはますます自分の殻に閉じ籠もり気味に見えて、とても心配していた。
話の医者は、同じ年頃の友達…とは言えないが、誰かに興味を示す、というのは大事にしたいと思った。

「先生は足が不自由で、いろいろ大変だと思うんだ。だからオレ、時々手伝いに行きたいんだけど…」

「あぁ、それは構わないよ。あの先生はすごく腕が立つという評判で、人柄も良いと聞くしな」

「そうね。ミューもいろいろ勉強になると思うわ。この頂いた薬草…どれも素晴らしいわ。目利きもいいのね。明日、先生にお礼を持って行ってね」

翌朝、母親は自ら調合した生薬と、父親が働く製糸工場でもらった白い布地を何枚か持たせてくれた。


ミューはそれからほぼ毎日のように、学校の帰りに林に立ち寄っては、メルクロの手伝いをするようになった。
薪割や食事の支度など、身の回りのことを進んでやってくれるのは、メルクロにとってありがたかった。
時々、軽い怪我をした小さい子供がやってくれば、その相手をしてくれたり、深刻な状況の患者が来た時も、歳に似合わず冷静な態度で、メルクロからの指示を的確にこなしていた。

定期健診に来たという、年老いた祖人の男性は、てきぱきと仕事をするミューを見て『メルクロ先生のところに来た新しい助手』と思ったようだ。

「昔はなぁ、先生の奥方が助手をやってたんだがなぁ…。戦争がみんな奪ってしまった…坊も産まれたばかりだったのになぁ…」

初めて聞く話にミューは神妙な顔になったが、メルクロにとっては毎回繰り返し語られる内容のようで、適当に相槌を打ちながら笑顔で受け流していた。

「ジャルブ爺さんも、良く戦争を耐え抜いて長生きしてくれて…わしも嬉しいよ。…よし。今日も健康そのものだ。また来月、元気に会えるのを楽しみにしてますよ?」

メルクロに太鼓判を押してもらったジャルブ爺さんは、帰り仕度をしながらミューに話しかけた。

「新しい助手さんや、メルクロ先生は本当に素晴らしいお医者様じゃ。クエナの町の人たちは、みんな感謝しとる。この町に無くてはならない人なんじゃよ?しっかり手伝ってな」

帰り際に頭をぽんぽんと撫でてくる辺り、本当に助手と思っているのかは怪しいところだったが…。

でも、ジャルブ爺さんの言葉は尤もだと思った。
診療所に来る人みんな、帰りは笑顔になる。
種族に関係なく、怪我や病気の重さに関係なく、メルクロは全て同じように接する。

こんなに立派なお医者様が、たったひとりで、どうしてこんな場所で…?

メルクロのすごさを思えば思うほど、その疑問は拭えず、ミューは何気なく問いかけた。

「…先生は、助手は雇わないんですか?」

すると、先ほどより沈んだ声で、メルクロの言葉が返ってきた。

「助手か…ここまで通いに来る物好きはなかなかいないからな…今思えば、妻は良くやってくれてたな…」

ひょっとして、余計なことを聞いて、辛い記憶を呼び覚ましてしまったのだろうか。
ジャルブ爺さんの話は、いつもの戯言として流していたのだろうに…。
ミューは申し訳なさそうに、俯いて言葉を探した。

「そうでしたか…先生の奥さんと息子さん…会いたかったな…今度お墓参りに行きたいです」

ミューからの思わぬ言葉にメルクロははっとなった。
意識せず発した言葉が、いつもより沈んでいたと自覚する。
小さい子供に気を遣わせてしまうとは…メルクロは詫びるように、ミューの頭をくしゃりと撫で、笑顔を向けた。

「そうだな…今度案内しよう。ありがとう」


そこへ、、扉を叩く音とともに、訪問者の声が響いた。

「メルクロ先生?いらっしゃいます?私、イパワラからユニヴァス様の使いで参りました、ウィスカでございます」

高い声音だが、男性のようだった。その声にメルクロの顔が曇る。
イパワラと言えば、王都のお膝元ともいえる場所に位置する、クエナよりも大きな町だ。
そんな遠くから来た患者さん?
出ようとするミューの腕を抑えてメルクロは顔を横に振るが、扉は向こうから開けられた。
そこには背の高い、ツリ目の祖人の男性が立っていた。
山高帽子はこの辺では珍しく、身なりもきちんとして、それはまさしく大きな街からの使者という井出達だった。

「お久しぶりです、メルクロ先生」

ツンとした表情で語る口調は、どこか気取っているようで、あまり良い印象を持たない人だと、ミューは思った。
何よりメルクロの態度から、歓迎されない客なのは確かだ。

「…はて。どなただったかな?」

とぼけるメルクロに、ウィスカは軽く頬を引き攣らせるも、落ち着いた声で話し出す。

「お忘れですか?もう五年程前から、毎年のように顔を見せているのですがね…。今日は、蒼の聖都に向かう途中に、ここに立ち寄ったのです。以前からのお話、考えて頂けてます?」

「…何度来ても同じだ。わしはこの町から出るつもりはない」

「…え?」

メルクロの言葉に、ミューが驚いた声を上げる。
初めて顔を見る少年に、ウィスカは訝し気な表情を見せたが、気を取り直したように言葉を続ける。

「そう仰らずに。必要な支度金などは我が領主、ユニヴァス様の方でご用意いたします。メルクロ先生なら、こんな町のこんな場所よりも相応しいところで、王都のお抱え医師として活躍できるんですよ?」

「…ふん。それは王都からの差し金か?わしの後見人として、わしを王都に差し出せば、どれくらいの土地が譲られることになるのかな」

「…人聞きの悪い。これは世のためでもあるんですよ?それに貴方自身のためにも。もっと大きな診療所で、治療代だって今の何倍ももらえるでしょうに」

目の前のやり取りを見て、ミューは察した。
メルクロの医者としての腕を利用して、自分たちの領土を広げようとする卑劣なやり方に怒りがこみあげてくる。

「…あぁ、確か、ここには亡き奥様とご子息の墓標があるから離れたくないとか…。でしたら、私どもの方で、立派な墓標をご用意しますから。一体どんな墓かと見に行ったら…何ともささやかな…」

くすくすと笑うウィスカの声を吹き飛ばすよう、突然、診療所の床を激しく打つ音が響いた。
見ると、ミューが手にした箒の柄を床に叩き付け、仁王立ちしている。

「帰ってください!先生は行かないと言ってるでしょ?これ以上、貴方にここに居られると仕事の邪魔なんです!」

「…な?何だこの子供は…」

「オレは子供じゃない!先生の助手だ!帰らないと言うなら、追い出すまでです!」

そう言うと、ミューは箒の柄をウィスカに突き付けた。
見上げてくる瞳は鋭く、本気の怒りが伝わってくる。
その気迫に押されるように、ウィスカは一歩退いた。

「…な…数年前は黒髪の子供が剣を向けてきたし…。何なんだここは…。わかった、帰りますよ!…まったく…」

黒髪の子供…?
初めて聞く存在に、一瞬気が緩みそうになったが、ミューはウィスカの姿が見えなくなるまで、睨みをきかせていた。
その後ろで、呆気に取られていたメルクロが、大声で笑い出す。

「こりゃいい。ミューは勇ましいな。ウィスカのあの顔…」

腹を抱えて笑っているメルクロに振り返り、握りしめていた箒の柄の力を解くと、ミューはふぅと息を吐いた。

「笑い事じゃないですよ…あんな奴ひとりなら何とかなるけど…もしももっと悪い人が来て、先生を攫うようなことがあったら、どうするんですか…」

心底心配してくれているのだろう、ミューの沈む顔を見てメルクロは笑うのを止めた。

「あぁ、すまんかった…まぁ、そんな奴らが来たら、わしが剣の腕をお見舞いするがな」

「…剣…そうか、先生は昔、剣士だったんですもんね…。そういえばさっき、剣を向けてきた黒髪の子供って…先生が教えたんですか?」

その言葉に、メルクロはその少年の姿を思い出していた。
あまり人と話したがらず、ウィスカが来た時も部屋の隅で黙って様子を見ていたが、メルクロの腕を掴もうとしたウィスカに向かって、素早く剣を抜き、突き付けた。
あの時の動きは、その辺の剣士よりも見事なものだった。

「……あぁ、デュークか…そうだ。あの子もミューと同じように自分を見つけられないでいてな…わしが剣を教えたんだ…」

「先生の子供…?じゃ、ないですよね?」

「…まぁ、息子みたいなもんだがな…今頃は、蒼の聖殿で立派な剣士になっているだろうな」

「……」

聖殿…そこは羽根人の暮らす場所。
どういった経緯で、祖人が羽根人を育てたのかは分からなかったが、懐かしむように視線を遠くに馳せるメルクロに、これ以上立ち入って聞いていいものかわからず、ミューは口を閉ざした。

「そうだ。話のついでだ…これからわしの妻と息子の墓参りに行くか…ウィスカが言うほど、小さくないはずだぞ?」

冗談めかしながら言うメルクロに、ミューは微笑んで大きく頷いた。


その墓標は林のさらに奥。
町の人の墓地とは別の場所にひっそりと建てられていた。
綺麗に磨かれた墓石と、周囲を囲む手造りの柵は、弔う人の気持ちが込められている。

「立派なお墓ですね…」

ミューは途中で摘んだ季節の花を献花し、手を合わせた。
メルクロは墓石を静かに撫でながら言葉を紡ぐ。

「人は死んだら、肉体を捨て魂だけになる。その魂は精霊に導かれ、闇の世界で安らかに眠り、やがて、次の生を受けるため、光の世界に旅立つ…。これは昔から伝わる話だな…。
魂の抜けた肉体…それを弔うのは種族によって様々だ。エルフは自分たちが誕生したとされる森に還し、獣人は自然のまま、その遺骸を他の動物の糧にする…祖人が墓を建てるのは、人が人から生まれることを尊重しているのかもしれないが…ただ、還るべき場所に留まりたいから、かもしれんな…」

「還るべき場所…」

「わしが産まれたのは、ここクエナではない…故郷は遠くにあるんだがな…。今はこの場所こそが、わしの還るべき場所と思っている。医者として人生を全うした暁にはな…」

還るべき場所。
それは、自分がエルフとか祖人とかで答えが出るものではない。
どうやって生き、どうやって生きてきたか…で、人はその場所が決まるのだろう。

「…先生。さっきも言ったけど…オレ、先生の助手になれませんか?」

突然の申し出に、メルクロが瞳を見開く。

「今は学校があって、毎日来るのは無理だけど…あと三年したら卒業だし…」

「それは初等部の話だな…。ミューは学者になりたいんじゃなかったのか?学者を目指すなら、試験を受けて大きな街の学舎に入る必要があるぞ?」

「勉強は続けます。先生のところに通いながら、いずれ試験も受けて…でも今は、やりたいと思うことをいろいろやってみたいんです」

メルクロの傍で多くのことを学べば、自分という者が何なのか、わかってくるような気がするのだ。
真剣な顔で返してくるミューに、メルクロは静かに笑った。
真面目で頑固で、どこか危うさがある…そんな少年たちと自分は縁があるのかもしれない。

「…そうか。わかった。優秀な助手が居れば、わしも大助かりだ。…ただ、ミューのご両親にもちゃんと話をしないといけないな」

「…はい!ありがとうございます!」


三年後。
両親も承諾してくれたミューは、毎日朝早くから、メルクロの診療所に通い、身の回りのことや診察の助手をこなすようになった。
その勤勉さは徐々に町の人たちに伝わり、興味を持つ小さい子や元の級友たちと交流も増え、友達もできた。

「先生…最近オレ、半エルフでも良かったな…って思います。だって、友達になる子や、優しくしてくれる町の人って、オレがエルフとか祖人とか関係なく思ってくれてるでしょ?」

わずか十歳で答えを導き出したミューに、メルクロは称賛するように、笑いながらその頭をくしゃくしゃと撫でた。
それでもこの先、心無い人に出遭ったり、導き出した答えに自信が持てず、不安に思うことも出てくるだろう。
だが、メルクロは確信していた。

「それがわかっているなら、お前さんはこの先、何があっても大丈夫だ…」

その言葉に、ミューは嬉しそうに笑った。


~おわり~
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