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帰国の知らせ
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「クロッカ嬢、折角帝国に馴染んできたのに王国へ帰ってしまうのは残念だよ」
「そう言ってもらえるのはとても光栄です。賓客として招いてくださった陛下に何もお返しできず帰ることは心苦しいですわ」
「君の着眼点は素晴らしかった。今まで価値のないと思っていた日常に価値を見出し、外からの目線の大事さにこちらが気付かされたんだから、この視察は両国にとってとても有意義なものだったよ」
「そう言っていただけると私も心が軽くなります。帝国も、王族の方も国民性というのでしょうか、皆とても親切で真面目で、この国が大きくなったのも政策がよかったのはもちろんですが、陛下の人柄も大きいのでしょうね」
大帝国ともいえるこの国の長であれば、野心に塗れた残忍さを持ち合わせていてもおかしくはないのだが、帝国内の領地を、武力の庇護下に置くように考えている。
中々いない良心に溢れた皇帝といえる。
「ただ良い人でいることが良いというわけではないよ。国の上に立つ以上、切り捨てなければいけない場面はいくつもある。それでも一人でも多くの人に安全を約束しなければならないのが国の長というものだ。一人を見捨てる残忍さがなければ務まらない」
「一人一人を守るのはまた別の仕事ですもの。それを残忍と非難することは出来ませんわ。それでもその一人を救おうと模索する陛下だからこそ、この国が纏まっているのです」
「そんな事を言われたのは初めてだな。これからもそういう姿勢でいなければならないと背筋が伸びる。君は言葉選びが上手い」
緩やかなステップの続く前半に反して、後半からは恋の情熱を表す大胆なステップとターンが続く。
「アガトンはどうだ?あいつの嫁になれば広大な領地と公爵家を好きなように改変していけるぞ」
「私には既に婚約者がおりますわ」
ステップを踏むために大きく足を開くと、ドレスのサイドのレース部分に足を貼り付けるようになり、腰の部分から足の先まで透けて見える。
これは中々に恥ずかしいなと感じながらも、なるべく視界に入らないように皇帝陛下へと目線を送る。
「そうだったな。残念だよ。破談にでもなればいつでも息子達から選ばせよう。そんな時が来たら覚えておいてくれ。君が領地運営するところも見てみたい」
「もしそうなっても、実際に領地運営をするのは私ではないではありませんか。私の婚約者も、元々は領地運営を手伝わせたくて、私を婚約者にしたのを思い出しましたわ」
シュゼインの婚約者であった頃を思い出すと眉が下がるのを感じる。
苦々しい思い出が噴水のように湧き上がって、つい自分を卑下したくなってしまう。
しかしもうそんな想いに埋もれるつもりはない。
「成程、昔からその才能を見出していたのが今の婚約者というわけか。それなのに何故結婚をせずに帝国へ来たんだい?」
「男性を焦らすのもたまには必要なのですよ。私付きの侍女も結婚間際でしたが、離れている間の婚約者の熱烈なアプローチに喜んでいますわ」
「そうだな。好きな女に振り回されるのも悪くない」
好きでもない相手に振り回されるのは如何なのだろうかと不意に頭に浮かんだが、なんてことはない。
振り回されたくないに決まっている。
こうしてアルベルトとの関係を偽るごとに、心がすり減るように荒んでいく。
嘘を吐く事に慣れ、言葉を放った一瞬、アルベルトとの関係が本当はいいものであったかのように錯覚している。
他人へ仲が良いように振る舞いつつも、現実は自らの口から出る関係とは程遠いものなのだから、口から出た言葉が自分の理想なのではないかと自身を嘲笑う。
嘘を吐くたびに心は分離して決して交わらない感情を生み出していく。
アルベルトの事は誰にも触れて欲しくはない。
「私は王国に戻れば、官職として身を立てることになりますから、婚約破棄したとしても帝国へ嫁に来ることは出来ませんわね」
「あぁそうだったか。それでも人生の中で逃げ出したい程苦労する事もある。何かあれば隣国にも逃げ場があると思っておくのは悪い事じゃないさ」
「ありがとうございます。対価として相応しいものを私が用意してきた時は、是非受け入れてくださいませ」
「これはこれは。如何にも官僚らしい考え方だ。向こうではアガトンもまた世話になる。よろしく頼むよ」
陛下の右手、左手がターンを繰り返すクロッカを支える。
ダンスのエスコートは慣れているとはいえ、陛下のダンスはとても上手く、キャサリンの言っていた通り、安心して身を任せていられる。
腰に添えられた手が信頼できると、これ程までに楽に踊れるのかと自分でも驚くほど簡単に体がしなる。
「至極当然でございます、陛下」
最後に音に合わせてカーテシーをとると、周りからは拍手が起こっていた。
わずかに息が上がるのを感じる。
「見事なダンスだった」
「陛下のエスコートの賜物です。ありがとうございました」
何があっても受け止めてもらえるという単純な信頼というのは意識的に芽生えるものではない。
陛下とのダンスの快感は、久しぶりに感じるものであった。
「そう言ってもらえるのはとても光栄です。賓客として招いてくださった陛下に何もお返しできず帰ることは心苦しいですわ」
「君の着眼点は素晴らしかった。今まで価値のないと思っていた日常に価値を見出し、外からの目線の大事さにこちらが気付かされたんだから、この視察は両国にとってとても有意義なものだったよ」
「そう言っていただけると私も心が軽くなります。帝国も、王族の方も国民性というのでしょうか、皆とても親切で真面目で、この国が大きくなったのも政策がよかったのはもちろんですが、陛下の人柄も大きいのでしょうね」
大帝国ともいえるこの国の長であれば、野心に塗れた残忍さを持ち合わせていてもおかしくはないのだが、帝国内の領地を、武力の庇護下に置くように考えている。
中々いない良心に溢れた皇帝といえる。
「ただ良い人でいることが良いというわけではないよ。国の上に立つ以上、切り捨てなければいけない場面はいくつもある。それでも一人でも多くの人に安全を約束しなければならないのが国の長というものだ。一人を見捨てる残忍さがなければ務まらない」
「一人一人を守るのはまた別の仕事ですもの。それを残忍と非難することは出来ませんわ。それでもその一人を救おうと模索する陛下だからこそ、この国が纏まっているのです」
「そんな事を言われたのは初めてだな。これからもそういう姿勢でいなければならないと背筋が伸びる。君は言葉選びが上手い」
緩やかなステップの続く前半に反して、後半からは恋の情熱を表す大胆なステップとターンが続く。
「アガトンはどうだ?あいつの嫁になれば広大な領地と公爵家を好きなように改変していけるぞ」
「私には既に婚約者がおりますわ」
ステップを踏むために大きく足を開くと、ドレスのサイドのレース部分に足を貼り付けるようになり、腰の部分から足の先まで透けて見える。
これは中々に恥ずかしいなと感じながらも、なるべく視界に入らないように皇帝陛下へと目線を送る。
「そうだったな。残念だよ。破談にでもなればいつでも息子達から選ばせよう。そんな時が来たら覚えておいてくれ。君が領地運営するところも見てみたい」
「もしそうなっても、実際に領地運営をするのは私ではないではありませんか。私の婚約者も、元々は領地運営を手伝わせたくて、私を婚約者にしたのを思い出しましたわ」
シュゼインの婚約者であった頃を思い出すと眉が下がるのを感じる。
苦々しい思い出が噴水のように湧き上がって、つい自分を卑下したくなってしまう。
しかしもうそんな想いに埋もれるつもりはない。
「成程、昔からその才能を見出していたのが今の婚約者というわけか。それなのに何故結婚をせずに帝国へ来たんだい?」
「男性を焦らすのもたまには必要なのですよ。私付きの侍女も結婚間際でしたが、離れている間の婚約者の熱烈なアプローチに喜んでいますわ」
「そうだな。好きな女に振り回されるのも悪くない」
好きでもない相手に振り回されるのは如何なのだろうかと不意に頭に浮かんだが、なんてことはない。
振り回されたくないに決まっている。
こうしてアルベルトとの関係を偽るごとに、心がすり減るように荒んでいく。
嘘を吐く事に慣れ、言葉を放った一瞬、アルベルトとの関係が本当はいいものであったかのように錯覚している。
他人へ仲が良いように振る舞いつつも、現実は自らの口から出る関係とは程遠いものなのだから、口から出た言葉が自分の理想なのではないかと自身を嘲笑う。
嘘を吐くたびに心は分離して決して交わらない感情を生み出していく。
アルベルトの事は誰にも触れて欲しくはない。
「私は王国に戻れば、官職として身を立てることになりますから、婚約破棄したとしても帝国へ嫁に来ることは出来ませんわね」
「あぁそうだったか。それでも人生の中で逃げ出したい程苦労する事もある。何かあれば隣国にも逃げ場があると思っておくのは悪い事じゃないさ」
「ありがとうございます。対価として相応しいものを私が用意してきた時は、是非受け入れてくださいませ」
「これはこれは。如何にも官僚らしい考え方だ。向こうではアガトンもまた世話になる。よろしく頼むよ」
陛下の右手、左手がターンを繰り返すクロッカを支える。
ダンスのエスコートは慣れているとはいえ、陛下のダンスはとても上手く、キャサリンの言っていた通り、安心して身を任せていられる。
腰に添えられた手が信頼できると、これ程までに楽に踊れるのかと自分でも驚くほど簡単に体がしなる。
「至極当然でございます、陛下」
最後に音に合わせてカーテシーをとると、周りからは拍手が起こっていた。
わずかに息が上がるのを感じる。
「見事なダンスだった」
「陛下のエスコートの賜物です。ありがとうございました」
何があっても受け止めてもらえるという単純な信頼というのは意識的に芽生えるものではない。
陛下とのダンスの快感は、久しぶりに感じるものであった。
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