クロッカ・マーガレット・ハイランスの婚約破棄は初恋と共に

佐原香奈

文字の大きさ
91 / 130
帰国の知らせ

3

しおりを挟む
「クロッカ嬢、折角帝国に馴染んできたのに王国へ帰ってしまうのは残念だよ」


「そう言ってもらえるのはとても光栄です。賓客として招いてくださった陛下に何もお返しできず帰ることは心苦しいですわ」


「君の着眼点は素晴らしかった。今まで価値のないと思っていた日常に価値を見出し、外からの目線の大事さにこちらが気付かされたんだから、この視察は両国にとってとても有意義なものだったよ」


「そう言っていただけると私も心が軽くなります。帝国も、王族の方も国民性というのでしょうか、皆とても親切で真面目で、この国が大きくなったのも政策がよかったのはもちろんですが、陛下の人柄も大きいのでしょうね」



大帝国ともいえるこの国の長であれば、野心に塗れた残忍さを持ち合わせていてもおかしくはないのだが、帝国内の領地を、武力の庇護下に置くように考えている。
中々いない良心に溢れた皇帝といえる。



「ただ良い人でいることが良いというわけではないよ。国の上に立つ以上、切り捨てなければいけない場面はいくつもある。それでも一人でも多くの人に安全を約束しなければならないのが国の長というものだ。一人を見捨てる残忍さがなければ務まらない」


「一人一人を守るのはまた別の仕事ですもの。それを残忍と非難することは出来ませんわ。それでもその一人を救おうと模索する陛下だからこそ、この国が纏まっているのです」


「そんな事を言われたのは初めてだな。これからもそういう姿勢でいなければならないと背筋が伸びる。君は言葉選びが上手い」




緩やかなステップの続く前半に反して、後半からは恋の情熱を表す大胆なステップとターンが続く。


「アガトンはどうだ?あいつの嫁になれば広大な領地と公爵家を好きなように改変していけるぞ」



「私には既に婚約者がおりますわ」


ステップを踏むために大きく足を開くと、ドレスのサイドのレース部分に足を貼り付けるようになり、腰の部分から足の先まで透けて見える。
これは中々に恥ずかしいなと感じながらも、なるべく視界に入らないように皇帝陛下へと目線を送る。


「そうだったな。残念だよ。破談にでもなればいつでも息子達から選ばせよう。そんな時が来たら覚えておいてくれ。君が領地運営するところも見てみたい」



「もしそうなっても、実際に領地運営をするのは私ではないではありませんか。私の婚約者も、元々は領地運営を手伝わせたくて、私を婚約者にしたのを思い出しましたわ」



シュゼインの婚約者であった頃を思い出すと眉が下がるのを感じる。
苦々しい思い出が噴水のように湧き上がって、つい自分を卑下したくなってしまう。
しかしもうそんな想いに埋もれるつもりはない。




「成程、昔からその才能を見出していたのが今の婚約者というわけか。それなのに何故結婚をせずに帝国へ来たんだい?」




「男性を焦らすのもたまには必要なのですよ。私付きの侍女も結婚間際でしたが、離れている間の婚約者の熱烈なアプローチに喜んでいますわ」



「そうだな。好きな女に振り回されるのも悪くない」



好きでもない相手に振り回されるのは如何なのだろうかと不意に頭に浮かんだが、なんてことはない。
振り回されたくないに決まっている。


こうしてアルベルトとの関係を偽るごとに、心がすり減るように荒んでいく。
嘘を吐く事に慣れ、言葉を放った一瞬、アルベルトとの関係が本当はいいものであったかのように錯覚している。
他人へ仲が良いように振る舞いつつも、現実は自らの口から出る関係とは程遠いものなのだから、口から出た言葉が自分の理想なのではないかと自身を嘲笑う。
嘘を吐くたびに心は分離して決して交わらない感情を生み出していく。
アルベルトの事は誰にも触れて欲しくはない。




「私は王国に戻れば、官職として身を立てることになりますから、婚約破棄したとしても帝国へ嫁に来ることは出来ませんわね」



「あぁそうだったか。それでも人生の中で逃げ出したい程苦労する事もある。何かあれば隣国にも逃げ場があると思っておくのは悪い事じゃないさ」



「ありがとうございます。対価として相応しいものを私が用意してきた時は、是非受け入れてくださいませ」



「これはこれは。如何にも官僚らしい考え方だ。向こうではアガトンもまた世話になる。よろしく頼むよ」



陛下の右手、左手がターンを繰り返すクロッカを支える。
ダンスのエスコートは慣れているとはいえ、陛下のダンスはとても上手く、キャサリンの言っていた通り、安心して身を任せていられる。
腰に添えられた手が信頼できると、これ程までに楽に踊れるのかと自分でも驚くほど簡単に体がしなる。




「至極当然でございます、陛下」





最後に音に合わせてカーテシーをとると、周りからは拍手が起こっていた。
わずかに息が上がるのを感じる。



「見事なダンスだった」


「陛下のエスコートの賜物です。ありがとうございました」



何があっても受け止めてもらえるという単純な信頼というのは意識的に芽生えるものではない。
陛下とのダンスの快感は、久しぶりに感じるものであった。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。

しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。 友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。 『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。 取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。 彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

砕けた愛

篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。 あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...