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第一部

彼はミューズ

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社交シーズンを終えたら、穏やかな毎日が訪れた。
マリチェッター夫人が、婚約祝いに人気のドレスデザイナーを専属で雇い入れ、お針子もアシスタントとしてデザイナーについた。


プロムのスーツを買いに行った際のいざこざの件を耳にした夫人がとてもお怒りになって、気合いを入れて口説いてきたらしい。


「これは…」


デイヴィッドは綺麗な金髪なので、明るい色のスーツがよく似合った。パーティでは女性のドレスに合わせて黒や紺、グレーのスーツを着て、アクセントのタイやポケットチーフで色を合わせることが無難だ。


今日はデザインの相談のはずだったが、先に薄いブルーグレーのスーツをデザイナーが激推しとして持ってきたので、着せてみたら本当によく似合った。


「スマートな佇まいに美しい金色の髪に緑の瞳。ぜひ着ていただきたくて頑張りました。すみません…私鼻血が出そうです」

「大袈裟な…」


流行の最先端のドレスを作るのが得意としている若手デザイナーの代表と持て囃されていた彼女は、客を選ぶことで有名だった。いくら他の貴族を紹介したいと言われても、彼女のお眼鏡にかなった存在でないと男性も女性もお断りという若干の問題児でもある。
それでも人気が高かったのは、流行に埋もれてしまいがちな中で、一際存在感のある色の使い方をするからだった。

彼女のドレスを真似て流行が作られても、すぐに流行を塗り替えてしまう。それが、彼女のドレスだ。
ケアリースタイルという名前でアクセサリーも扱った店舗は完全予約制。王都では知らない女性はいない。


「ケアリー。いい仕事だわ」

「分かっていただけますか!淡い色合いの中にグレーを感じることで引き締まった印象を与えるこの絶妙なカラー。この布を作るのに何度羊毛加工場に足を運んだか…それに…見てくださいこの艶。この艶を出すために表面は丁寧にローラーで毛焼きをしてるんです。この艶があるからこそ際立つ上品さが、公爵様にピッタリだと思っていたんです!」


ケアリーは興奮しっぱなしのようだ。だが、疑問が出てくる。


「よくそんなに早くこんな凝ったスーツが作れたわね」

「あっ!いや…その…実はですね…大変言いにくいのですが、私公爵様の大ファンで、全てのスーツやドレスのデザインは公爵様をイメージして…」

「……デイヴィッド、この子を解雇したら夫人は怒るかしら?」

「いや、君の好きにすればいいんじゃないか?」


夫となる人に明らかな好意を抱いている女性を側に置いておくべきか、少し考える時間が欲しいと思った。早めに排除した方が後々やっかいなことにならないので、排除するなら早い方がいい。しかし、せっかくのトップデザイナーなので悩む気持ちはある。が、悩むより早く、デイヴィッドがドレスを着てる姿が頭を独占しているのだ。


「おおおぉお待ちくだしゃい!誤解を招く言い方でしたが、公爵が私のミューズだということです!こここっこれを見てください!私のデザインには必ず対になる女性がいます。私はずっと、公爵と公爵夫人となる方を想像してデザインをしてきました。ドレスだけを買われた方がいれば、対になるスーツは作ることも出来ませんでした。スーツだけを求められれば逆もそうです。私はずっと、捨てることになるデザインが辛かったのです。だから!私を解雇するなんてそんな!!!このブルーグレーのスーツはこのドレスとセットなんです!ステラ様のサイズで既にココに!あるのに!そんな!受け入れられません!あぁ…」


ケアリーは大きなスーツケースからドレスを取り出し、必死に訴え続けている。


「ブフッ」


デイヴィッドが堪らず吹き出す。


「いいじゃないか。羊毛にレースがついて、このドレス、ステラに似合いそうだ」

「はぁ…分かったわよ。確かにドレスは素敵だわ。但し、一度でも二人で部屋にいる状況があれば即解雇する。これは譲れません」

「あぁ、お慈悲をいただきありがとうございますぅ~」


こうして、私たちのプロムの衣装は予定外に決まった。



「ステラが嫉妬してくれたと思うと、私はちょっと嬉しかったな」


デイヴィッドはあれからずっとソワソワしていると思ったら勘違いしているようだ。


「いい?あれはデイヴィッドへの忠告でもあるのよ。自分で囲う職人が職を失うような失態を起こさないように肝に銘じてちょうだい」

「囲ってるのは母だけどね。勘違いすらもさせないようにするよ。ステラに嫌われたくないからね」


軽く受け流されたかと思ったけど、デイヴィッドはケアリーが公爵邸に入れるのは私がいる時だけと、門番や騎士を含む使用人全てに話したそうだ。
それでも私は目を光らせるつもりだ。自分の間違いは自分の命取りになるのだから。


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