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気持ちに気がついてから。
しおりを挟む部屋でシャワーを浴びて浴室を出ると、お面を身につけたコハクさんがちょうど帰って来た。
ただいま、と言う声は弱々しくて風が吹けばヨロヨロと飛んでしまいそうだ。
手には濡れたタオルを持っていて、きっと火傷を冷やそうと用意したものだろうと分かる。
部屋に入るなり椅子に力無く座るとお面を机に置き、はぁ~と溶ける様に机に突っ伏した。
「コハクさんお帰りなさい。」
「ヒスイ・・・先に帰ってたんだな。」
「案外早く掃除が終わりましたから。」
頭を抱えるコハクさん。
やはりアスティリーシャの痴女じみた行動に幻滅しただろうか。もしかするとキスも本当に好きな人としたいと決めていたのにアスティリーシャに取られて悲しんでいるとか?そう思うと冷や汗が止まらない。
「俺はとんでもない事を彼女にしてしまって。」
「とんでもない事?」
したと言うならアスティリーシャの方だけど。
そう思いながらもタオルで髪の毛を拭きつつ隣に椅子を持ってきて聞く姿勢を取る。
心中をしっかり聞いて私の行動で彼を傷つけたなら誠心誠意対応しなければならない。
「ヒスイの掃除を手伝いに教室へ行ったらアスティリーシャさんが居て。話していたら彼女が俺の呪印に触れてしまったんだ。止められた筈なのに強く抵抗出来なかった・・・。女の子に触れられてるって思ったら夢みたいで。」
両手で顔を被い耳まで真っ赤にして話し恥じらう姿は少し可愛らしい。
「女性が近づいてくるのもどうして良いか分からなくて戸惑ってたのに・・・あ、あんな。」
あー、と意味を持たないない言葉が漏れる。
「俺が色々と混乱していたせいで彼女を傷つけてしまったかも知れない。色々と、その。なけなしの理性で離れて戻ってきたら彼女はいなくなっていてさ。それから自己嫌悪でいたたまれない。」
「それは仕方ないんじゃないですか?少なからず好意のある相手ですよね。一線越えても仕方ないと思いますよ?」
「一線は越えて・・・ない。」
自分が止めていたら、と悔いているのか。やはり嫌だったのか。
「だってアスティリーシャが触ってきたんですよね?それって相手も結構コハクさんを好きなんじゃ・・・」
・・・コハクさんを好き。
口に出してみてハッ!!とする。す、好きまで行くの!?私の今の感情は!?
確かに心は許しているけど。
頭の中では嵐のようにコハクさんへの感情が何かという問題で持ちきりになった。
「それともコハクさんが嫌だったんですか?謝らせます?」
「嫌なわけない、謝りたいのはこっちだし。」
何やら手を見てにぎにぎする仕草をしている彼を見て、先ほどの行為を思い出してしまい、頬が熱くなってくる。だけど嫌で無かったなら良かった。平静を装いながら胸を撫で下ろした。
「ならいいじゃないですか。あんまり気にする事無いですよ。じゃあ僕は寝不足と掃除の疲れがあるので先に寝ますね。」
「ああ、お休み。」
お休みと言いながら二段ベッドの梯子を登っているとコハクさんがチョーカーを見ている気がした。
「そのチョーカー持ってるって事は彼女と会ったのか・・・何か言ってた?」
「あー。コハクさんに悪いことをしたって反省はしてるみたいですよ。」
「悪いのは俺なのに。懐が深い人だな。」
「懐が深い?ただの性格キツイ可愛げのない人ですよ。」
「ヒスイって彼女に対しての評価が厳しくないか。」
「よく知ってる人ですからね。」
改めてコハクさんを見てドキドキする胸を押さえながらカーテンを閉めてベッドに潜り込んだ。
話しているとさっきの事を思い出して胸がバクバクと痛いほど鼓動する。ダメだ、私はコハクさんを恋愛感情とかで好きとかじゃなくて・・・これは錯覚だ。
はぁ・・・どうしてこんなに彼への警戒心が低いんだろう。
痛くて苦しい胸を押さえながらベッドに潜るとふかふかの温かさに包まれて、疲れには勝てず朝までスッキリ熟睡できた。
◆◆◆
それから数日後。
学園長からの呼び出しがあった。
「ヒスイ君、私は君に固い石を生かした物を課題としていましたね。あれだけ手枷や牢獄の鍵を壊させたと言うのに何故、頑丈な手枷を作ろうと思いに至らず纏う魔力にキラキラを加える爪の飾りや判子型のボディペイントなど発想になるのですか?
だいぶ改良も進められて学園内で話題になっているそうですね。」
あれから改良を重ねてとても話題になった爪飾りとちょっとしたボディスタンプ。
教師や親世代からには受け入れがたい物らしいけど纏う魔力でモテや話しやすさが変わるこの世界では使わない手はない。交わりが無くても纏う魔力に影響を与えられる為にむしろ健全と主張して進めている。
私の込めるキラキラだと言われる魔力は幅広い魔力と見た目の相性が良く話題だ。これは良い商売になりそうだ。
しかし学園長は不満らしい。
私に頑丈な手枷や鍵を開発してくれという事だ。
「回りくどい事は止めましょう。君に依頼をしよう。ただし、私達では壊せない手足の枷を作れたら報酬とする。いいですか?」
「勿論。」
学園長は頑丈な枷と鍵を犯罪歴のある者達と一般人の信頼に繋げている。
今後決して犯罪に手を染めないという誓いが手枷と鍵なのだとか。
トロルゴアだからこそできる事だ。
「これから本題でしてね。
君の祖国からアスティリーシャ・グレングールシアの捜索及び国宝の盗難犯を調査するとして正式に協力要請があった。」
「ここに居ることはバレているんですね。」
「あぁ、そうだろうね。しかし、君の魔力を纏った爪の飾りや体に模様を付けるインクもなかなか良い働きをしているらしくてね、君の魔力を持つ者があちこちに現れて魔力で探すのが難しいそうだ。その上で、各国に諜報員を送ってトロルゴア以外から有力な情報も無く、肝心のトロルゴアからは送り込んだ人間が帰ってこない。諜報員は全て捕らえているし。そうなればここしか無いだろう?正面から捜索協力が来るのは自然な流れですね。」
「そんなに祖国の諜報員を捕らえているのですか?」
「えぇ、簡単なものです。女王にもう一度仕える気が有るなら、抵抗せず我が国に協力しろと話せば大人しく身柄を確保されてくれてね。勿論良い環境で保護している。
後は君が彼らに顔を見せ、私にもう一度仕えろと言えば良い。」
「私はもう女王ではありませんよ。王政は廃止されたはずです。」
学園長は手元の書類を見ながら顎を撫でる。
「まだ廃止されていないそうだ。君の婚約者がね、君が進めていた王政廃止は他国の人間を国の中枢に置き他国の奴隷にする為の政策だと主張している。」
「政治を行う人間は元から関わってきた信頼できる人を配置しました。そこに国民が選んだ優秀な人々を入れて行くと・・・その前に婚約者は王族では無いですよ?」
「君の婚約者として前王から教育を受けてきたから自分が適任だという主張だね。」
「うわぁ・・・。」
「そのせいで内部で派閥が出来たそうだ。君の理念を尊重し国民の為に動く人々は派閥のゴタゴタに手を回す余裕が無かったそうで指名手配や女王への噂も手遅れになったそうだ。」
「そうですね。真面目で国民を守る事に誇りを持つ者達を選びましたから。派閥のゴタゴタなんかに構ってられませんよ。」
そうか、私は用済みで見捨てられたのかと思った。
「では後日、君に忠誠を誓う者達に顔を見せて貰えるかな?良い働きをしそうだから早めにお願いしますよ。」
「忠誠と言ってもどれ程のものか・・・期待に添えるか分かりかねます。」
口だけではいくらでも言える。
罠かもしれないと考えると私に仕える意思を聞いても何も感じなかった。
◆◆◆
王女に仕えると言う者達。
会うのが憂鬱すぎる。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
そしてもう一つ。今の私を過酷な状況にしているのは武術訓練の授業だった。
ランニングは基本。という事で最初は走らされる。それも男として参加しているから距離も女子生徒より倍長い。
コハクさんには気を使われると惨めだから先に行って貰っている。指定の距離を走り終わった者から武術指導が始まるけど女子生徒全員が完走すると走りきれなかった男子生徒・・・私も切り上げさせられる。
「ヒスイ、切り上げて武術訓練に入れ!!残りは放課後行う様に。」
「・・・はい。」
その後のヘトヘトで行う武術訓練は他の男子生徒のサンドバッグ状態で急所を避けるだけで精一杯。しかし最近になってやっと少し反撃出来るようになってきた。
本当に止めたい。この授業嫌い。だけど反撃した時の驚く相手の顔は面白い。
ほぼ嫌いばかりの授業だけど「キツければ休憩に入れよ!」と声を掛けられると「キツくなんて無い!」とムキになってしまう。
・・・そして専攻授業が終わって放課後も残りの距離を走る。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・。」
「切り上げても良いんじゃないか?先生だって口ではああ言うけど見てないし、確認だってしてこないんだろ?」
そうだけど・・・そうなんだけど!!
「それが、また悔しいんですよ。どうせやらないだろうけどって感じが。だからやるんです。」
「まだ君は13歳だろ?俺たちと体力が違う。」
放課後は辛そうにする私に並走してくれるコハクさん。彼自身も疲れているだろうに面倒見の良い人だ。
「コハクさん、言って無かったですが・・・僕、本当は16歳です。」
「・・・・・・ぇ、・・・本当に?俺の一個下?」
「今16歳にしては背が低いと思ったでしょう?これからなんですよ!!まだ伸び代あるんです!!」
「夕食、いっぱい食べような。」
「くぅっ!!」
コハクさんは相変わらず優しくて兄がいたらこんな感じだろうな、と思わせる接し方をしてくれる。そんな接し方が一緒に居て居心地良くて。
だから私の事は嘘をなるべく言わない様にしている。そうしている自分は本当は気がついて欲しいのかも知れない。私がアスティリーシャ・グレングールシアだと。
「ヒスイは頑張って偉いと思う。こういうのって続ければ絶対に無駄にはならないから俺は倒れない様に見守っておくよ。」
暫くして走り終えた私の頭にポンポンと手を置き、飲み物を渡してくれる。
軽い冗談を言い合って気軽に触れられ、こうしているとバレる事を恐ろしく思ってしまう。
「ありがとうございます。」
もう少しだけ友人として。
そんな安全地帯の存在に居座っている。
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