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エロ本買う。
しおりを挟む湖で泳ぎに行って呪印に重ねるスタンプを試してから、コハクさんはお面をしなくても外出できる様になった。
頬にある呪印に特製のインクとスタンプで付け足した模様はとても良い効果が出ている。
想定していた通りお面を外しても恐怖感を与える事は無くなり、コハクさんの纏う魔力は星の輝く夜空の様に神秘的だと好評。
他の学生と少し会話が出来る度に私の方を見ては「見た!話できた!」と言わんばかりの笑顔で見てくる彼は可愛らしい。
だけど、他の生徒と話す時間が日に日に伸びて行き、その分私との時間が減る事が私の胸をモヤモヤとさせる。
嬉しいのにこんなにもモヤモヤする私は本当にめんどくさい。
(さっき笑顔で話してた子、可愛かったな。)
そんな事を思い不貞腐れると私の所へ来たコハクさんは不思議そうに話しかけてくる。他の生徒との会話が終われば必ず私の所に戻ってくる、その行動がモヤモヤした私の心を少し落ち着かせる。
「どうしたの?不機嫌そうな顔してるけど。」
「いーえ、何でもないですよ。」
「絶対何かあるだろ。」
「・・・今、あの可愛い子と楽しそうに話してたなって。思ったらモヤモヤしただけです。」
その言葉に先程まで話をしていた女子生徒へチラッと目を向け視線を私に戻すコハクさん。
「ヒスイはあんな感じの子が好みなの?もしかして狙ってた?」
あまりにも見当外れで心外な言葉にバッと体が動いてしまう。
「はぁ!?ちっ!違いますー!!変な事言わないでくださいよ。もう!!」
焦りのあまり、まるで好きな子を言い当てられてテレる小学生みたいな会話になってしまった。
「大丈夫、ヒスイは女子生徒から危険な香り漂うミステリアスな美少年だから話しかけるのも烏滸がましくて無理って言われてるらしいしモテてるよ。」
「無理なの!?それモテる内に入ります!?」
「身長も、もう少し伸びればきっと。」
「また背の話しますか!?これでも前より1cm伸びてるんですよ。」
「その調子で大きくなれよ。」
「その父親目線な言葉が嫌なんですけど。」
そんな何気ない喜びとモヤモヤが増えていき、ついにこの時か来た。
エロ本を買うと決めた日が!!
「明後日には国を出るって言うのに、こんな事してる場合かな?」
「良いんですよ。好奇心には勝てません。」
お面をしていないコハクさんと都市の中でも大きな書店にやって来た。
目的の物は書店の奥でありながら直ぐに会計を済ませる事ができる絶妙な陳列。
ピンクの雰囲気漂うそこはどんな本があるのかワクワクした。
「俺は入り口の方に居るから。」
「分かりました、行ってきます。」
軽い足取りで向かうと結構な種類があった。ガチな獣人から人間まで種類が幅広い。
表紙もなかなか過激な物からソフトな物まで。何も考えず、ただの好奇心で来た為に何を基準にして選んでいいか分からない。
だけどその雑誌の中にとてもじゃないけど見逃せない物があった。
「アスティリーシャ・グレングールシア。春を売る没落生活・・・」
私にとっては引きの強いキャッチコピー。
ザッと内容を確認すると、エロ系ゴシップ雑誌なのか他にもエロネタが記載されている。
その中の1つのネタに私そっくりの人物が妖艶な姿で男性を誘うような仕草とポーズをしている物がある。内容はそれが本当の事かの様に語られていた。
私に似ているけれど勿論別人。
この子よりもっと胸有るし・・・。そんな対抗心を持った。
フィクションではなく本当だと思わせる内容にここまで私を落としに来たかと腹の底から黒い感情が沸き上がる。
その雑誌をメノウとガーネットに見せ、少し調べて貰うか・・・と資料として購入し、店を出ようと入り口に向かう所で知らない女性に腕を捕まれ話しかけられる。
「君みたいな可愛い子でもそういうの興味あるんだ?」
こういうの買ってるのを見たとしても話しかけるのはいかがなものか。そっとしておいて欲しい。
「あー、まぁ、それなりに。」
「ねぇ、そんな本より私とどうかなぁ。本当の女の子の体に興味ない?」
誘い文句と共に更に腕に絡んでくる。その後ろから数人男女が現れる。
これはナンパではなくカツアゲかも知れない。それか複数人でのあれでしょうか?絶対初心者向けではない。
相手が何人だろうと怯まない事が大事。
「離してくれます?」
「やだ、こんな可愛い子なかなか出会えないもの。お姉さんが良い事教えてあげるよ?このお兄さん達と一緒にね。」
どんだけ自分に自信があるんだこの人達。きっと纏う魔力とやらが素晴らしいのだろう。一ミリも見えないけど。
「僕、お姉さんに興味ない。後ろの人達も。」
「強がるなって。そんな本買ってるのに説得力ねーぞ。」
確かに。
そう思った途端、グイグイと強い力で引っ張られる。
「わぁ、離してくださいよ!」
「ヒスイそろそろ行くよ。」
強めにガツンと言ってやろうと思った時、コハクが入り口から店内に入ってきた。
「ぅわぁぁぁ!!」
「ひっ!!ち、近づかないで!!」
急に私に絡んできた人達が叫び出し、腰を抜かす。数人は反対側の出入口から外へ逃げてしまった。何が起こったのか分からず唖然としてしまう。
(え、何?何が起こってるの?)
「そっちこそ、ヒスイが嫌がってるのに近づいて、離れてくれる?」
「いやぁ!!」
絡んできた腰を抜かした人達も震える足で逃げて行った。
騒ぎを聞き付けた店員が現れるけど先ほどの絡んできた男女と同様に息を詰まらせ体を震わせ、周囲にただならぬ空気が流れる。コハクさんを見れば、呪印の上に付けたはずのインクが強く擦られた様に薄れていた。
これって、呪印のせい?こんな怖がられるものなの!?
「コハクさん、今直してあげますから。こっち!」
コハクさんの呪印に付けた印が薄れたからだと理解した私はコハクの手を引いて外に出ると建物の隙間に連れ込んだ。暗くて少し不衛生だけど我慢して欲しい。
「コハクさん、何でこんなに強く擦ったんですか!?頬が赤くなってますよ。」
専用のインク落としじゃないと落ちない様に改良を重ねたインクだ。強く擦って絶対痛かったはず。
肌に使っても大丈夫なインク落としの水をハンカチに染み込ませ、痛くない様に優しく拭う。
「染みます?」
「大丈夫、少し強く擦った程度だから。」
「よかった・・・。何でこんな事を?」
コハクさんは何も言わないけど、多分私を助けようとしたのだろう。
「痛く無いから大丈夫、心配しすぎだから。」
「大丈夫じゃない。」
静かに言うとコハクさんの顔を見たらキョトンとしている。
「本当に痛くないよ?」
「頬の事じゃない。あんな風な反応されてコハクさんは傷付いて来たんでしょ?私の為でも自分が傷つく選択をしないで。そんな解決を私は望んでない。」
真剣にコハクさんの瞳を見て訴えた。
あんな反応されたら誰だって傷つく。それをこの人はずっと経験してきたのかと思うと自分の事ではないのに辛くて苦しくて仕方ない。
「今の言い方、アスティリーシャさんに似てるな。やっぱり君達は双子の姉弟なの?」
「話逸らしましたね?」
「ごめん。結構押しが強かったし複数人いたから、店内でさっさとどっかに行って貰うにはって咄嗟に考えて。」
慌てて口調を戻しつつ話題を変える。
コハクさんはヒスイとアスティリーシャの関係を双子の姉弟と思って居るらしい。
「守ろうとしてくれたのはありがとうございます。だけど僕だってあの時ガツンと言うつもりだったんですよ!!あーあ、格好いい僕が見られなくて残念でしたねー。」
「そうだったのか、それは残念かもしれない。」
ふんっと息を吐くとハハッと笑うコハクさん。呪印へペタリと自作のスタンプを押し、手で少し扇いで乾かす。
呪印の模様に綺麗に馴染んだ。
「僕が居ない間、自分で出来そうですか?」
「練習はしてるけど出来なかったらお面するから。」
「もったいないですねー、せっかく格好いいのに。」
こう言うといつも赤くなって可愛いコハクさんが、慌てもせずこちらを真っ直ぐ見てくる。
「そんな事軽く言わないでくれるかな、好きになる。」
いつもと違う真剣な眼差しにドキリと胸が高鳴った。今は男だ、テレるな!
「恋心ブレブレじゃないですか。一途はどこに行きましたか。」
「ははは」
こんな気が強くて、人をからかうのが好きな性格の悪いヒスイとしての私も好きだと言うならどんな私も好きって事だよね?って少し浮かれたけれど、一途と言いながらやっぱり惚れっぽいんだなとも思う。
性格の悪いヒスイと性格のキツいアスティリーシャを好きになれるのだから本当の良い子に出会ってしまったら一瞬で恋に落ちるだろう。
私が居ない間に他に好きな人が・・・。
そう思うと胸が痛い。
だけどチャッチャと終わらせてトロルゴアに帰ろうという気持ちも強くなる。
そのまま私達は屋台で串焼きを買って食べ歩きをしながら寮まで帰った。
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