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見えない世界。
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お願い、誰か助けて。
助けて・・・
私が愚かだった。
こんな事になるなんて。
お父様、お母様。
ごめんなさい。
何もできなくて。
ごめんなさい。
◆◆◆◆◆
夢と言うよりも、一度目の記憶を見ている様だった。
不衛生な牢獄で何度も痛いお腹を擦りながら。
届くはずもない高さにある格子の窓を眺め、何度も謝っていた。
ただ、間抜けな程に周囲の人間を信じ。まんまと騙されて処刑されるのを待つしか出来なかった愚かな私だ。
それでも処刑される間際まで誰かが助けてくれるのではと希望を持っていた。
記憶を静かに振り返っていると身体中をどろどろとした何かが絡み着いてくる。
この暗い記憶の中から出れないようにと縫い止められているみたい。
悪夢とは裏腹に状況を冷静に見ていた。何でこんなに落ち着けるのだろう。
あんなに怖かった記憶を見ているのに。
「・・・ィ。・・・ヒスイ。」
声がする。
私をヒスイと呼ぶのは彼だけ。
呼ぶ声が誰か分かった時、暗闇に光が差して春風の様な爽やかな流れを全身で感じた。
心の闇が全て吹き飛ばされる様な春の強い風。
光に満ちた周囲の景色に眩しくて目を瞑る。
「倒れたのは魔力を使いきった為の症状だと思われますが・・・それだけではない何か違う流れを感じます。学園長、彼女に何を作らせたのですか?」
コハクさんの落ち着いて居るけど怒りの滲む言葉が聞こえる。
私からは白い空間しか見えないけれど、きっとこれは周囲に居る人の声だ。
「女神の癒しと呼ばれる他国で国宝として扱われる魔石を出現させた。どんな病も治すと言われる魔石です。まさか魔力を使いきって倒れただけで済むとは思いませんでした。」
「倒れただけ?もっと何かある可能性もあったって事!?」
「ガーネット、締めたい気持ちは分かるけど今はやめよう。アスティリーシャ様の側で良くない。やるならアスティリーシャ様の目に入らない所でだよぉ。」
相変わらず私の事になると血の気が多いガーネットとメノウ。だけど苦しくも痛い所もなく、倒れただけでこんなに怒ってくれる二人の存在がとても嬉しく思えた。私は無事だよと伝えたい。
誰かが私の手を握っていて、その手が痛いほど握られる。温かく大きな手はコハクさんかも知れない。そうだと良いなと思う。
「こちらも妻の病が深刻でね。藁をもすがる思いでした。」
「奥様の事を大事に思う気持ちは分かりますが、その代わりに他者を危険に晒すのは良いんですか?」
「悪かった。深刻であれば対処出来るように優秀な治癒魔法の術者を先ほど呼び寄せた所です。魔力を使い果たしたのみなら役に立たないが。」
コハクさんの低く落ち着いた声が学園長を責める。珍しくしおらしい学園長だ。
姿が見えないのが残念。
早く起きてしおらしい学園長の顔を拝むか。
・・・
ん?
この眠りから覚めるのってどうしたら良いの??
「しかし、別の流れが気になります。彼女を闇に引っ張ろうとするような嫌な流れで。呪いに近いモノかもしれません。
今まで彼女の精神が強かった為に効かなかった呪いが、魔力を全て使いきって弱った事により強さを増しているのかも知れません。」
「だからアスティリーシャ様が目を覚まさないって事?」
「あーあ。学園長が生徒を危険にさらしてるぅ。学園長という立場にあるまじき非道。」
コハクさんの説明にガーネットとメノウが学園長を責める。
呪い。立場上、呪われる様な心当たりが有りすぎて困る。さっき見た過去の記憶も呪いの効果なのだろうか。
「俺は先生に許可を貰ってここで一緒に寝泊まりします。定期的に流を見て、嫌な気配が彼女に迫っていたら払える様に。」
「じゃあ私は呪いの主を探しに行く。アスティリーシャ様はコハク君に任せた。」
「俺も、呪ったヤツは切り捨てても捕まらないよね?」
人を切り捨てても捕まらないなんて世紀末。そんな事あり得ないのでメノウを誰か止めて欲しい。
色々と私の横で話し合った後、コハクさんだけ医務室に残った。暫くして来た先生に事情を話すとあっさりと私に付き添う許可を貰ってしまって嬉しくなる。
目が覚めないけど一緒にお泊まりなんてワクワクするな、融通がきく現場は良いよね。
先生も帰宅する時間になるといよいよ私達二人きり。コハクさんは無言のまま何か準備をしている音だけ聞こえた。
◆◆◆◆◆
周囲の話から推測すると、倒れてから2日目に入った。
基本的な身の回りの世話はガーネットがしてくれている。排泄などの心配があったけど、この世界では医療魔法でちゃちゃっと何とか出来るらしい。
ガーネットがコハクさんにその魔法を教わり習得してくれたお陰で恥ずかしい思いは避けられてホッとしている。
衛生面も心配は無く、色々な面で魔法が活躍する為にとても快適な寝たきり生活。
コハクさんも常に側にいて健康状態を確認してくれるし、何か暗い記憶が近くに迫るのを感じるとコハクさんが吹き飛ばしてくれる。
何だか暇だなぁ。と考えているとふと、コハクさんが私の体に触れる。
鎖骨の辺りに手を置かれている。
「ヒスイ、申し訳ないけど君のこれからの流を観させて貰うよ。危険がないか少し見せて。」
意識が無い様に見える私にも律儀なコハクさんだった。少し間を空けてから風が体を駆け巡る様な感覚を感じる。
やっぱりこの感覚好きだなぁ。温かくて大きな手。今この瞬間にイチャイチャ出来ない事が悔やまれる。白衣みたいなの着てるのかな?それで寝込みを襲われたりなんかしちゃったらもう!もう!
「・・・なんだか照れる様な変な気分になってきた、ヒスイ変な事考えてない?
いや、そんな訳ないか。意識無いし。・・・無いのかな?」
暫くして手を離したコハクさんがポツポツと独り言のように私に語りかけてきている。
意識あるよ。と伝えたいけど全く動けなくて伝える術がなかった。
◆◆◆◆◆
窓の外から人の声や物音も聞こえなくなり、時々夜行性の動物達の鳴き声が聞こえる。
布団から出ている手に冷たい空気を感じると思えばコハクさんが布団の中に手をいれて肩まで布団を掛け直してくれた。
コハクさんの気遣いが的確過ぎて案外快適。
音でしか判断出来ないけれどまた夜が来たんだと感じる。
今の楽しみと言えば、コハクさんが時折話しかけてくる独り言の様なものだったり手を握って診察してくれた時の心地良い風だ。ああ、ガーネットが音読してくれる小説も結構面白い。
どろどろの恋愛小説から冒険物など幅広いジャンルに対応してくれている。
「やっぱり可愛いな・・・。勝手にキスしたら良くないよな・・・起きるまで我慢。」
優しく髪に触れるコハクさんにくすぐったさを感じる。
良いんですよ!!好きなだけキスして!!
勝手にテンションを上げていると締め切った室内なのに微かな風を感じた。
「ヒスイ、これから少し騒がしくなるけど危険は無いから安心して寝ていてね。」
音もなく誰かが入ってくる気配だけする。
「女王の護衛が君一人?彼女も落ちたものだね。私の手を取らず、罪人として裁くからこうなる。」
「こんばんは。貴方とは一度話してみたいと思っていたんだ。番の香りに狂って判断力が獣以下に落ちたらしいね。」
「判断力が落ちたのは女王の方だ。三人で上手くやれるはずだった。女王だってまだ私を好きな筈なのに意地が邪魔をしたのさ。」
うわぁ。ヤバいの来たぁ。引くわぁ。
トロルゴアで監視されながら労働していると聞いたけど、ここまで訪れるとは流石は両親に能力を認められた元婚約者だ。
3人で城に潜入した時は予想外の出来事に動揺しただけなのだろうか?確かなのは能力自体は高い人だ。緊急時の対応力には欠けるのかも知れないけど。
「彼女に未練が有るところ悪いけど、今は俺の婚約者だから。」
「はぁ?何を言ってるんだ。忌まわしい呪印持ちが。」
「この呪印も役に立つ時がある。現に貴方も俺が怖くて手が出せないだろ。直接呪印を目の当たりにしても平静を装って話せるだけ根性があるけど。」
コハクさんは呪印に何もしていない状態なのか。だから周囲に人が居ない。
呪印って本当に凄いんだな・・・あんなに綺麗なのに。
「・・・呪印が与える恐怖だけで止められると思うなよ。今までの血の滲むような努力をこんな小娘に壊されてたまるか、国に連れ帰り説得させて再び私が王になる。」
「その血の滲むような努力を水の泡にしたのは貴方自身でしょう?彼女に責任を擦り付けないでくれるかな。」
スッと剣を鞘から抜く音。金属の冷たい音にヒヤリとする。剣を抜いたのは元婚約者だろう。剣術と魔法どちらも得意だったはずだから。
コハクさんって戦えるの?
武術訓練の授業を思い出しても走るのに時間がかかりすぎて訓練を終えたコハクさんしか知らない。魔法も剣術も頑張ってるとは聞いたけど、もし怪我をしたら・・・と考えたら心配で仕方ない。
怪我をしたらどうしよう、もしひどい目にあったら・・・そんな不安でいっぱいになっても体は一ミリも動かせなかった。
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