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お手伝いさんが来た。【ルナス視点】
しおりを挟む1人研究室で依頼された魔術に向き合う。術式を考え、夜中の人がいない訓練所で魔術が依頼通り成功するか試す。問題なく発動すれば、術式を依頼者に送って終わる。
訓練所が空くまでの間に二階エリアの掃除や洗濯・在庫の補充。なかなかやることがある。
父と食事で会う以外はほぼ人に会わない生活になっている。
父は目が悪くてもぼんやりとは見えるそうだ。杖で周辺を確認しながらだけど行動範囲は広く、目が悪くても独自の魔術を使い人の傷や不調を治すのが得意な魔術師だ。食事だけ僕を気にして来てくれるが、その他はなかなか忙しい。
「ルナス、明日からお手伝いさんが来るよ。運良く求職中の女性がいてね。愚痴を聞いていたら良い感じの女性だったから安心だと思うよ。
さっき案内して同意の上で契約書も書いてもらった。ルナスにも友好的な人だよ。」
「もう決まったんですか?早いですね。」
いつものように突然研究室にやってきた父が言い出した。昨日募集したはずだけど、当日に決まるとは。僕にも友好的?多分仕事に困っていて嘘をついたのかも知れない。
きっと魔物を倒せる凄腕の元騎士や冒険者の女性だろう。でないと僕を見たら怯えてしまうか気分を悪くしてしまう。
だけど色々お願いできるのは助かる。僕としては彼女が働きやすい様に接触を避ける事だ。ここに手伝いに来てくれる彼女はどんな理由だったとしても女神だと感じる。少しでも長く快適に働けるように環境を作らなくては。
「わかりました、明日から依頼増やします。」
「なんでだい?今でも十分働いてるだろう。」
?の浮かぶ表情をした父の事は気にせず決意した。
お手伝いさんが来るようになってから、食事もお手伝いさんがリビングから出た隙に取りに行って研究室で食べた。父が何度も食事は今まで通り出てこないか?と聞くけど、女神に顔なんて見せれない。
家事をあまりしなかった女性なのか最初は効率も質も良くなかった。それでも自分の負担が劇的に減って女神様に感謝しかない。
二週間目からは朝食が新鮮な野菜を切ったサラダとパン、コーヒーになった時。簡単な物でも父以外の人が自分の為に作ってくれた料理に感動で涙が出そうだった。
2ヶ月もすれば朝・昼の食事も手作りに。3ヶ月目には朝・昼・晩、手料理で素朴な味が美味しい。その他、掃除、洗濯も完璧だった。
魔術にも集中できて快適過ぎだ、もうこの生活が手放せそうにない。女神との遭遇回避を更に固く決意した時。
「ルナス、緊急で相談がある。開けるぞ。」
父が急に入ってくるのはいつもの事なので、特に気にせず気の抜けた返事を返す。
「私の魔憑きの証が右目にあるかも知れない。」
驚いた。魔憑きになると体に残される変化に気がつかないと祓えない。それが見つかったという事は父の目が見えるようになるという事だ。
だけど振り返ると同じくらい驚いた。
僕の人生で唯一の女性との楽しい思い出。僕の知っている最も美しい女性がいる。魔物祓いの時以来だけど改めて見ても完全に女神だ。
「3ヶ月お手伝いとして働いています。アーシェリア・トランヴェジェールです。」
本当に女神だった。
3ヶ月も僕と父を支えてくれた女神だった。
洗濯物に下着入れても気にしないと聞いて、僕の中では完全に凄腕冒険者を引退した60代くらいの女性だろうと思っていた。
素直に任せてた自分は羞恥心が今さら沸き上がってくる。
だけど二人を見比べてふと思った。
もしかすると彼女は父が好きなのだろうか。だから息子の僕を受け入れる素振りを見せるのだろうか。
父は少し目付きが鋭いけど、基本的にニコニコしているので目立つ【醜の象徴】じゃない。45歳にしては若く見えるし、渋くてカッコいいとも評判だ。
そういう事なのだろうか。
それなら第一王子との婚約の義に間に合うのに魔物祓いを拒否したのも説明がつく気がする。
アーシェリア嬢は年上好きなのかも知れない。それもかなり上の。そういえば父が、愚痴を聞いていて、お手伝いに来てくれそうだと思って募集の張り紙を出したと言っていた。
愚痴を聞いてくれた父に好感を持ったのかも知れない。
その後は彼女に色々気を使いながら父の目を治す方向から、憑いた魔物に協力してもらう為に色々と話し合った。
ツガイが出来るだけでも贅沢な話なのに好みの見た目の体を寄越せとは呆れる要望だ。
だけど幸いにも彼女の見た目とは違うタイプが好みらしい。もし彼女が好みだったら父と彼女がイチャイチャするところを見せられるのかと思うと地獄だと思った。
いや、父が彼女の気持ちに気がついたらその地獄はすぐにやって来るのかもしれない。
◆◆◆◆◆
あれから、僕も食事を共にするようになった。ローブを着てない僕にも父と同等に接してくれる。
朝起きて、父とアーシェリア嬢に挨拶して朝食を出して貰う。少しぼんやりしながらも「良く眠れましたか?」と聞かれて「はい」と答える。
家族ってこんな感じだろうか。
外は暑くてたまらない季節。彼女は飲み物も定期的に置いてくれるようになった。
だけど、魔物のメメが希望した人形作りが難航している。女性の柔らかさを再現しろと言われても僕には分からない。
何だか嫌になる。自分の手の届かない物をあっさり手に入れてる者に更なる贅沢な物を用意しようとしてるのだ。僅かな物しか持てない僕がだ。
「あまり上手く行ってないのですか?」
いつも研究室では話し掛けてこない彼女が話しかけてきた。上手く行ってないのが他人から見ても分かるのだろう。
「そうですね、女性の肌の柔らかさを再現してくれというメメの要望ですが・・・女性の柔らかさなんて想像つきません。僕自身の、体はそれなりに筋肉質ですからね。」
僕のやさぐれた愚痴に思わぬ返事が帰ってきた。
「触ってみますか?」
訳が分からなかった。醜い僕に触られて堪えられるのか?そこまでして父の目を治したいのか。そんな事に協力するほど父が好きなのか。
「ルナス様は素敵な人です。汚れるなんて思いません。」
距離を空けても自ら近づいてくる。僕だって父の目を治したい気持ちは同じだ。長年どうにか出来ないかと考えて来たのだから。
ここまで彼女の意志が固いなら協力してもらおう。だけど触ったときに不愉快そうな顔を見たら立ち直れない。だから目を閉じて、肩を触り続けて腕を触れればと思ったのだけど結果的に僕はとても酷い事をしてしまった。
1日その手触りを忘れる事が叶わず、体の熱を逃がすだけで1日が終わってしまう。
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