ダブル・ミッション 【女は秘密の香りで獣になる2

深冬 芽以

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Mission 2*アプローチ

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「古賀さん」

 社長室から出てきた社長が、少し離れたところにいた伊織に声をかけた。

「少し休憩しないかな?」

 二人は休憩室に入って行った。盗み聞きなんて趣味じゃないが、知らん顔を出来るはずもなかった。俺は休憩室の前で、誰も通らないことを願った。

「はい、コーヒー」と、社長。

「ありがとうございます」と、伊織。

「砂糖入りにしたよ」

 自動販売機がピッとカードを読み込む音がした。

「え……?」

「ブラックが好きなのは知ってるけど、疲れてる時は糖分を取った方がいい」

 再びピッと音がする。今度はボタンを押した音。

「そんな……疲れて見えます?」

「今日より明日かな?」

 ポトッと紙コップが落ちてきて、選択された飲み物が注がれる。

「え……?」

「合コンなんだろ? さっき久保さんと三浦さんが話してるのが聞こえた」

 社長が紙コップを取り出す。

「ああ……」

「一次会で帰るように」

「ふふっ」と、伊織の笑う声。

「約束しないなら迎えに行く」と、社長の少し不機嫌そうな声。



 迎えに行く……?



「過保護」

「過保護で結構」

「わかりました、社長」

「本当に――」

 エレベーターから降りてきた島田さんの姿が目に入り、俺は今来たように休憩室に入った。

「お疲れ様です」

「お疲れ様」

「……お疲れ様です」

 社長とは楽しそうに、親し気に話していた伊織が、俺の顔を見たとたんに目を伏せた。

 俺は気にしない振りをして、ポケットから財布を出した。背後から手が伸びてきて、ピッとカードをかざした。 

「好きなのどうぞ」

「ありがとうございます」と礼を言って、俺はブラックのアイスコーヒーを選択した。

「じゃ、お先に」

 社長が休憩室を出た時、島田さんが通りがかって、二人で話しながら遠ざかって行った。



 くそっ、格好いいな。



 俺はコップを取り出して一口飲んでから、伊織の隣に座った。あからさまに伊織が俺と距離を置いて座り直した。

「社長とは楽しそうに笑ってたくせに……」

 子供っぽいことを呟いた。

「あーゆーのがタイプ?」

「はっ?」

「飲み会ん時も楽しそうに並んで歩いてたよな」



 こんなの……ただの嫉妬じゃねーか……。



 言ってから恥ずかしくなって、俺は伊織に表情を見られないように顔を背けた。

 突然、首筋がひんやりした。

「熱……はないか」と言って、伊織が俺の首に手を当てる。

「調子悪い?」

「はっ?」

「いや、圭って体調崩すと弱気になるじゃない」

 言われて、面食らった。

「そう……か……?」

「そうでしょ。圭が愚痴ったり落ち込んだりする時は、決まって体調悪いの我慢してた」

「そんなことねーよ」

 わざと不機嫌そうにしていないと、みっともなくにやけてしまいそうだった。



 そんなことを知ってるのは、きっと世界で伊織だけだ――。



「ま、子供の頃の話だけど」と言って、伊織が立ち上がった。

 コップをごみ箱に捨てる。

 伊織を引き留めたくて、俺は慌てて口を開いた。

「合コン……行くのか?」

「え?」



 よりによって何でこの話題なんだ――。



「欲求不満なら俺が相手してやるよ」

 自己嫌悪を悟られないように、精一杯取り繕って言った。



 どうして素直に『行くな』と言えない! 俺――!



「圭、ホントに大丈夫?」と言って、伊織が俺の顔をまじまじと見る。

「何がっ――」

 急に伊織の顔が近づいて、俺はみっともないほど狼狽えた。

「今日は早く帰って寝た方がいいよ?」

「だから、何で――」

「見てればわかるよ」と言って、伊織は休憩室を出て行った。

 伊織の他愛のない言葉に口元が緩む。耳が熱い。



 伊織の言う通り、俺はきっと体調が悪いんだ。

 そうじゃなきゃ、あんな言葉ひとつがこんなに嬉しいはずがない。



 俺は、アイスコーヒーを飲み干して、気持ちと表情を切り替えた。
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