59 / 176
Mission 9*正体
1
しおりを挟む名刺から手を放した瞬間、俺も伊織も気がついた。
今はまだ……。
俺は下の名刺を伊織の方に滑らせた。伊織はそれをスマホケースに戻した。俺は残った名刺をスウェットのポケットに入れた。
伊織が、どうしてこのタイミングで互いの正体を明かそうとしたのかはわからないが、迷いがある以上これで良かったのかもしれない。
時期が来ればわかることだ。
伊織は何かを考え込んでいた。
俺はその邪魔をせず、冷めたコーヒーを飲み干した。
「話を戻そう」と、伊織が言った。
「SELFデザインがSIINAの攻撃を始めた場合、どうなる?」
「そうだな……。いきなり乗り込んで来ることはないだろうから、まずは業務提携なり資本提携なりの提案がなされるだろうな。で、これの返答に一週間とする。最長でだ。次に敵対的買収を宣言されるかな。けど、これは現実的に不可能だ」
「どうして?」
「SIINAの株は社長が四十パーセント、副社長が二十五パーセントを保有している。他の株が全てSELFの手に渡ったとしても、三十五パーセントでは買収は成功しない」
コーヒーを注ごうと立ち上がろうとすると、伊織がカップを二つとも持って立ち上がった。
「なるほど……」
「てか、お前もSIINAの株主だろう?」
「ああ……うん」
バリスタが音を立ててコーヒーを抽出する。
伊織はSIINAの株を八パーセント保有している。だから、SELFが買収できる株は最大で二十七パーセント。
「それで、SELFはスキャンダルを作り上げることにした」
俺は伊織からカップを受け取り、テーブルに置いた。
「そうだ。ただ、何もせずに敵対的買収を諦めるのは不自然だから、恐らく株主に株の売却について取引が持ちかけられるだろう。当然、お前にも連絡が入る。お前がSIINAの人間だと知れたら、余計な探りが入るかもしれない」
「……その探りを利用できないかな」
伊織が俺の隣ではなく、正面に場所を移した。自分でもくだらないと思うが、寂しく感じた。
「SELFの出方次第だな。とにかく、世間に怪しまれないように株の買収に動き、それでもダメだったと公表した後が、スキャンダルの発覚だ。SELFがSIINAを欲しがっていることは周知の事実だから、すかさず吸収合併の交渉に入るだろう。ざっくりとだが、最短でもひと月あればSIINAの実権はSELFの物だ」
「ひと月……」
「ある程度の時間稼ぎは可能だから、二か月ないくらいと思ってもいいかもな」
伊織が頬杖をつき、指を唇に当てた。その仕草を見ていると、無性にキスしたくなる。俺は目を逸らし、熱いコーヒーを喉に流した。
「データの修正にかかる時間は?」
「何とも言えないな。先に公表されたらお終いだ」
「対抗策は?」
「あるにはあるけど……」と言って、俺は言葉を濁した。
「難しいの?」
「俺の独断では……な」
「そう……」
部屋が静けさに包まれ、ポツポツと雫が窓に当たる音で雨が降っていることに気がついた。
突然、伊織が立ち上がった。
「私……帰るわ」
「は?」
「ちょっと調べたいことがあるの」
俺の反応はお構いなしに、カップをシンクに下げ、荷物を取りに寝室に行く。
「ちょっ――」
俺は慌てて伊織を引き留めた。
1
あなたにおすすめの小説
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
【25th Anniversary CUP】にて、最終ランキング3位に入りました。投票してくださった皆様、読んでくださった皆様、ありがとうございました!
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──
嘘コクのゆくえ
キムラましゅろう
恋愛
アニーは奨学金とバイトで稼いだお金で魔法学校に通う苦学生。
生活は困窮、他の学生みたいに愛だの恋だのに現を抜かしている暇などない生活を送っていた。
そんな中、とある教授の研究室で何らかの罰としてアニー=メイスンに告白して来いと教授が学生に命じているのを偶然耳にしてしまう。
アニーとは自分のこと、そして告白するように言われていた学生は密かに思いを寄せる同級生のロンド=ハミルトンで……
次の日、さっそくその命令に従ってアニーに嘘の告白、嘘コクをしてきたロンドにアニーは……
完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。
誤字脱字が罠のように点在するお話です。菩薩の如き広いお心でお読みいただけますと幸いです。
作者は元サヤハピエン主義を掲げております。
アンチ元サヤの方は回れ右をお勧めいたします。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
上司に恋していいですか?
茜色
恋愛
恋愛に臆病な28歳のOL椎名澪(しいな みお)は、かつて自分をフッた男性が別の女性と結婚するという噂を聞く。ますます自信を失い落ち込んだ日々を送っていた澪は、仕事で大きなミスを犯してしまう。ことの重大さに動揺する澪の窮地を救ってくれたのは、以前から密かに憧れていた課長の成瀬昇吾(なるせ しょうご)だった。
澪より7歳年上の成瀬は、仕事もできてモテるのに何故か未だに独身で謎の多い人物。澪は自分など相手にされないと遠慮しつつ、仕事を通して一緒に過ごすうちに、成瀬に惹かれる想いを抑えられなくなっていく。けれども社内には、成瀬に関する気になる噂があって・・・。
※ R18描写は後半まで出てきません。「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しています。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる