ダブル・ミッション 【女は秘密の香りで獣になる2

深冬 芽以

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Mission 9*正体

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 名刺から手を放した瞬間、俺も伊織も気がついた。



 今はまだ……。



 俺は下の名刺を伊織の方に滑らせた。伊織はそれをスマホケースに戻した。俺は残った名刺をスウェットのポケットに入れた。

 伊織が、どうしてこのタイミングで互いの正体を明かそうとしたのかはわからないが、迷いがある以上これで良かったのかもしれない。



 時期が来ればわかることだ。



 伊織は何かを考え込んでいた。

 俺はその邪魔をせず、冷めたコーヒーを飲み干した。

「話を戻そう」と、伊織が言った。

「SELFデザインがSIINAの攻撃を始めた場合、どうなる?」

「そうだな……。いきなり乗り込んで来ることはないだろうから、まずは業務提携なり資本提携なりの提案がなされるだろうな。で、これの返答に一週間とする。最長でだ。次に敵対的買収を宣言されるかな。けど、これは現実的に不可能だ」

「どうして?」

「SIINAの株は社長が四十パーセント、副社長が二十五パーセントを保有している。他の株が全てSELFの手に渡ったとしても、三十五パーセントでは買収は成功しない」

 コーヒーを注ごうと立ち上がろうとすると、伊織がカップを二つとも持って立ち上がった。

「なるほど……」

「てか、お前もSIINAの株主だろう?」

「ああ……うん」

 バリスタが音を立ててコーヒーを抽出する。

 伊織はSIINAの株を八パーセント保有している。だから、SELFが買収できる株は最大で二十七パーセント。

「それで、SELFはスキャンダルを作り上げることにした」

 俺は伊織からカップを受け取り、テーブルに置いた。

「そうだ。ただ、何もせずに敵対的買収を諦めるのは不自然だから、恐らく株主に株の売却について取引が持ちかけられるだろう。当然、お前にも連絡が入る。お前がSIINAの人間だと知れたら、余計な探りが入るかもしれない」

「……その探りを利用できないかな」

 伊織が俺の隣ではなく、正面に場所を移した。自分でもくだらないと思うが、寂しく感じた。

「SELFの出方次第だな。とにかく、世間に怪しまれないように株の買収に動き、それでもダメだったと公表した後が、スキャンダルの発覚だ。SELFがSIINAを欲しがっていることは周知の事実だから、すかさず吸収合併の交渉に入るだろう。ざっくりとだが、最短でもひと月あればSIINAの実権はSELFの物だ」

「ひと月……」

「ある程度の時間稼ぎは可能だから、二か月ないくらいと思ってもいいかもな」

 伊織が頬杖をつき、指を唇に当てた。その仕草を見ていると、無性にキスしたくなる。俺は目を逸らし、熱いコーヒーを喉に流した。

「データの修正にかかる時間は?」

「何とも言えないな。先に公表されたらお終いアウトだ」

「対抗策は?」

「あるにはあるけど……」と言って、俺は言葉を濁した。

「難しいの?」

「俺の独断では……な」

「そう……」

 部屋が静けさに包まれ、ポツポツと雫が窓に当たる音で雨が降っていることに気がついた。

 突然、伊織が立ち上がった。

「私……帰るわ」

「は?」

「ちょっと調べたいことがあるの」

 俺の反応はお構いなしに、カップをシンクに下げ、荷物を取りに寝室に行く。

「ちょっ――」

 俺は慌てて伊織を引き留めた。
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