ダブル・ミッション 【女は秘密の香りで獣になる2

深冬 芽以

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Mission 14*もう一人の裏切者

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 初めて、何の連絡もなしに圭の家を訪れた。

 今日の圭は忙しそうで、声を掛けられなかったから。メッセージを送ろうかとも思ったけれど、やめた。

 会いたい、とたった一言で良かったのに。

 圭が帰っていないことはわかっていた。

 私がオフィスを出た時、圭はまだパソコンと睨めっこしていたから。



 どうしようかな……。


 
 三十秒ほどマンションを見上げて、ふふっと笑いがこみ上げてきた。



 何やってんだろ……。



 来た道を戻ろうと足先を向けた時、バッグの中のスマホが唸り声を上げた。

 圭からの着信だった。

「はい」

『今、どこにいる?』

 圭の息が弾んでいた。

「え……?」

『どこ?』

「圭の……マンションの前……」

『……前に行ったカフェで待ってろ』

「え……?」

『すぐ行くから!』

 カフェは駅からマンションの中間にあり、テイクアウトも出来る。圭とは二回、来た。

 私がホットコーヒーを二口飲んだところで、圭が店に入って来た。

「来るなら来るって言えよ」と、投げやりに言った。

「ごめん……」

「くそっ」

 圭はどかっと椅子に身体を投げ出し、呼吸を整える。

 私は財布を持って立ち上がった。

「アイスコーヒーでいい?」

「水でいい」

 カウンターで水を一杯貰う。圭は一気に飲み干した。

「はぁぁぁ」

「そんなに走って来なくても――」

 ギロッと睨まれて、私は口を閉じた。

「飯は?」

「まだ……」

「隣の弁当屋がまだやってるから、買って帰ろう」

 閉店間際のお弁当屋さんに残っていたのは、生姜焼き弁当とオムライスとおにぎりが三個。全部買うと言ったら、おにぎりはサービスにしてくれた。

 何となく無言で、私たちは手を繋いで歩いた。

 痛いくらいしっかりと握られた手は少し汗ばんでいた。

「で? どうしたんだよ」

 温めたお弁当の蓋を取りながら、圭が聞いた。私はお茶をグラスに注ぐ。

「ごめんね? いきなり来て」

「そうじゃなくて! お前、今日はずっと調子悪そうだっただろ」

「え?」

「忙しくて声かけらんなかった俺も悪いんだけどさ。気がついたら帰ってたし。つーか、来るなら言えよ。鍵、渡しといたのに」

 圭に何を話すか、考えていなかった。



 悟之さんのことを……話す……?



 この期に及んで、圭に軽蔑されそうで怖くなる。



「メディア部の笠原さんが退職するって」

「え?」

「彼女が……『SK』の協力者だったの」

「『SK』って……クラッカー……?」

 私は頷いた。オムライスにスプーンを入れる。

 ずるいとわかっていても、圭が私と大吾の電話を聞いていたのかを確かめたかった。

 圭の目を見れない。

「もう、聞いていいのか? 『SK』の正体」

「……」

 予想外の問いに、どう答えていいのかわからなかった。

「俺たち、散々遠回りしてきたけど、嘘だけはなかっただろう?」

「うん……」

「だから、お前に嘘をつかせるような質問はしたくない」

 圭はパクパクと弁当を口に運ぶ。私はオムライスの味がわからなかった。

「とか言って、本当は今すぐ全部聞きだしたいけどな」

「圭……」

「ただ、前にも言ったけど、お前が俺に『SK』の正体を言えない理由が俺に嫌われるんじゃないかとかいうことなら、それは考えなくていいからな」

「……」

 圭は弁当を食べ終えると、おにぎりに手を伸ばした。圭の好きな鮭わかめ。

「例えば、『SK』がお前の元カレだったとして――」

 スプーンを握る手に力がこもる。

「散々女遊びしてきた俺に、それをどうこう言う資格なんてないだろ。気になるし、ムカつくけど、それはまた別の話だし」

 圭の元カノたちに、どれだけ嫉妬してきたかわからない。けれど、圭への気持ちが変わることはなかった。



 今更……圭に自分を取り繕う必要がある……?



「木島……悟之」

「え?」



 大丈夫。



「『SK』の正体……」



 圭を……、私たちの気持ちを……信じよう。



「大学の時に……付き合っていた人……」



 私たちは、大丈夫――。
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