続・最後の男

深冬 芽以

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3 誰もが持つ裏の顔

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「『さん』付けで呼ばれるのって、年上だってことを意識させられますよね」

「え?」

「時々でいいから、『さん』外してみてもいいと思いますよ」

「……」

 少し考えて、課長がチラッと凪子さんを見て、顔を赤らめた。

 凪子さんを呼び捨てにしているのを想像したのだろう。どういうシチュエーションかは、聞かなくてもわかる気がした。

「それから、チョコを貰っていたら、聞かれるより先に言った方がいいと思います」

 私はすくっと立ち上がり、三皿目にルーをかけようとしている凪子さんの手を止めた。

「やっぱり帰ります」

「え? やだ! 美味くできてるか――」

「大丈夫。美味しいです」

「けど――」

 慌てる凪子さんは、子供みたい。だから、私も子供をなだめるように言った。

「千堂課長がお腹を空かせて待ってますよ」

「だから、一緒に――」

「凪!」

 千堂課長がネクタイを緩めながら言った。

「俺と一緒に飯食ったのバレたら、溝口さんが怒るよ」

「え?」

 凪子さんが私と千堂課長の顔を交互に見て、観念した。

「わかったわよ」

 少しふてくされたようにそう言った凪子さんは、鍋に蓋をして、カレーのお皿をカウンター越しに千堂課長に渡した。

「お邪魔しました」

「あ、これ」

 千堂課長がスーパーの袋を差し出した。

「真君と亮君に」

 中にはお菓子とジュース。結構な量だ。

「それから、これ」と言うと、課長は五千円札をその袋の中に入れた。

「タクシー代」

「え? 大丈夫です。まだ――」

 私は袋からお金を取り出そうとしたけれど、課長が袋の口を押えてさせなかった。

「凪に料理を教えてくれたお礼だから、気にしないでください。それに、重いもの持たせちゃうし」

「どうして隼がお礼するのよ」

「堀藤さんがいなかったら、凪の手料理なんて一生食べられなかったかもしれないだろ」

「うわ。失礼ね」

 課長が持って来たスーパーの袋は二つ。ソファの下に置かれたもう一つの袋には、恐らく明日の朝ご飯の材料。さっき、私が連絡したから。

 いいな、と思った。

 無性に、智也の声が聞きたくなった。

 誰にでも、裏の顔がある。

 真面目そうに見えた荻野さんが、本命チョコを二つ用意していたように。

 自信と余裕に満ちているように見えた凪子さんが、恋人に手料理を振舞うのを恥ずかしがったように。

 年上の恋人の尻に敷かれているように見えた千堂課長が、実は主導権を握っているように。



 私の裏の顔は……?



 それは、タクシーの中で明らかになった。

『取引先の事務員の子に告られた』

 チョコを貰ったのか、という私の問いに、智也はあっけらかんと答えた。口をもごもごさせながら。

『断ったけど、チョコだけは貰ってくれって押し付けられた』 

 妬かせたくて言っているのなら、効果てきめんだ。

 何も考えずに事実を報告しただけなら、ただの馬鹿だ。

「あ、そ。じゃ、私からはいらないわね!」

 私の裏の顔は、嫉妬深いこと。

 智也と付き合うまで、知らなかったけれど。



 全然隠せてないから、裏、じゃないか……。



 私は智也からの着信を無視して、袋の中のチョコレートの封を切った。
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