39 / 231
5 試練
4
しおりを挟む
「企画が成功した場合、製造工場と専属契約、もしくは工場を傘下に収める、というのはいかがでしょう?」
「買収?」
「はい。社員の高齢化や後継者不足、経営悪化などで閉鎖の危機にある工場は多くあります。ですが、設備と一流の技術者はいるんです。御社が後ろ盾となって技術を受け継ぐ若い世代を雇用できれば、工場側も願ったりです。たとえ企画が失敗に終わっても、工場にしてみれば仕事が終わっただけにすぎません」
「なるほど……」と言って、部長はゆっくりと目を閉じた。
三秒ほどで目を開いた時、彼の眉間の皺は消えていた。
「堀藤さんの企画を具体的に聞かせてもらえますか?」
「はい! ありがとうございます!!」
自分でもびっくりするほど大きな、弾んだ声が出た。会議室に響く。
「待ってください! 部長」と、主任が慌てて口をはさんだ。
自社製造ラインの導入は、社内でもデリケートな問題なのだろう。
主任は軽く体を捻り、私と荻野さんに背を向けて部長の肩で小声で話した。
荻野さんは興味津々だったが、私は『いただきます』と言って、冷めたお茶を一口飲んだ。思った以上に緊張していたのだろう。お茶を飲んで、口の中の粘膜に粘りがないほど乾ききっていたと気が付いた。
『社内でもあまり知られていないことだが、企画部長は現社長の義理の弟だ。社長の妹の旦那で、会長の娘の旦那ってわけだ。あの人を説得出来たら、奥山商事が動くはずだ』
全然知らなかった。千堂課長も、何も言っていなかった。
十年前に奥山商事の仕事をした時に、智也が偶然気が付いたらしい。
社長が『中学生の姪が美術展で賞を取った』と話していたことと、企画部長が『中学生の娘が美術展で賞を取った』という話を聞いて。
智也の問いに、企画部長は『嫁の兄は大学の後輩なんだ』と話してくれたらしい。
経歴を見ると、社長と企画部長は同じ大学の同じ学部の出身だった。
「仮にあなたの企画で契約するとして――」
主任が正面に向き直り、私に言った。部長は少し口元を緩ませ、どこか愉快そうに私を見た。
「第一弾で失敗したらどうします? 我が社の自社製造の計画は頓挫し、五十周年の一大イベントの危機にもなりうる。失礼ですが、その責任はあなた一人に負える規模ではありません」
以前から何となく感じてはいたけれど、主任はかなり慎重だ。今日も、失敗した時の事しか言っていない。タンブラーにしてもそうだ。当初、五百個で見積もっていたのを、三百に変更したのは、主任。
智也なら、つまんない男だ、とか言いそう……。
「では、逆に、割引券の配布に効果がなかったらどうします? そもそも、何が成功するか失敗するかは、やってみなければ分かりません。自社工場についてもそうです。ならば、最悪の場合は損失を最小限に、成功の場合の利益は最大限に出来る企画をお勧めします」
「随分と自信がおありですね」と、部長が言った。
部屋の空気が張り詰める。
けれど、部長の表情は穏やか。
「はい。提案する以上、自信はあります」
「その自信を、具体的に数字にしていただけますか」
失敗したら、全部智也のせいにしてやる――!!
「第一弾の契約は、前回提示させていただいた見積もりの三割額に訂正させていただきます」
三秒後、会議室に部長の高らかな笑い声が響いた。
「買収?」
「はい。社員の高齢化や後継者不足、経営悪化などで閉鎖の危機にある工場は多くあります。ですが、設備と一流の技術者はいるんです。御社が後ろ盾となって技術を受け継ぐ若い世代を雇用できれば、工場側も願ったりです。たとえ企画が失敗に終わっても、工場にしてみれば仕事が終わっただけにすぎません」
「なるほど……」と言って、部長はゆっくりと目を閉じた。
三秒ほどで目を開いた時、彼の眉間の皺は消えていた。
「堀藤さんの企画を具体的に聞かせてもらえますか?」
「はい! ありがとうございます!!」
自分でもびっくりするほど大きな、弾んだ声が出た。会議室に響く。
「待ってください! 部長」と、主任が慌てて口をはさんだ。
自社製造ラインの導入は、社内でもデリケートな問題なのだろう。
主任は軽く体を捻り、私と荻野さんに背を向けて部長の肩で小声で話した。
荻野さんは興味津々だったが、私は『いただきます』と言って、冷めたお茶を一口飲んだ。思った以上に緊張していたのだろう。お茶を飲んで、口の中の粘膜に粘りがないほど乾ききっていたと気が付いた。
『社内でもあまり知られていないことだが、企画部長は現社長の義理の弟だ。社長の妹の旦那で、会長の娘の旦那ってわけだ。あの人を説得出来たら、奥山商事が動くはずだ』
全然知らなかった。千堂課長も、何も言っていなかった。
十年前に奥山商事の仕事をした時に、智也が偶然気が付いたらしい。
社長が『中学生の姪が美術展で賞を取った』と話していたことと、企画部長が『中学生の娘が美術展で賞を取った』という話を聞いて。
智也の問いに、企画部長は『嫁の兄は大学の後輩なんだ』と話してくれたらしい。
経歴を見ると、社長と企画部長は同じ大学の同じ学部の出身だった。
「仮にあなたの企画で契約するとして――」
主任が正面に向き直り、私に言った。部長は少し口元を緩ませ、どこか愉快そうに私を見た。
「第一弾で失敗したらどうします? 我が社の自社製造の計画は頓挫し、五十周年の一大イベントの危機にもなりうる。失礼ですが、その責任はあなた一人に負える規模ではありません」
以前から何となく感じてはいたけれど、主任はかなり慎重だ。今日も、失敗した時の事しか言っていない。タンブラーにしてもそうだ。当初、五百個で見積もっていたのを、三百に変更したのは、主任。
智也なら、つまんない男だ、とか言いそう……。
「では、逆に、割引券の配布に効果がなかったらどうします? そもそも、何が成功するか失敗するかは、やってみなければ分かりません。自社工場についてもそうです。ならば、最悪の場合は損失を最小限に、成功の場合の利益は最大限に出来る企画をお勧めします」
「随分と自信がおありですね」と、部長が言った。
部屋の空気が張り詰める。
けれど、部長の表情は穏やか。
「はい。提案する以上、自信はあります」
「その自信を、具体的に数字にしていただけますか」
失敗したら、全部智也のせいにしてやる――!!
「第一弾の契約は、前回提示させていただいた見積もりの三割額に訂正させていただきます」
三秒後、会議室に部長の高らかな笑い声が響いた。
1
あなたにおすすめの小説
【ルーズに愛して】指輪を外したら、さようなら
深冬 芽以
恋愛
インテリアデザイナーの相川千尋《あいかわちひろ》は、よく似た名前の同僚で妻と別居中の有川比呂《ありかわひろ》と不倫関係にある。
ルールは一つ。
二人の関係は、比呂の離婚が成立するまで。
その意味を深く考えずに関係を始めた比呂だったが、今となっては本気で千尋を愛し始めていた。
だが、比呂の気持ちを知っても、頑なにルールを曲げようとしない千尋。
千尋と別れたくない比呂は、もう一つのルールを提案する。
比呂が離婚しない限り、絶対に別れない__。
【ルーズに愛して】シリーズ
~登場人物~
相川千尋《あいかわちひろ》……O大学ルーズサークルOG
トラスト不動産ホームデザイン部インテリアデザイン課主任
有川比呂《ありかわひろ》……トラスト不動産ホームデザイン部設計課主任
千尋の同僚
結婚四年、別居一年半の妻がいる
谷龍也《たにたつや》……O大学ルーズサークルOB
|Free Style Production《フリー スタイル プロダクション》営業二課主任
桑畠《くわはた》あきら……O大学ルーズサークルOG
市役所勤務、児童カウンセラー
小笠原陸《おがさわらりく》……O大学ルーズサークルOB
|Empire HOTEL《エンパイアホテル》支配人
小笠原春奈《おがさわらはるな》……陸の妻
|Empire HOTEL《エンパイアホテル》のパティシエ
新田大和《にったやまと》……O大学ルーズサークルOB
新田設計事務所副社長
五年前にさなえと結婚
新田《にった》さなえ……O大学ルーズサークルOG
新田大斗《にっただいと》……大和とさなえの息子
亀谷麻衣《かめやまい》……O大学ルーズサークルOG
楠行政書士事務所勤務
婚活中
鶴本駿介《つるもとしゅんすけ》……楠行政書士事務所勤務
年下研修医の極甘蜜愛
虹色すかい
恋愛
医局秘書として市内の病院に勤務する廣崎彩27歳。普段はスマートに仕事をこなすクールな彼女だが、定期的にやって来る「眠れない夜」に苦しんでいる。
そんな彩に、5年越しの思いを寄せる3歳年下の藤崎仁寿。人当たりがよくて優しくて。仔犬のように人懐っこい笑顔がかわいい彼は、柔和な見た目とは裏腹に超ポジティブで鋼のような心を持つ臨床研修医だ。
病気や過去の経験から恋愛に積極的になれないワケありOLとユーモラスで心優しい研修医の、あたたかくてちょっと笑えるラブストーリー。
仁寿の包み込むような優しさが、傷ついた彩の心を癒していく――。
シリアスがシリアスにならないのは、多分、朗らかで元気な藤崎先生のおかげ♡
*****************************
※他サイトでも同タイトルで公開しています。
なし崩しの夜
春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。
さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。
彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。
信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。
つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
やさしいキスの見つけ方
神室さち
恋愛
諸々の事情から、天涯孤独の高校一年生、完璧な優等生である渡辺夏清(わたなべかすみ)は日々の糧を得るために年齢を偽って某所風俗店でバイトをしながら暮らしていた。
そこへ、現れたのは、天敵に近い存在の数学教師にしてクラス担任、井名里礼良(いなりあきら)。
辞めろ辞めないの押し問答の末に、井名里が持ち出した賭けとは?果たして夏清は平穏な日常を取り戻すことができるのか!?
何て言ってても、どこかにある幸せの結末を求めて突っ走ります。
こちらは2001年初出の自サイトに掲載していた小説です。完結済み。サイト閉鎖に伴い移行。若干の加筆修正は入りますがほぼそのままにしようと思っています。20年近く前に書いた作品なのでいろいろ文明の利器が古かったり常識が若干、今と異なったりしています。
20年くらい前の女子高生はこんな感じだったのかー くらいの視点で見ていただければ幸いです。今はこんなの通用しない! と思われる点も多々あるとは思いますが、大筋の変更はしない予定です。
フィクションなので。
多少不愉快な表現等ありますが、ネタバレになる事前の注意は行いません。この表現ついていけない…と思ったらそっとタグを閉じていただけると幸いです。
当時、だいぶ未来の話として書いていた部分がすでに現代なんで…そのあたりはもしかしたら現代に即した感じになるかもしれない。
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる