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11 彼女の本音
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しおりを挟むゴールデンウィークまで三週間……。
飛行機の座席に深く腰掛け、頭上で赤く点灯しているシートベルトのサインを見つめた。ゴーっというエンジン音と共に、ゆっくりと車輪が回りだす。
疲れた……。
色々な意味で、疲れた。
益井は何を考えてんだか……。
『出世の踏み台にした男に追い越されて、しかも自分より格下の女と付き合ってるからムカつくんでしょ?』
まったりと抱き合った後には相応しくない会話だった。
話を振った俺が悪いのだけれど。
彩を怒らせるとどれほど怖いか、今回のことで俺は思い知った。と、思っていた。
『私が泣き叫んで包丁を振り回すとでも思ったの?』
俺が包丁を隠したことが余程意外だったよう。
『念のために、だ』と、俺はムッとして言った。
彩がニヤッと笑って、布団に潜る。
『おいっ!?』
ようやく大人しくなった息子に触れられ、俺はギョッとした。ガバッと布団をはぐると、彩が俺の息子めがけて大きく口を開いていた。
『噛み切る、って方法もあるけど?』
『――――っ!?』
俺は慌てて身体を起こし、彩の毒牙から息子を守った。
『智也が不能になったら、益井課長の興味も失せるんじゃない?』
思い出してもゾッとする。
ゴールデンウィークまでの間、何度か本社に電話をかけた。そのうちの一度、繋がるなり耳を劈く金切り声が聞こえた。
『どういう指導をしてるのよ!』
益井の声だった。
『すみません、騒がしくて』
電話に出たのは、谷。
『ちょっと、場所を変えるのでお待ち――』
『あなたの責任よ! 堀藤さん!!』
谷の声をかき消す声。
益井が彩を怒鳴っているとわかった。
彩は俺に何も言わない。
確かに、俺と益井のことは、仕事とは関係ない。が、恋人としては気になるし、益井が彩にきつく当たる原因は、俺。
『お待たせしました』
「ああいうの、よくあるのか?」
谷は俺と彩の関係を知っていると聞いていたし、俺も部下として信頼していた。
『……はい。堀藤さんから、聞いてないんですか?』
「ああ……」
『まぁ、言わなそうですよね』
その通りです。
『部長が間に入ろうとしても、堀藤さんが止めてるみたいです。益井課長の怒りを助長させるだけだって』
彩らしいっちゃ、らしい。が、心配だ。
『二人の関係が関係だけに、周りも口出しできなくて……』
「関係?」
『え? 益井課長って溝口部長の元カノなんですよね?』
「……」
何で知っている? と言いかけた。
『異動してきた総務の課長が、溝口部長と益井課長が東京支社で働いていた頃に東京にいたらしくて』
当時、益井の騒動に伴って俺とのことも大分噂された。俺も益井と付き合っていることを隠していなかったから、仕方がない。
あの頃、好奇の視線に晒されてうんざりだった。今は、彩に同じ思いをさせていると思うと、心苦しい。
「谷」
『はい』
「そっちで何かあったら、教えてくれ」
『え?』
「頼む」
『……わかりました』
「それから、このことは――」
『わかってます』
「助かる」
知ったところで、俺にはどうすることも出来ない。だから、彩も言わないのだろう。
だからって蚊帳の外なんて、冗談じゃない。
思った通り、その後も彩は何も言わなかった。
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