129 / 231
15 暴れだす感情
3
しおりを挟む
静かな部屋に、智也の低い声が響く。
智也がじっと私を見つめる。多分。私は、睨まれているように感じたけれど。
「知らなかったとは言え、俺が見合いしたんだぞ? お前には『大変だったね』程度のことか?」
恥ずかしながら、言われるまで忘れていた。
正直言って、智也が両親の薦める見合い相手を受け入れるとは思っていない。それが、どんな美人でも。なぜなら、そんな女性と結婚したら、智也と両親の関係は急接近し、いつの間にか過去が清算されたことになってしまう。そんなこと、智也が良しとしないことくらい、信頼とか嫉妬とか抜きに理解できる。
だから、私は両親に騙された智也の心情を優先した。
が、智也はそれが気に食わなかったらしい。
「騙されたようなもんだし、お見合い云々よりもご両親とのことの方が――」
「俺なら、はらわた煮えかえるだろうけどな!」
両手をシンクの淵に押し当て、少し腰を丸めてシンクに向かって言葉を投げつける。
「けど、お前は違うんだよな。俺と違ってデキた人間だから、両親に騙されて可哀想とか思う方が先なんだよな」
智也のこの苛立ちようは、私のお見合いに対する反応が薄かったせいだけだろうか。
きっと、違う。
私にとってもそうだったように、智也にとっても大変な数日だったのだろう。けれど、だからと言って、こんな風に一方的に言われっ放しなのは、私だって気に食わない。
いつもならもう少し冷静でいられるはずなのに、そうできなかったのはきっと、疲れていたから。
私にだって、疲れて苛立つ時くらい、ある。
「じゃあ、お見合いしたことを責めればいいの? 智也はお祖母ちゃんの法事に行っただけなのに? どうしてお見合いも兼ねてるって気づかなかったんだって怒ればいいの? 親に騙されて傷ついてる智也に? 私が怒ったら、智也はどうするの? 嫉妬してくれて嬉しいって? で、私はどうしたらいいの? 甘い言葉で宥められて許すの? だったら! 最初から喧嘩なんてしない方がいいじゃない」
ほぼ、息継ぎなしで言いきって、私は急いで肺に酸素を送り込んだ。
声と口調は冷静。けれど、私の気持ちは間違いなく荒れ狂っていた。
「ご立派な正論だな」
智也の吐き捨てるように言ったその言葉に、私の心にあるはずの大きくて重く錆びついた鉄の制御装置がぐらりと横ずれを起こし、歪んだ。
数年前、そのストッパーの錆びた部分に大きな衝撃を受けて大きな穴が開いた時には、迷うことなく家庭裁判所に駆け込んでいた。
私の感情のストッパーは、それほど重要な役割を果たしている。時に、大きすぎて重すぎて、自分でも煩わしく思うけれど、あまりに長く心を守ってくれていたそれを取り払う勇気など、私にはない。
けれど、時々、こうしてストッパーがぐらつき、押し込んでいた醜い感情が中からこぼれたりする。
智也の函館出張の時は、ストッパーがどうというよりも、怒るべき正当な理由があると思った。感情的になったというよりは、かなり冷静な判断だった。
智也がじっと私を見つめる。多分。私は、睨まれているように感じたけれど。
「知らなかったとは言え、俺が見合いしたんだぞ? お前には『大変だったね』程度のことか?」
恥ずかしながら、言われるまで忘れていた。
正直言って、智也が両親の薦める見合い相手を受け入れるとは思っていない。それが、どんな美人でも。なぜなら、そんな女性と結婚したら、智也と両親の関係は急接近し、いつの間にか過去が清算されたことになってしまう。そんなこと、智也が良しとしないことくらい、信頼とか嫉妬とか抜きに理解できる。
だから、私は両親に騙された智也の心情を優先した。
が、智也はそれが気に食わなかったらしい。
「騙されたようなもんだし、お見合い云々よりもご両親とのことの方が――」
「俺なら、はらわた煮えかえるだろうけどな!」
両手をシンクの淵に押し当て、少し腰を丸めてシンクに向かって言葉を投げつける。
「けど、お前は違うんだよな。俺と違ってデキた人間だから、両親に騙されて可哀想とか思う方が先なんだよな」
智也のこの苛立ちようは、私のお見合いに対する反応が薄かったせいだけだろうか。
きっと、違う。
私にとってもそうだったように、智也にとっても大変な数日だったのだろう。けれど、だからと言って、こんな風に一方的に言われっ放しなのは、私だって気に食わない。
いつもならもう少し冷静でいられるはずなのに、そうできなかったのはきっと、疲れていたから。
私にだって、疲れて苛立つ時くらい、ある。
「じゃあ、お見合いしたことを責めればいいの? 智也はお祖母ちゃんの法事に行っただけなのに? どうしてお見合いも兼ねてるって気づかなかったんだって怒ればいいの? 親に騙されて傷ついてる智也に? 私が怒ったら、智也はどうするの? 嫉妬してくれて嬉しいって? で、私はどうしたらいいの? 甘い言葉で宥められて許すの? だったら! 最初から喧嘩なんてしない方がいいじゃない」
ほぼ、息継ぎなしで言いきって、私は急いで肺に酸素を送り込んだ。
声と口調は冷静。けれど、私の気持ちは間違いなく荒れ狂っていた。
「ご立派な正論だな」
智也の吐き捨てるように言ったその言葉に、私の心にあるはずの大きくて重く錆びついた鉄の制御装置がぐらりと横ずれを起こし、歪んだ。
数年前、そのストッパーの錆びた部分に大きな衝撃を受けて大きな穴が開いた時には、迷うことなく家庭裁判所に駆け込んでいた。
私の感情のストッパーは、それほど重要な役割を果たしている。時に、大きすぎて重すぎて、自分でも煩わしく思うけれど、あまりに長く心を守ってくれていたそれを取り払う勇気など、私にはない。
けれど、時々、こうしてストッパーがぐらつき、押し込んでいた醜い感情が中からこぼれたりする。
智也の函館出張の時は、ストッパーがどうというよりも、怒るべき正当な理由があると思った。感情的になったというよりは、かなり冷静な判断だった。
1
あなたにおすすめの小説
【ルーズに愛して】指輪を外したら、さようなら
深冬 芽以
恋愛
インテリアデザイナーの相川千尋《あいかわちひろ》は、よく似た名前の同僚で妻と別居中の有川比呂《ありかわひろ》と不倫関係にある。
ルールは一つ。
二人の関係は、比呂の離婚が成立するまで。
その意味を深く考えずに関係を始めた比呂だったが、今となっては本気で千尋を愛し始めていた。
だが、比呂の気持ちを知っても、頑なにルールを曲げようとしない千尋。
千尋と別れたくない比呂は、もう一つのルールを提案する。
比呂が離婚しない限り、絶対に別れない__。
【ルーズに愛して】シリーズ
~登場人物~
相川千尋《あいかわちひろ》……O大学ルーズサークルOG
トラスト不動産ホームデザイン部インテリアデザイン課主任
有川比呂《ありかわひろ》……トラスト不動産ホームデザイン部設計課主任
千尋の同僚
結婚四年、別居一年半の妻がいる
谷龍也《たにたつや》……O大学ルーズサークルOB
|Free Style Production《フリー スタイル プロダクション》営業二課主任
桑畠《くわはた》あきら……O大学ルーズサークルOG
市役所勤務、児童カウンセラー
小笠原陸《おがさわらりく》……O大学ルーズサークルOB
|Empire HOTEL《エンパイアホテル》支配人
小笠原春奈《おがさわらはるな》……陸の妻
|Empire HOTEL《エンパイアホテル》のパティシエ
新田大和《にったやまと》……O大学ルーズサークルOB
新田設計事務所副社長
五年前にさなえと結婚
新田《にった》さなえ……O大学ルーズサークルOG
新田大斗《にっただいと》……大和とさなえの息子
亀谷麻衣《かめやまい》……O大学ルーズサークルOG
楠行政書士事務所勤務
婚活中
鶴本駿介《つるもとしゅんすけ》……楠行政書士事務所勤務
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
年下研修医の極甘蜜愛
虹色すかい
恋愛
医局秘書として市内の病院に勤務する廣崎彩27歳。普段はスマートに仕事をこなすクールな彼女だが、定期的にやって来る「眠れない夜」に苦しんでいる。
そんな彩に、5年越しの思いを寄せる3歳年下の藤崎仁寿。人当たりがよくて優しくて。仔犬のように人懐っこい笑顔がかわいい彼は、柔和な見た目とは裏腹に超ポジティブで鋼のような心を持つ臨床研修医だ。
病気や過去の経験から恋愛に積極的になれないワケありOLとユーモラスで心優しい研修医の、あたたかくてちょっと笑えるラブストーリー。
仁寿の包み込むような優しさが、傷ついた彩の心を癒していく――。
シリアスがシリアスにならないのは、多分、朗らかで元気な藤崎先生のおかげ♡
*****************************
※他サイトでも同タイトルで公開しています。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
売れ残り同士、結婚します!
青花美来
恋愛
高校の卒業式の日、売り言葉に買い言葉でとある約束をした。
それは、三十歳になってもお互いフリーだったら、売れ残り同士結婚すること。
あんなのただの口約束で、まさか本気だなんて思っていなかったのに。
十二年後。三十歳を迎えた私が再会した彼は。
「あの時の約束、実現してみねぇ?」
──そう言って、私にキスをした。
☆マークはRシーン有りです。ご注意ください。
他サイト様にてRシーンカット版を投稿しております。
【完結】黄色い花
中谷ととこ
恋愛
酔って記憶を失くした日の翌朝、目が覚めると腕の中に女性がいた。
相手は見知らぬ女性ではなく、同じ課で二年以上一緒に働いてきた松島汐里(30)、直属の部下だった。
社内では、切れ者で有能な男として知られる営業二課課長、木藤雅人(36)
仕事に厳しく圧が強く独特なオーラがあり、鬼課長と恐れられる厳格な上司。その場にいるだけでピリッとする。でも実際のところ、中身はただのいい人。心根は優しく誠実で、責任感が強い。仕事を離れれば穏やかな面が多い。
仕事以外で関わることの一切なかった二人の関係性が、その日を境に変化していく。
「一人では行きにくい場所、何か所かあるんですよ。そういう場所につき合っていただく、とかどうでしょう?」
「それは、全然構わないけど」
「いいんですか!? 本当に? 休日とかにですよ?」
「……一体何をさせるつもりなんだ」
罪悪感から、松島からの「十回だけ、自分の我儘につき合って欲しい」という提案を、思わず承諾する雅人。素知らぬ顔をして複雑な思いを抱えている松島。どうなるんでしょうこの二人────というお話。
表紙画像は リタ様 https://www.pixiv.net/users/20868979 よりお借りしています。
Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ
慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。
その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは
仕事上でしか接点のない上司だった。
思っていることを口にするのが苦手
地味で大人しい司書
木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)
×
真面目で優しい千紗子の上司
知的で容姿端麗な課長
雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29)
胸を締め付ける切ない想いを
抱えているのはいったいどちらなのか———
「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」
「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」
「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」
真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。
**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる