続・最後の男

深冬 芽以

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15 暴れだす感情 

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 静かな部屋に、智也の低い声が響く。

 智也がじっと私を見つめる。多分。私は、睨まれているように感じたけれど。

「知らなかったとは言え、俺が見合いしたんだぞ? お前には『大変だったね』程度のことか?」

 恥ずかしながら、言われるまで忘れていた。

 正直言って、智也が両親の薦める見合い相手を受け入れるとは思っていない。それが、どんな美人でも。なぜなら、そんな女性と結婚したら、智也と両親の関係は急接近し、いつの間にか過去が清算されたことになってしまう。そんなこと、智也が良しとしないことくらい、信頼とか嫉妬とか抜きに理解できる。

 だから、私は両親に騙された智也の心情を優先した。

 が、智也はそれが気に食わなかったらしい。

「騙されたようなもんだし、お見合い云々よりもご両親とのことの方が――」

「俺なら、はらわた煮えかえるだろうけどな!」

 両手をシンクの淵に押し当て、少し腰を丸めてシンクに向かって言葉を投げつける。

「けど、お前は違うんだよな。俺と違ってデキた人間だから、両親に騙されて可哀想とか思う方が先なんだよな」

 智也のこの苛立ちようは、私のお見合いに対する反応が薄かったせいだけだろうか。

 きっと、違う。

 私にとってもそうだったように、智也にとっても大変な数日だったのだろう。けれど、だからと言って、こんな風に一方的に言われっ放しなのは、私だって気に食わない。

 いつもならもう少し冷静でいられるはずなのに、そうできなかったのはきっと、疲れていたから。

 私にだって、疲れて苛立つ時くらい、ある。

「じゃあ、お見合いしたことを責めればいいの? 智也はお祖母ちゃんの法事に行っただけなのに? どうしてお見合いも兼ねてるって気づかなかったんだって怒ればいいの? 親に騙されて傷ついてる智也に? 私が怒ったら、智也はどうするの? 嫉妬してくれて嬉しいって? で、私はどうしたらいいの? 甘い言葉で宥められて許すの? だったら! 最初から喧嘩なんてしない方がいいじゃない」

 ほぼ、息継ぎなしで言いきって、私は急いで肺に酸素を送り込んだ。

 声と口調は冷静。けれど、私の気持ちは間違いなく荒れ狂っていた。

「ご立派な正論だな」

 智也の吐き捨てるように言ったその言葉に、私の心にあるはずの大きくて重く錆びついた鉄の制御装置ストッパーがぐらりと横ずれを起こし、歪んだ。

 数年前、そのストッパーの錆びた部分に大きな衝撃を受けて大きな穴が開いた時には、迷うことなく家庭裁判所に駆け込んでいた。

 私の感情のストッパーは、それほど重要な役割を果たしている。時に、大きすぎて重すぎて、自分でも煩わしく思うけれど、あまりに長く心を守ってくれていたそれを取り払う勇気など、私にはない。

 けれど、時々、こうしてストッパーがぐらつき、押し込んでいた醜い感情が中からこぼれたりする。

 智也の函館出張の時は、ストッパーがどうというよりも、怒るべき正当な理由があると思った。感情的になったというよりは、かなり冷静な判断だった。
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