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15 暴れだす感情
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しおりを挟む大人なんかじゃない。臆病なだけ。不器用なだけ。
今も、本当は、智也に呆れられて、嫌われるんじゃないかと、不安でたまらない。
益井課長と何があったのか、お見合い相手の女性をどう思ったのか、知りたいのに怖くて聞けない。
私は、弱い人間だ。
そう認めてしまうと、あまりに自分が滑稽で、哀れで、涙は止まるどころか、ダムの放流状態。ついでに、涙と一緒にダムの中で渦巻いていた自分の卑屈さも一緒に、押し出されてしまって。
「私に……どうしろっていうのよ……。美人で優秀な元カノにも、若くてご両親お勧めのお見合い相手にも、勝てる要素なんて一つもないし……。せめて、重荷にならないように……するくらいしか……出来ないじゃない。物分かりの良い振りするくらい……しか……格好つけようがないじゃない……」
「格好つける必要なんかないだろ。俺は、そのまんまのお前が好きで一緒にいるんだから」
本当なら、全ての不安が吹き飛ぶような言葉。
けれど、捻じれに捻じれた私の感情は、乾ききった輪ゴムのように、手を離してもクルクルと元に戻ったりできなくて、無理に戻そうとすると切れてしまいそうなほど劣化していて、自分では怖くて触れることも出来ない。
「いつ……まで?」
「え?」
「いつまで……その気持ちが続く?」
「はっ――?」
怖くて顔を上げられず、私は俯いて涙を拭った。
「俺が、信じられないか?」
きっと、いつもの私なら、気づけた。
智也の声が微かに震えていること。
顔を上げれば、わかった。
智也が寂しそうな目をして歯を食いしばっていること。
けれど、私は気づかなかったし、顔も上げなかった。
それどころか、どうして自分ばかりが責められなければならないのかと、誰にともなく逆恨みまでしてしまう始末。
ハッキリ言って、やけくそだった。
「人が――人の気持ちが絶対じゃないことは、よくわかってるもの。一緒にいても、智也にとって不利益しかない私に、ずっとなんて――」
「不利益――?」
いつもならしないはずの、失言。
しかも、私はそれにすら気づかなかった。疑惑とか失望とか怒りとか、そんな負の感情が入り混じった声で突きつけられるまで。
「母さんに、会ったのか」
思わず、顔を上げてしまった。
そうしなければ、誤魔化せたかもしれないのに、今の私にはそんなことを考える余裕もなかった。だから、顔を上げた私の表情で、智也は悟ってしまった。
「俺は……そんなに頼りないか」
「違っ――!」
「何が違うんだよ!」
慌てても、遅い。
私は、痛恨のミスを犯した。
たった数秒の沈黙が、私には数時間に感じられた。
緊張のあまり、涙も止まった。
代わりに、窓を打ちつける雨音が激しさを増す。
「真を迎えに行くんだろ」
そう言って私を見据えた智也の目には、なんの感情も見て取れなかった。
「忙しいのに呼び出して悪かったな」
拒絶。
おわ……った――。
私は、黙って、部屋を出た。
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