続・最後の男

19 すれ違う未来

８

　凪子さんが仕事に戻った時、千堂課長は既に社長に凪子さんとの関係と妊娠を報告していた。

　会社には迷惑をかけるだろうが、彼女の体調を最優先に考えさせてほしい、と。

　それから、千堂課長は凪子さんの妊娠と、子供の父親が自分であることを隠さなかった。

　最初は戸惑っていた凪子さんも、三日目には諦めていた。

　ネイルを落とし、ローヒールの靴を履き、千堂課長と小会議室で昼休憩を取る。

　誰もが驚いていたし、年齢や収入の差、高齢出産であることをひそひそと噂する人たちもいたけれど、今の二人には何も気にならないようだった。

　週末には婚姻届を提出し、月曜日の朝には朝礼で報告した。

　拍手に包まれた二人は、本当に幸せそうだった。

『まさか、千堂に先を越されるとは……』

　二人の入籍を報告すると、智也が呟いた。

『なんか、めちゃくちゃ悔しいんだけど』

「なに、それ」

『俺たちも子供作るか』

「――は？」

　驚いた。

　智也がこんな風に、直接的に結婚や子供のことを話すのは、滅多にない。

　結婚については、智也の両親とごたごたした時にチラッと口にしたけれど、あくまでも両親の口を塞ぐためのようなもので、その先の話などない。

『欲しくないか？　俺の子供』

「智也は……欲しいの？」

『デキれば？　どうしてもってわけじゃないけど』

「そうなんだ……」

　自分でも、驚くほど動揺した。



　智也の子供……。



　単純に考えれば、欲しい。

　好きな男性ひとの子供だ。

　けれど、凪子さんにも話した通り、事はそう単純ではない。

　私には二人の子供がいて、子育ての苦労を知っている。いや、今も苦労の途中だ。

『つーか、双子とか、大変そうだな』

「うん……。大変だと思う」

　私の動揺を察したのか、智也はそれ以上子供の話をしなかった。

　最近の身体の調子から、更年期に突入しているのではと思っている私には、冗談でも『私も智也の子供が欲しい』なんて言えなかった。

『あなた、智也の子供を産める？』



　どうして、こんな気持ちの時に智也の母親の言葉を思い出す？



『たとえ妊娠したとして、無事に出産できる保証は？』



　関係ない。



『生まれた子供が健康である保証は？』



　智也の母親あんな人の言葉なんて、関係ない。



『出産は出来ても、高齢のあなたがまともに子育て出来る？』



　今時の四十代を高齢なんて、失礼なんてもんじゃない。

　凪子さんだって四十代で初産だけど、きっと元気な双子を産むと思う。

　年齢なんて感じさせないくらい、元気できれいなお母さんになると思う。



　でも、私は……？



『欲しくないか？　俺の子供』



　欲しい、って言えば良かったのに……。



　私は、言えなかった自分の気持ちに気づかない振りをした。