続・最後の男

深冬 芽以

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20 芯まで蕩けて

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 千堂と冨田の結婚に感化されていると、思われたのかもしれない。

 それならば、少し時間を置いた方がいい。



 押し寄せる快感に、そんな思考も吹き飛ばされた。

「智也、好き……よ」

 彩の甘い囁きに、考えていた色んなことがどうでもよくなった。

「彩――!」

 漠然とした不安を拭い去りたくて、俺はがむしゃらに彩を抱いた。

 それでも、目が覚めて、腕の中の彩の寝顔を見ていたら、やっぱり、どうしても、こんな朝を日常にしたくて。

 けれど、今はやめておいた方がいい、と警告する自分もいて。

 そんなことに考えを巡らせていたら、あっと言う間に彩の帰る時間。

 空港で、彩が検査場を通るギリギリまで、迷った。



 あと何回、こうして彩を見送る?



 人間の本質は、そう簡単には変わらない。

 結局、俺は突っ走った。

「彩」

 検査場に並ぶ列から彼女を引き抜こうとした時、逆に彩に手首を掴まれた。背伸びをした彩が、俺の耳元で囁く。

「――え?」

 俺が耳を疑い、目を丸くしている隙に、彩は検査場を潜り抜けてしまった。

「彩!」

 周囲の視線を集めることなんてどうでもよかった。俺は検査場の向こう、検査員とアクリル板に隔たれた向こう側でバッグを受け取る彩を呼んだ。大声で。

「彩! 待て!!」

 彩は検査を通過したバッグを受け取り、腕時計をはめ、スマホの電源を入れた。ほぼ同時に、俺のスマホが震える。

「彩!」

 アクリル板の向こうで、彩がスマホを耳に当て、俺を見つめている。

「なんだよ、今の!」

『ごめんね?』

「なにが」

『なんか、疲れちゃった』

「だから、なにが!」

『こんな風に会いに来るの、とか。おばさんに遠距離はキツイや』

 ははは、と笑って見せるけれど、その目は全く笑っていない。

 手を伸ばせば届きそうな距離にいるのに、触れられないのがもどかしくて、苛立つ。

「なら、俺が札幌そっちに帰る。俺は全然、キツくない」

『来年は真も受験だし、正直、男に現を抜かしてる場合じゃないし』

「邪魔しねーよ」

『私の為に両親と縁を切る、とか重いし』

 そんなような話はした。だが、『彩の為に』なんて言い方はしていない。

「それはっ――! お前のこととは――」

「――それに!」

 鼓動がうるさくて、周囲の喧騒も耳に入らない。彩の言葉まで聞き逃しそうで、俺は深呼吸をした。



 落ち着け。



『そんな風に、私なんかのことで必死になる智也、らしくないよ』

「――そんなことどうでもいい! 何かあったんだろ。言えよ。ちゃんと聞くから――」

『バイバイ、智也』

 彩の頬に、涙が伝う。



 マズい。



 焦る。



 行ってしまう。



「行くな、彩。ちゃんと――」

『バイバイ』

「彩、俺は――!!」

 バンッとアクリル板を叩くと、検査員がやめろと言った。ハッとして一歩板から離れた時には、彩の姿はなかった。



 また、だ。



 慌てて彩のスマホに電話をかけるが、無情なアナウンスを聞かされただけだった。



 また、言わせてもらえなかった。



 あの時は、電車のドアに阻まれた。

 今度は、空港の検査場。



 くそっ――!



 頭の中で、何度悪態をついてみても、彩を乗せた飛行機を止められるはずもなかった。



『智也は私の最後の男だよ。だけど、私は智也の最後の女にはなれない――』



 彩を乗せて飛び立つ鉄の塊を見上げる俺の頭の中で、何度も何度も彼女の言葉が繰り返される。

 絶望に泣き崩れても、きっとこの轟音で誰も気づかない。

 けれど、俺の目に溢れたのは、涙じゃなく炎だった。



 ふざけるな――!!



 怒りしか、感じなかった。
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