偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

深冬 芽以

文字の大きさ
23 / 164
3.偽装の距離

しおりを挟む
*****


「では、朝礼を行います。おはようございます」

「おはようございます」

 俺の挨拶に続いて、全員が揃って挨拶をする。

 毎週月曜日は朝礼があるため、秘書たちは通常より三十分早く出社する。

 通常、皇丞の業務に合わせて出社する如月さんは絶対ではないが、彼女の意思で朝礼に出ていた。

 子供がいることを知らなかった今までは当然だと思っていたが、今朝は違う。

 この時間に間に合うように力登を保育園に預けるには、何時に起きているのか。

 力登はぐずったりしないのだろうか。

 そんなことが気になった。

「本日の役員会議は十三時三十分からとなります。社長、副社長、東雲専務秘書は同席し、サポートと議事録の作成をお願いします。会議室の準備は――」

 月に一度の定例役員会議では、ニ、三名の秘書が議事録作成のために同席する。

 議題によって俺が指名するのだが、今回は皇丞の指示もあって如月さんも同席する。

 保育園プロジェクトの進捗報告があるからだ。

 朝礼後、自分の席でパソコンに向かう彼女の横に立った。

「今日はいつもより勤務時間が長く――」

「――大丈夫です」

 決して意地になっているのではなく、自然な声のトーンに表情。

 如月さんはチラリと周囲を気にしつつ、小声で続けた。

「ありがとうございます」

 俺は眼鏡のブリッジを上げると、その場を離れた。

 俺らしくない。

 朝礼に出るのも、会議に出るのも、仕事だ。俺が気にすることじゃない。

 子供を保育園に預けてフルタイムで働いている女性だって大勢いる。

 その人たちに比べたら、彼女は子供との時間を持てている。

 一日くらい保育園に預ける時間が長くなるくらい、なんてことはないだろう。

 図らずも契約関係となってしまったが、あくまでもマンション内でのこと。

 仕事に私情は挟まない。

「室長」

 部下に声をかけられて、頭を切り替える。

「はい」

「役員会議の休憩にお出しするお茶請けですが――」

 只野姫に執着されることがなければ、俺は今も力登の存在を知らなかったはずだ。

 仕事中は、そのていでいればいい。

 彼女がキーボードを叩くカタカタとリズミカルな音を心地よく思いながらも、それを認めまいと部下の声に意識を集中した。

 役員会議は予定通り十三時三十分に始まり、順調に議題を消化していった。

 が、副社長から備品の使用状況を確認するために総務部長を呼びたいと言われ、一旦休憩を挟むことになった。

 鹿子木らがお茶とお茶請けを用意し、その間に副社長秘書が総務部長を呼びに行った。

「副社長は何を気にしている?」

 社長が小声で聞く。

 身を屈めて、俺もまた小声で言った。

「営業部から申請のあった、USBメモリやマウスといったパソコン関連の備品が気になっているようです」

「消耗品ではないのか」

「早々壊れるものではありませんし、記憶媒体に至っては、紛失などあってはならないことです」

「情報の流出があったと?」

「もしくは――」

 俺と社長が声の方に顔を向けると、皇丞が席を立ち、こちらに歩いてきた。

 そして、社長の隣の席に座る。

 頬杖を突いて顔を窓の外に向けた。

「備品の窃盗、とか?」

「それは、穏やかではないな」

 社長も同様に窓に視線を向ける。

 俺は二人の背後に立っているから、つまりは俺を見ているも同然。

 俺は少し三歩ズレて、彼らの視界から外れた。

「転売したところで、たいした金額にはならないんじゃないか?」

 社長が呟く。

「チリも積もればなんとやら、と言いますからね」

「うちの給料はそんなに低いのか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

Home, Sweet Home

茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。 亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。 ☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご
恋愛
 ――俺には、将来を誓った相手がいるんです。  お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。  ――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。  ほげええっ!?  ちょっ、ちょっと待ってください、課長!  あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?  課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。  ――俺のところに来い。  オオカミ課長に、強引に同居させられた。  ――この方が、恋人らしいだろ。  うん。そうなんだけど。そうなんですけど。  気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。  イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。  (仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???  すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

家族愛しか向けてくれない初恋の人と同棲します

佐倉響
恋愛
住んでいるアパートが取り壊されることになるが、なかなか次のアパートが見つからない琴子。 何気なく高校まで住んでいた場所に足を運ぶと、初恋の樹にばったりと出会ってしまう。 十年ぶりに会話することになりアパートのことを話すと「私の家に住まないか」と言われる。 未だ妹のように思われていることにチクチクと苦しみつつも、身内が一人もいない上にやつれている樹を放っておけない琴子は同棲することになった。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

処理中です...